Op.4『「どこまで行くのかな、クラリス?」の言い方』……
「……オウ。無視すんなや」
「……」
私の部屋の私の椅子の上に、偉そうにふんぞり返った『黄色いミカン』は、態度そのまま偉そうに私に話しかけてきた。高校生の私が小学校の頃から使っている木製の小さな椅子が、椅子の背もたれにだらんと体を預けながら腰掛けるミカンの重みで『ギシィィ…』と軋んだ。
ミカンは椅子に腰掛けたまま長い脚を私の勉強机の上で組み、表面がブツブツしている黄色い眉間に皺を寄せてベッドに寝っ転がった私を睨みつけてくる。
「……オウ、おねえちゃん。……無視すんなや」
「……」
私は何も聞こえないフリをして、ベッドに寝っ転がったまま、文庫本で中島敦の『牛人』を読むフリをする。
……なんで、こんな非常事態にこんな怖い話を読んでいるのだ、私は。
でも、私は顔色一つ変えずに本を読んでいるフリを続ける。
「おね〜ぇちゃんっ、無視せっんと〜いてっ!」
変な節回しで歌うように私に話しかけながら、ミカンは椅子からゆらりと立ち上がる。そして、私が寝っ転がっているベッドの端にドスン…と腰掛けた。
ミカンが黄色い尻で腰掛けたことで、そんな大きくもない私のベッドの端っこが『ぎしぃ…』と大きく凹み、ベッドが凹んだ分だけ寝っ転がった私の体も少し斜めになる。
私は左右の腹斜筋の筋力を総動員して、寝っ転がったままの体勢を必死で保持した。
……『ベッドに寝っ転がる』だけのことに、なんでこんな努力を払わなくてはいけないのか。
「……ヘイッ!」
黄色くはない野太い声でそう言いながら、そいつは私の脇腹を指で突いてきた。つんつん…と、何度も何度もしつこくしつこく突いてくる。……酔った時の、うちのお父さんに似てる。
私は脇腹を突かれながら、またも腹斜筋を使って声を出すのを耐える。なぜ、土曜日の昼間から腹斜筋をフル活用せねばならんのだ……。
それでも、私は無視を続ける。
もし、私が『こいつ』が視えていることを知られてしまったら……!
「ど〜こ〜ま〜で、耐えるのかな〜?おねえちゃぁん?」
『どこまで行くのかな、クラリス?』の言い方で、そいつは脇腹つんつんを続ける。『両方』の人差し指でつんつんしながらも、私の反応を見ながら私の脇腹の弱点部位を確実に把握し執拗な脇腹つんつんを継続する。しかも、セクハラとなるような場所を微妙に避けて。
……脇腹つんつんの東洋太平洋一位かなんかなのか、こいつは?
「……無理しんときや。あんま耐えると『オナラ』出るでぇ、う〜ん?おねえちゃん?」
そいつの、その一言で私の堪忍袋の緒がぷちんと切れた。
私は、ガバッ…とベッドの上に立ち上がり、そいつを見下ろす。そいつは、突然の私の動きについて来れず両手の黄色い人差し指をまっすぐに伸ばしたまま、キョトンとした顔でベッドの上に立つ私を見上げていた。
私はベッドの上からそいつに向かって、足裏の親指の付け根で本気の『中段前蹴り』をお見舞いした。
「……邪ッ!!」
「はぶラ!!」
ベッドの上から放たれた私の中段前蹴りは、ベッドの上に立つ私と、床の上に立つそいつとの高低差で、そいつの黄色い頬っぺたにまっすぐに叩き込まれる。
私の中段前蹴りがそいつの左の頬っぺたに叩き込まれたその瞬間に、私の左頬に『も』強烈な衝撃と痛みが走った。
「……!?」
意識外からの突然の衝撃に対応できず、私は立っていたベッドの上でストンと腰を落とし、そのまま私の意識は深い闇の底へと沈んでいった。
………