出会う
ジュストのお出ましだ。
久しぶりに見るジュストは少年から青年へと成長し、背は高く、背中から腰の体の線がとても綺麗に引き締まっていて・・・植物の隙間からじっと観察する。腹立たしいほどに好みだ。
フィオレ様を連れてきていないのね。
警戒レベルを引き上げた。
マルテッリ家の人たちと会話をするジュスト。ランベルトが時折私の方をみて確認しているのがわかる。
大丈夫。
例え心に嵐が起こっていても、おさえこんでみせるわ。千回を見くびらないで。
千回分の記憶に思いを馳せれば、嵐も静まってくる。
感情を殺す。
ひと通り会話が終わったようで、ランベルトがやってきた。
「そろそろ紹介してもいい?」
「ええ」貴族対応に言葉遣いを切り替えるよう意識する。
手を引かれてルチアノと一緒にマルテッリ家の面々がいるテーブル席へと案内された。
「父上、母上。彼女がマリレーヌです。そして彼が弟のルチアノ」
「よく来てくれたね。いつもランベルトから話を聞いている。親しくしてくれてありがとう」
「初めまして。マリレーヌ・ラファネッリと申します」
「あら。変装が得意なのね」ニコニコと笑いながら指摘されてびっくりした。なんでわかったのかしら?
「ふふ。女の目はごまかせないわ」
「母上、嘘をつかないでください。僕が普段から話してるから知ってるだけじゃないか」
「あ、バレちゃった。最近流行りの名探偵を気取ってみたのに」
「マリレーヌ、気にしなくていいよ。変装は完璧だから」
「ほ、本当?」
「大丈夫。ほら、マリレーヌが不安に思ったじゃないか」
「あら、ごめんなさい。ねえ、今度は変装してないときのマリレーヌに会いたいわ」
「はい、喜んで」こんなチャーミングなお母様なら楽しく話せそう。
「あなたになにか事情があって、変装しなくちゃならないことは聞いてるし、詮索しないから安心してね」
パチっとウインクされて、そのウインクが慣れてない感じがまたたまらない。
「さあさあ、こんなところで話しててもつまらないでしょう?パーティを楽しんでいらっしゃい」
そう言って送り出される。
「なんて素敵なお母様なの!」
「貴族らしくないだろう?」
「いいえ。気遣いも優しさも、貴族などという範疇で捉えられないというだけ」
「・・それって結局『貴族らしくない』って言ってるじゃないか」
「あ、バレた?」
三人でクスクス笑う。
「ランベルト」低くてほんの少しハスキーな声が私の後ろから聞こえてピシリと固まる。
「こちらは?」
輪に加わったジュストが尋ねた。
「僕の特別な友達のマリレーヌと、その弟のルチアノだ」
姉弟揃って深く礼をとる。
「顔を上げてくれ。ランベルトの大切な友達なら、私にとっても大切な人だから」
「もったいないお言葉です」許可が出たので目を伏せたまま顔を上げる。
「良ければ4人で話さないか?こいつに会いに来たのに、人に捕まってなかなか話せなくてね」
ちらっとランベルトを見ると、小さく頷かれた。自由にしていいって言われた気がして、
「是非」と答える。
目立ちすぎるのも困るからとランベルトに案内されて、小さい部屋に通される。
「王族と一緒にいたら、悪目立ちするからね」
「今日はお前が連れているのは誰だってことに話題が集中してたぞ」
「そうか。それならどっちにしてもこの部屋に移動したのは正解だな」
「ランベルトがご執心の令嬢にやっとお目にかかれたな」
「ご、ご執心?」思わず目を上げてジュストを見てしまった。
ああ・・・彼だ。この人生ではほとんど関わりがないのに、磁石のように吸い寄せられていくのがわかる。
「・・・どこかで会ったことが?」
時が止まったかのように感じていると、ジュストの声に我に返った。
「いえ」危ない。ゆっくり目を伏せる。
「会ったことないと思うよ」ランベルトが間に入ってくれる。
何かと質問を繰り返され、そのほとんどを「いえ」「はい」でやり過ごすと代わりにランベルトとルチアノが答えてくれた。
好かれるのはダメ。好きになるのはオッケー。片思いのハッピーなセオリーから外れるのは混乱する。
つまらないと思われれば大丈夫だろうという安易な考えだと自分でも思う。
個性を出さない。
個性は嫌われることもあるけれど、好かれる部分でもある。
没個性。個性がない人間を好きになる人なんていない、きっと。
この部屋に入ってから30分は経っただろうか、ノックの音にランベルトが対応する。
「時間切れのようだ」
ジュストの帰る時間らしい。
三人で見送り、ルチアノがトイレに行く。
「はああああ」疲れた。精神力を使い果たした。
「君たちの惹かれ合う力を見せつけられた」
「え?私はちゃんと抑え込めたし、ジュストも興味がなさそうだったわ」
「いや、興味津々だった」
「・・・そのう・・私に惹かれる可能性あると思う?」
「接触が増えると危ない気がする」
「なるほどね。あとは極力接触しないようにするわ」
「本当にそれでいいの?」
「ええ。絶対に」
□ □
「やばい」
うちに着いた途端にぐったり倒れ込むようにソファに座ったランベルトに急いでお茶を用意する。
「どうしたの?」
「ジュストがここに付いてこようとする」
「ええっ!?」
「眼鏡をかけていようがウイッグでボサボサ髪を装おうが無駄なんじゃないか」
「毎日のようにやってきて、次に行くのはいつだ、彼女と婚約しているわけではないだろう、話をさせろ、呪文のように唱えられる」
「う・・・」
「舐めてたよ、ジュストの執着を」
ほんの少し・・ほんの少し喜んでしまう自分がいることに気がついてしまう。
「今日は王宮から離れられないのを知っているから一人で来れた」
「ま、まさか・・彼一人で来ないわよね?」
「大丈夫だとは言い切れないな」
「ひっ」
たった1度の面会でこれは予想していなかった。
「おおおおおお母さま!」