人生に華を少し
「今年は歌うことにした」
「本当に!?」
さっきまで座ってお茶を飲んでいたのに、立ち上がってしまったランベルトを見上げる。
また1年と少しが経ち、ランベルトの背はかなり高くなった。
「ランベルトが興奮してる」ルチアノが面白がって笑う。
「念願の!マリレーヌの歌声を聴けるんだぞ!」
「あはは。大げさね。普段から歌ってるじゃない、私」
「普段の軽い歌もいいよ、もちろん。でも本気の歌が聴きたかったんだ」
「普段も本気で歌ってるのに」
「いや、違うね」
「ふふっ。なんで私のことなのに決めつけるかな」
「どうしよう、楽しみすぎて震える」
「本当に?」
ランベルトの手を掴むと本当に少し震えていた。
「落ち着いて甘いお菓子とお茶を飲んで」
「落ち着きたくない。この興奮が嬉しいんだ」
「ランベルトって変態だったのね」
「やばいよね」
ルチアノと二人でクスクス笑っていると
「なんとでも言ってくれ」
ランベルトは気にもとめない。
「ランベルト、後で僕の部屋に来てよ」
「了解」
最近は家庭教師がついて勉強に忙しくなったルチアノはお茶を飲み終えて居間を出た。
「ちょっとは落ち着いた?」含み笑いで尋ねる。
「ああ。落ち着いてきたら気になることがある」
「私がどっちで出るか?」
「そうだ」
「迷ってるの。どうしたらいいと思う?」
「ジュストの予定次第じゃないか?」
「王都でジュストを捕まえておいてよ」
「そんなことしたらマリレーヌの歌を聴けないじゃないか」
「ダメか。1番確実な方法なのに」
「ダメだね。でもジュストの予定を探ってくるよ」
「ありがとう!私、ランベルトと友達になれて本当に良かった」
「う・・ん」
「あれ?嫌?」
「いいや、最高に可愛いチャーミングな友達だ」
「最高にハンサムで優しくて素敵な友達よ」
「ぐはっ」
「ちょっと!」
飲んでいたお茶を噴き出してゲホゴホむせているランベルトにハンカチを渡して背中を擦る。
「こんな庶民の家に出入りするからどんどん貴族らしさが無くなっていくわね」
「この気楽さが最高に心地いいんだ」
「なら、良かった」
歌の練習を繰り返してひと月ほど経った頃、ランベルトがまたやってきた。
「マリレーヌ、やったぞ!」
「何を?」
「ジュストは花祭に来れない。隣国に半年ほど留学が決まった」
「それじゃモサくない私で出られるわね」
「もはやモサいとさえ思えないけどね」
「なんか言った?」
「いいや」
「お母様が張り切って衣装を用意しそう」
「楽しみだ」
「最後の晴れ舞台になるだろうし気合入れて望むわ」
□ □
今年は早くに出演を決めたので準備期間がたっぷりある。
念のため、ジュストが留学しなかったとき用に地味バージョンの衣装も用意する。
歌はなんの因果が「運命の人」を歌うことに。愛し合った恋人同士の想いが叶うことなく亡くなるときに永遠を誓う歌。
叶わなくてもマスターに頼めばいつでも会えるのに。なんていう感情を込めないようにしなきゃ。
永遠だから美しいなんて幻想よ!
永遠だろうが短期だろうがどっちも素敵なのにって歌詞を変えてしまいたくなる。
□ □
準備を重ねていよいよ花祭り当日。今年も街中が色とりどりの花で飾られる。
広場のステージの前には朝なのに居場所を確保している人もいた。
歌を目当てに来ているわけではなく、芝居やプレゼントが当たるイベントもあるからだ。
私の出番はお昼の少し前なので、終わればランベルトと家族と一緒にご飯を食べることになっている。
今朝この街にやってきたランベルトから、ジュストは無事に他国にいると聞いた。
いくらこの人生の目標が「大切な人とは恋愛しない」というものでも、他に何も楽しまないというのでは満足できないので、恋愛以外にもしっかり楽しむのも目標だ。
ステージ裏でスタンバイして心を落ち着かせる。
音をひとつひとつ丁寧に。気をつけるのはそこだけ。
呼ばれてステージに上がる。
一斉に私に目が向けられる。
演奏が始まり、目を瞑って歌う。
雑念が入りそうになるのを抑えて、音に集中して歌い終えた。
お辞儀をしてすぐに立ち去ろうとした瞬間、パラパラと拍手が聞こえる。
まあ、こんなものよね。
そう思いながらステージを下りると、拍手が大きくなり指笛を吹かれる。
あら、今年は盛り上げ上手な観客がいるのね。お腹空いたなあ・・なんて思っていたら、
「すみません!もう一度出て下さい」
と裏方の男性が走ってきた。
「へ?」
「アンコールの拍手が鳴り止まなくて」
そう言われてみて、ようやく喝采が聞こえることに気がつく。
「いや、でも」
「このままだと次の演目にいけないんです」
「ええっ」
背中を押され、無理矢理ステージに上げられた。
何をすればいいのかわからず、ゆっくりとお辞儀をしてまた降りようとしたら、
「もう一曲歌って!」
「もう一曲!」
と観客が叫んでいる。
「なにも準備していないんです」と答えると
「前に歌ったのを歌って!」と言われた。
誰だと見渡してみれば、声がした方向にランベルトを見つけた。
ぐぬぬ。
このまま降りても埒が明かないと感じて、ステージの真ん中に戻る。
目を瞑ると観客がシンと静まったので、歌い始めた。
最近の練習ついでにたまに歌っていたので歌詞には困らない。
演奏は・・バイオリンの人だけが合わせてくれる。
急展開に心を落ち着かせるのに少し時間がかかったけれど、歌っていると徐々に落ち着く。やっぱり私はどの人生でも歌うのが好き。
歌い終えてまたお辞儀をして舞台を下りる。
ちらっと振り返ってみると、何人か泣いている人がいた。
人は受け取りたいように受け取るのね。泣かせようなんて思って歌ってないもの。
歓声と拍手が鳴り止まないけれど、もう歌うのは勘弁してほしくてステージの袖から顔を出して「ごめんなさい」とジェスチャーしておいた。
クスクスと笑い声がして、拍手もおさまる。
「はい、これでお役目終了!」家族に迎えられ、母に髪飾りを外してもらう。
衣装は着替える場所がないのでこのままご飯を食べて、1度家に戻って着替える予定だ。
ステージ裏から出て、ランベルトと合流しようと観客席を回り込んでいると、花束を持った男性達に囲まれた。