協力者
今回は金色の髪。涼し気な目元、長い手足からはまだまだ伸びそうな身長予測、という容姿。
「くっ」
悔しいほどに好みだ。
だけど私も並大抵の覚悟で挑んでいない。
彼に今日出会うのは得策ではないだろう。モサい私で出会わなければ。
そっと車に戻ろうとしたとき、彼の隣に立つ少年が目に入る。
あれは確か・・花祭りのときに見かけた少年だ。やはり身分の高い人だったのかと納得する。
いったい二人ともどんな身分の人間なのかと気になるけれど、あとで両親に聞けばわかるだろう。
カーテンの陰から抜け出して車へと足を進める。
あと少しで車に着くというとき、「君!」という声と共に手を掴まれた。
「ひっ!」
まさかもう彼に見つかったのかとすくみ上がる。振り返るのが怖くて固まっていると、手を掴んだ人が私の前へと回り込んできた。
「ちょっと顔を見せて」
そう言って私を覗き込んでくる。
目を合わせるのが怖い。
だけど、もう逃げられない。
覚悟を決めて目を上げる。
「やっぱり」
「あれ?」
予想に反して、彼ではなかった。
「やっぱりって?」
「君、去年の花祭りで歌った子だよね?」
「あ、はい」
「また会えるといいなと思っていたんだ」
「はあ」
「名前を教えてくれないか」
「教えたくないです」
「どうして!」
「街の人ならみんな私の名前を知っているわ。あなたが知らないのなら、この街の人ではないということでしょう?」
「うん」
「知らない人に名前を教えたくないの」
「僕はランベルト。ランベルト・マルテッリ」
「そう」
「名前を知ったんだから、もう知らない人じゃないよね?」
「あー・・そうね」
無視したくても名乗られたら名乗り返しなさいという教えが染み付いていてできない。
「マリレーヌよ。ごめんなさい、私・・頭が痛いの」
「ごめん!」
ランベルトが怯んだ隙に車に乗り込んだ。
窓をコンコンと叩かれる。
しょうがないのでカーテンを少し開けると、
「家を調べて会いに行ってもいいだろうか」と訊かれた。
じっくり考える。ランベルトはどうやら彼となんらかの関係があるようだ。
彼を刺激せずに穏便に済ませるならば、彼とだけ仲良くなってしまえばいいのではないだろうか。
「家はラファネッリ商会よ。あなただけの来訪なら歓迎するわ。私のことは誰にも言わないと約束できる?」
「内緒に?・・・わかった」
なぜそんな約束をさせられるのか理解できないだろうけれど、約束してくれた。
「いつ頃いらっしゃるの?」
「明日にでも」
その時「ランベルト!」と呼ぶ声が聞こえた。
「ここだよ、ジュスト」
そう答える彼越しに金色の髪が見える。
慌てて小さい声で「私がいることを誰にも知られたくないの」と伝えると、私に背中を向けたままランベルトがジュストに向かって歩いていく。
「こんなところで何をしてるんだ」
「落とし物を拾って届けたところだよ」
「誰にだ?」
「気分が悪いらしくて車で休んでいるから、ここから立ち去るのが礼儀だ」
こちらが気になるのか目線を寄越すジュストを軽く引っ張って屋敷へ戻っていく二人をカーテンの隙間から伺う。近距離で見たジュストはやはり私の好みで思わずドキッとしたけれど、今回は出会わずに済んだ。1時間ほどすると、両親とルチアノがパーティを辞して車に戻ってきたけれど、頭が痛いと嘘をついた手前、あれこれ尋ねるのは明日にする。
翌日、朝のテーブルで色々聞いてわかったのが、大切な人つまりジュストはこの国の第三王子で、昨日はロバッティ家令嬢のフィオレに突然会いに来たらしい。花嫁候補だ。
フィオレとジュストで仲良くお茶をしてとても良い雰囲気だったと聞き、心の中で飛び上がって喜んだ。
二人が盛り上がって揺るぎない愛情を築いた頃に私が「好きなんです」とか言っても、煩わしい虫ぐらいにしか思われないのではないだろうか。
今回はとても上手く行きそうな予感に心躍りつつも、絶対に油断しないとまた気持ちを引き締める。
「あ、そうそう。お父様、お母様、今日は私を訪ねて来る人がいます」
「知っているわ。丁寧なお手紙を頂いたの」
「あの人は何者なんですか?」
「知らずに招待したの?!」
「少々助けて頂いたので、お礼も兼ねて招待したの、ダメ?」
「あの方はマルテッリ公爵家の次男よ」
「公爵家!!」
「ええ。親しくなったの?」
「去年の花祭りの歌を見て、私とまた会いたいと思ってたって言われたの」
「まあ・・」母が父と目を合わせて困惑気味だ。
「警戒したほうがいいかもしれないので、モッサーバージョンで用意する!」
「それはあなたの自由だけど・・何を警戒しているのかしら?」
「色々」
□ □
お茶の時間の少し前、ランベルトがやってきた。家族全員でティルームへ案内する。
大好きなソファに寛いで座りながらランベルトを観察すると、ジュストとは全く違うタイプなのに、どこか似ているような不思議な感覚がある。
ジュストは金髪で華やかな雰囲気、ランベルトは黒髪に落ち着いた雰囲気で、同年代だと思えない。
用意されたお茶をきれいな所作で飲んでいるのを、家族全員が好奇心を抑えきれずに眺めているのもお構いなしだ。
「それで、どういったご用件なんでしょう?」
父が単刀直入に尋ねる。
「実は、宮廷音楽会が1年後に開かれます。そのステージでマリレーヌに歌ってもらいたいとお願いしに来ました」
「お断りします」誰よりはやく返答した私をみんなが見つめてきた。
「歌手として生きていきたいわけではないですし、そのような席で歌えるほどの実力でもありません」
「あの素晴らしい歌は宮廷で披露するのが相応しいと思いますが、マリレーヌが歌手として生きたくないのであれば諦めます」
「随分あっさりしておられますね」母が驚きを隠せていない。
「宮廷音楽会は口実で、本当はマリレーヌと仲良くなりたかったんです」
少し照れた顔で笑うランベルトにうっかりときめいた。
「じゃあ、お友達になりましょう!」
そう言ってランベルトの手を掴み、両親に「いいでしょう?」と尋ねると、
「失礼のないようにね」と笑って認めてくれたので、ルチアノの手も掴んで
「三人で遊びましょう?」と言うと、ルチアノが喜ぶ。ジュストを探るチャンスだ。
□ □
「ところで、君はどうして変装しているの?」