Op.9『大事なのは』……
結局私は、ミカンに何も話さなかった。
ミカンは『頭の天辺の緑色のヘタ』を何度もくるくると回したことで、『スタンドパワー』を消費して疲れたらしい。今は床の上にゴロンと寝転んで、マンガを読んでいる。
……疲れるなら、やんなきゃいいのに。
フローリングの床の上に横向きに寝転がり、カレカノの9巻の続きを読むミカン。ベッドの上に座り、ミカンが出した二本目の瓶入りのポンジュースを飲む私。
『ポンジュースそのもの』がスタンドであるらしく、味はするが全然お腹にはたまらない。
……やっぱいらねえこの能力。
やがて、カレカノの9巻を読み終えたミカンが感嘆の吐息をつきながら、こう言った。
「ふぅ…!実に読ませる!とんでもない『次巻への引き』やで!!そして、続きを読みたい己の心とは裏腹に『いつまでもこの物語を終わらせたくはない!』と読者に思わせる。だから、読者は自然にゆっくりじっくり読むことになる!
さすがやで、津田先生っ!!」
喜色満面、といった表情で床の上に寝転がったままカレカノ9巻を読み終わった感想を述べるミカン。仰向けに寝っ転がったままで、ウキウキとカレカノ9巻を黄色い胸に抱きしめている。
どうやら、このミカンにとってカレカノは『バイブル』のようなモノらしい。おそらく『私のお母さん』とこのミカンは感動のツボが同じなのだろう。
お母さんからは『天ない』も受け継いでいる。それをミカンに見せたらどうなるだろう?
……いや、それよりか、さっさと帰ってほしい。
ミカンは床の上に寝転がった状態から床の上に胡座をかいた状態へと移行し、読み終わったカレカノ9巻を黄色い両手のひらの間に大事そうにはさんで目を閉じ、まるで合掌のようなポーズを取った。
カレカノという物語に対するミカンなりの『礼の形』を取っているらしい、知らんけど。
そして、カレカノ9巻を私の勉強机の本棚にキチンとしまった後、しばらくミカンは黄色い顎に指先を当てて本棚の方を見ながらカレカノ10巻を読もうかどうしようか悩んでいるようだった。
しかし、最終的にミカンは自分の気持ちに踏ん切りをつけるかのように、こう言い放った。
「こんな『名作』!速読したアカン!……それに、ただただ漫然とカレカノの内容を知ってるだけの人生よりも、『カレカノの続きが気になる人生』の方が何倍も何倍も幸せやで!!」
フッ…といい顔で口の端に笑みを浮かべて頷きながら、分かるようなよく分からないようなことを言って、自分一人で納得するミカン。
ふと、ミカンがベッドの上の置き時計を見る。
時間は午後5時55分だった。
不意に、少しだけ寂しげな表情を浮かべるミカン。
ベッドの上に座る私の方を向き、ミカンはこう言った。
「……お名残惜しいけど、そろそろオマエのご両親帰ってくるやろからお暇するわ。……ほなな」
そう言いながら、ミカンは少し微笑んで私の顔を見つめた。たまにお父さんが私に向けてくるのと同じ笑顔だった。そう言えば、ミカンの黄色い顔は、私よりも『お父さん』に似ている。
「……あんた結局『なん』なの?」
部屋から出ていこうとするミカンの黄色い背中に、私は問いかけた。人の部屋に勝手に上がり込んで、一方的に謎だけ残したまま勝手に帰っていくなんて、あまりにも勝手過ぎる……。
私と殴り合ったり、右手からポンジュースを出したり、頭の上のヘタをくるくる回したり、勝手に私の部屋のカレカノの9巻を読んだり。
結局、こいつは一体何なのだろう?
部屋のドアノブに手をかけたミカンは、背中越しに黄色い横顔を見せながら私に言った。
「ワイか?……ワイはな。オマエの心に現れた『青春の日の幻影』や」
いい顔をして静かな口調で訳の分からないことを言うミカン。
もし、これが『青春』なら聞いてた話と全然違う。
あ、せや…と言いながら、私の部屋から立ち去り際に腰から上だけで振り返り、右手の親指と人差し指と中指の三本の指先だけをまっすぐに伸ばして薄黄色い手のひらを私に見せながら、ミカンは言った。
「……ミカンも人も大事なのは『皮』やない。『果肉』なんや!……それ忘れたアカンで彩ノ!」
真面目にそう言った後、戯けるように『ポンッ…!』と口の中で黄色い舌先を鳴らしながら、三本の指先を伸ばした右手の手首から先を『シュ…!』と振って、ミカンは私の目を見て『ウィンク』をした。
……動き全部上手いのが『練習の成果』を感じて逆に腹立つ!!
「ほなっ!」
前を向いて背中越しに片手を上げると、ミカンはもう振り返らずに私の部屋のドアから出ていった。
『男同士の別れ』。そんな感じがした。
……私、『女』なんだけど。
こうして、そのミカンは『切なさ』だとか『熱いもの』だとかを私の胸の中に一切残したりなどせず、ただただ疑問だけを残して私のもとを去っていった。
ていうか、何しに来たんだミカンは?
………
『男性主人公の前に青春の日の幻影が現れるマンガ』
はいくつか知っていますが、
『女性主人公の前に青春の日の幻影が現れるマンガ』
は筆者は知りません。
……何故でしょう?
『女性主人公の前に青春の日の幻影が現れない理由』。
因みに、私は『マミリン好き』です。