五十七の章 ツクヨミの進撃、イザの真意
突然現れた二体の魔物に対し、タジカラとスサノは兵達を退かせた。
「おのれ、こやつらが先鋒か!?」
タジカラは歯軋りした。最初は小者が押し寄せて来ると踏んでいたのだ。
「イザめ、一気にここを攻め落とすつもりか?」
スサノが呟く。
「うぬらでは相手にならぬ。この城で一番強い者が来い!」
好戦的なヤソマガツが言い放つ。彼女は身体中から雷を放ちながら、タジカラとスサノを嘲るかのように笑った。オオマガツは、黒い炎を更に強力に熾し、
「我らは更に力をつけた。アキツ、出て来い! うぬをこの黒き焰で焼き尽くしてくれるわ!」
と叫ぶ。二人共、アキツの柏手にやられているので、彼女に対する怨みが強い。
「お前達の相手は私がする」
ツクヨミが後方から現れた。
「ツクヨミ!」
タジカラとスサノは、ツクヨミの言霊が二体の魔物に通用しない事を知っている。現にアマノイワトでは、ツクヨミが瀕死の状態まで追い込まれたのだ。
「ほォ、まだ懲りていないか、言霊師よ。愚かな……」
オオマガツが笑う。ヤソマガツが、
「あんたはいい男だから、殺めたくはないが、イザ様に逆らう者は容赦しない」
ツクヨミはその言葉にキッとしてヤソマガツを睨んだ。
「我が一族が、何故王族の上に位していたのか、お前達は知らない」
ツクヨミは謎の言葉を言った。タジカラとスサノは顔を見合わせた。
「言霊は、一つところに留まらず。昨日の私は勝てぬとも、今日の私は勝てる」
ツクヨミはタジカラ達の前に進み出て、二体に言い返す。
「強気だねえ。そういうところも、いい男だ。だが、生かしておく事はできぬ」
ヤソマガツの顔つきが変わった。
「私が先に行くよ、オオ」
彼女はオオマガツにそう言うと、ツクヨミに仕掛けた。
「祓いたまえ、清めたまえ!」
ツクヨミは柏手を打ち、叫んだ。
「そのような戯れ言、アキツでなくては恐れるものではない!」
ヤソマガツは構わずツクヨミに近づいた。その時だった。
「ぐわあああっ!」
彼女をツクヨミの放った言霊が押し包んだ。途端にヤソマガツは強烈な光に包まれ、悶絶した。
「ヤソ!」
オオマガツが仰天して叫んだ。
「ふおおおっ!」
ヤソマガツは空高く舞い上がり、錐揉みしながら地面に落下し、砂埃を舞い上げた。
「昨夜、アキツ様に頂いた力。言霊師の真髄は言の葉を操る事にある。その言の葉の力を得れば、私もアキツ様と同じ事ができる」
「ぬうう……」
オオマガツがジリジリと退く。
「おのれェッ!」
地面にめり込んでいたヤソマガツが復活し、再びツクヨミを襲撃する。
「やめよ、ヤソ!」
オオマガツが止めようとしたが、怒りに我を忘れているヤソマガツは、そのまま突っ込んだ。
「祓いたまえ、清めたまえ!」
ツクヨミが言霊を放つ。
「同じ手は通じぬ!」
ヤソマガツは言霊を避けるために自分の身体を雷に変えた。彼女は言霊をやり過ごした。
「何!?」
その様子を後ろで見ていたタジカラとスサノが叫んだ。
「死ぬるがいい、言霊師!」
雷となったヤソマガツがツクヨミに襲いかかる。
「うおおっ!」
元に戻ったヤソマガツが右手を槍のように尖らせ、そこに雷を纏わせて、ツクヨミに突き出す。
「ツクヨミ!」
タジカラとスサノが叫んだ。
「ぐううっ!」
しかし、苦悶の表情を浮かべていたのは、ヤソマガツの方だった。ツクヨミは自分の身体に言霊を纏わせていたのだ。
「ぬうっ!」
ヤソマガツはツクヨミに繰り出した右手を溶かされていた。彼女は歯軋りし、
「罠か……? 始めから、待っていたのか?」
ツクヨミはそれには答えず、
「まだ戦うか、魔物共。お前達は、アキツ様と戦う事はできぬ。この私がいる限りな」
二体の魔物は憎らしそうにツクヨミを睨む。
「ならば、これをその言霊で防いでみせよ!」
オオマガツが動いた。彼女はツクヨミ、タジカラ、スサノを取り囲むように炎を動かす。
「くっ!」
一瞬にして黒い炎に囲まれてしまったタジカラとスサノは身動きがとれなくなった。
「おのれっ!」
スサノが炎の剣で黒い炎を薙ぎ払おうとするが、全く歯が立たない。
「我らは強くなったと言ったはず。そのような剣では役に立たぬ」
オオマガツが笑った。スサノはムッとして、
「おのれ……」
そこへ武彦が駆けつけた。
「皆さん、遅くなりました!」
武彦は神剣アメノムラクモを抜き、走り出した。
『武彦、黒き焰に触れるな。死人にされる。我で黒き焰を薙ぎ払うのだ』
アメノムラクモが言った。
「はい、御剣さん!」
ヤソマガツとオオマガツは武彦の到着に気づくと、バッと退いた。
「神剣アメノムラクモ……。あれは手強いぞ、ヤソ」
オオマガツが言う。ヤソマガツはニヤリとして、
「その方がいい」
と返す。
「ええーい!」
武彦はまずタジカラとスサノを取り囲む炎を薙ぎ払い、次にツクヨミの周りの炎を薙ぎ払った。
「次はどうしますか、御剣さん?」
武彦は二体の魔物を見ながら尋ねた。
『もちろん、彼奴らを倒す』
「はい!」
武彦はアメノムラクモを中段に構え、再び駆け出した。
その頃、アキツ達は玉座の間に集まっていた。そこにはヒノモトの王ホアカリ、その妃トミヤ、亡き王ウガヤの妃タマヨリ、王子イツセ、王女イスズ、舞踏師ウズメ、水使いクシナダもいた。
「外の様子はどうなのだ?」
玉座のホアカリが尋ねた。ウズメが跪き、
「只今、ヨモツの魔物と戦をしております」
「そうか。勝てそうか?」
ホアカリは不安そうに尋ねる。するとクシナダが、
「勝てまする、陛下」
クシナダの力強い言葉にホアカリは微笑んだ。
「そうであるな」
彼は隣に座るアキツを見た。アキツも微笑み、ゆっくりと頷いた。
(ツクヨミ様……。生きて帰って下さいませ)
彼女のツクヨミに対する思いは、消えてはいなかった。
「ウマシはどうか? まだ動けぬか?」
ホアカリは、ヨモツに取り込まれそうになった自分の嫡男であるウマシの容態を心配していた。
「大事ありませぬ、陛下。ウマシ様は、お元気になりまする」
ウズメがニッコリとして答えた。ホアカリはトミヤと顔を見合わせ、ホッとした顔になった。
闇の国ヨモツの最深部、玉座の間。女王イザは目を閉じたまま椅子に座っていた。
「あと一息ぞ。オオマガツ、ヤソマガツ、頼むぞ」
彼女はフッと笑った。