Op.2『カレカノ9巻を読むミカン』……
ある土曜日の午後。
彩ノがボクシング部の練習から帰宅し自室に入ると、長い二本の脚を組んだ姿勢で『黄色いミカン』が彩ノの勉強机の椅子に座っていた。
『ミカン』は黄色くてブツブツの顔の皮に思慮深げな表情を浮かべながら、彩ノが小学生の時にお母さんからもらった『カレカノ』の9巻を読んでいた。
『お母さんの宝物よ。大切にしてね。彩ノ……』。
そう言いながら、胸に抱きしめたカレカノ全巻を彩ノに譲ってくれた時のお母さんと、目の前のミカンは同じ表情を浮かべている。
「……『あなたに追いつきたかった。そうすれば、あなたは「ひとり」ではなくなるから。』…か。
……泣かせるでホンマに、津田先生っ!」
グスっ…と黄色い二の腕で黄色い鼻をかむミカン。
右の二の腕で鼻をかんだ際にミカンから見て右側にあるドアの前に立ち尽くす彩ノの姿に気付いたミカンは、読んでいたカレカノ9巻にしおりをはさみ大事そうに彩ノの勉強机にそっと置いた。
ミカンは机に置いたカレカノ9巻の上に、自分の黄色い手のひらを重ねてしばらく名残惜しそうに見ていたが、やがて彩ノの方に向き直り元気に声をかけてきた。
「……お!帰っとったんか彩ノおかえり。今日はボクシング部の練習早かったやんけ!」
初対面のミカンは何故か彩ノの名前も、ボクシング部に所属することも、土曜日が部活の自主練の日であることも知っているようだ。
……どこまで知られているのだろう。
……そして、『なんなの』だろう『こいつ』は。
挨拶に応えずミカンを見てみぬふりをしながら、彩ノはグローブとヘッドギアの入った紺のスポルディングバッグをベッド脇のフローリングの床の上に降ろす。
バッグを降ろしながら彩ノはさり気なく、勉強机の椅子に座るミカンが膝の上で組んだ長い『脚』をしげしげと観察した。
その『脚』の、膝や踝などの『関節部分』の、特に『皺の寄り方』を見てみる。
関節を見るとミカンの黄色くて長い『脚』は明らかに作り物では『ない』ことが分かる。作り物の黄色い皮の表面に『汗』が浮き出て滴っているワケがないではないか。しかも椅子に座っている黄色い皮膚表面の圧力がかかっている部分が赤みがかるのではなく、『黄みがかっている』。
『着ぐるみ』ではない。
黄色いミカンの頭と黄色いミカンの皮膚を持つ、正体不明の『人外のおっさん』だ……。
………