五十一の章 オモイの襲撃、ウズメの怒り
策士であり、野心家でもあるヤマトの国の元軍師オモイは、ヤマトの城に亡き国王ウガヤの嫡男イツセしかいない事を思い出し、ヒノモトの国王ホアカリを戴くタジカラ達が到着する前に攻めようと考えた。
「城の一つも落とさねば、我が主は私を見限る」
オモイにとって、イザは絶対的な存在であるが、畏怖の対象でもあった。
一方、オモイに軽く見られたとは露ほども知らないイツセは、兵を揃えて城の周囲を警戒していた。
「民の多くが城にいるのだ。ヨモツの者にここを攻めさせる訳にはいかぬ」
イツセは、また痛み出した矢傷に顔をしかめながら、兵達を叱咤激励していた。
「イツセ様、あちらを!」
城の物見台に上っている兵が指差す。イツセはそちらに目を向けるが、まだ地上からは視認できない。
「オモイです! オモイが、こちらに一人で向かっております!」
兵が大声で告げる。イツセはギョッとした。
(あの者は、面妖なる術を使う。私で太刀打ちできるのか?)
しかし、そんな弱気を振り払う。
「今は私しかおらぬのだ! 何としても、ここは守る!」
ヤマトの国の舞踏師であるウズメは、先発させた八百万の神からの声を聞いていた。
「お館様、オモイがヤマトの城に向かっております」
ウズメの夫タジカラはそれを聞いていきり立った。
「オモイめ! 隙を突こうというのか!? どこまでも卑劣な男よ」
彼はスサノを見て、
「行くぞ」
と行ったが、ウズメが、
「私が参ります。お館様とスサノ殿は、陛下と殿下をお守り下さい」
「わかった」
三人の中で、一番早く城に行けるのはウズメだ。タジカラは反論する事なく、奥方の言葉に従った。
(陛下はともかく、気を失ったままのこの愚かな王子は、また利用されるやも知れぬ)
タジカラは、自分の前に乗せたヒノモトの王子ウマシを見た。
「頼んだぞ、ウズメ」
ホアカリが声をかけた。
「はい、陛下」
ウズメは、天の鳥船の神に乗り、空を飛んだ。
(一刻も早う……)
ウズメは遠くヤマトの方角を見た。
アマノイワトのヒラサカの奥へと足を踏み入れた言霊師ツクヨミは、強大な妖気が接近して来るのを感じていた。
(あの二体か?)
ツクヨミは考えた。
(あの二体の魔物には、我が言霊は通じぬ。如何にすれば……?)
考えあぐねる彼を嘲笑うかのように、黒い炎を身に纏ったオオマガツ、雷を身の纏ったヤソマガツが、地面を割って現れた。
「くっ!」
ツクヨミは後ろに飛び、身構えた。オオマガツはニヤリとして、
「ツクヨミ。イザ様の命により、その命頂く。覚悟せよ」
「そのような事、応じられぬな!」
その時彼は、二体の魔物の背後に長い紐のようなものを見た。それは二体が出て来た穴へと繋がっている。
(何だ、あれは?)
「何をしておるか、こやつ!」
二体のうちで血気盛んなヤソマガツが、ツクヨミの視線が自分達に向けられていない事に腹を立て、襲いかかる。
「ぬ!」
ツクヨミは軽い身のこなしでそれをかわした。
「逃げるだけか、言霊師。腑抜けが」
ヤソマガツが挑発する。しかしツクヨミはそれを無視した。
(何か、こやつらを攻むる手立ては……?)
アキツは、ツクヨミが襲撃された事を感じていた。
「ツクヨミ殿!」
アキツは道を戻り始めた。
(あの方を今、喪う訳には参らぬ……)
そしてまた、二人の中間にいた武彦も、ツクヨミの危機を感じていた。
「どうしましょう、御剣さん?」
彼は神剣アメノムラクモに尋ねた。
『アキツがもうすぐここに来よう。それを待て。お前だけが戻っても、如何にもできぬ』
「はい」
武彦はアキツが戻って来るのを喜んだが、彼女はツクヨミのために戻って来るのだと気づき、ションボリした。
『何度も申すが、アキツはお前の幼馴染ではないぞ、武彦』
またアメノムラクモが釘を刺す。
「わかってますよ、御剣さん」
武彦は口を尖らせた。
オモイは、城の前に居並ぶ兵達と、その中心にいるイツセを見た。
(愚か者共が。うぬらは烏合の衆よ)
オモイはニヤリとし、走り出した。
「うぬらが主、ウガヤの剣で死ぬるがいい!」
彼は剣を抜き、下段に構えた。
イツセもまた、オモイを視認していた。
「オモイめ! 我が父ウガヤの仇!」
イツセも剣を抜いた。兵達も剣や槍を手にした。
「あの者を城に決して入れるな! かかれ!」
「おーっ!」
イツセの命令で、兵達は走り出した。
「邪魔だあ!」
オモイが雄叫びを上げながら兵達をいとも簡単に斬り捨てる。
「おのれ、オモイ!」
イツセは剣を振り上げた。肩の傷が痛む。しかし彼は歯を食いしばり、
「父上の仇!」
とオモイに突進した。オモイは兵の槍を跳ね上げ、イツセを睨んだ。
「大儀の前に、父とか言うでないわ! うぬのような小者に、私は敗れぬ!」
火花を散らして、二人の剣が交差した。
「ぬうう!」
イツセが一気に押す。しかしオモイが押し返す。
「ふおおお!」
オモイはイツセを跳ね除け、一足飛びに彼の懐に入った。
「父上がお待ちです、イツセ様」
オモイはニヤリとして、イツセの心臓を剣で貫いた。
「グホオッ……」
イツセは血に噎せ返り、膝を着いた。オモイはスッと彼から離れ、
「おらああ!」
と叫ぶと、周囲にいた兵達を剣を振り回して追い払った。
「イツセ様ァッ!」
兵達が絶叫した。オモイはそれを無視して、
「さあ、お逝き下され、イツセ様!」
と剣を振り上げる。
「させぬ!」
ウズメの声がして、オモイの剣が弾き飛ばされた。
「何!?」
彼は憎悪に満ちた目で、ウズメを見た。彼女は海神を召喚し、聖なる水でオモイの剣を弾いたのだ。
「オモイ! 其方の相手は私がする!」
ウズメはイツセを天の鳥船で城へと運びながら、オモイを睨んだ。
「うぬも私の敵ではない!」
オモイが何かを呟く。すると周囲の地面の小石が集まり、巨人になった。
「うぬの相手は、こやつがする」
オモイは高笑いをして、城へと歩き出す。
「待て、オモイ!」
追いかけるウズメの前に土塊の魔物が立ち塞がった。
「おのれ!」
ウズメは歯軋りした。
城の中では、瀕死の重傷の兄イツセを見てイスズが驚愕していた。
「兄様!」
彼女は自分の力の全てを注ぎ、兄の命を救おうとした。
「無駄ですぞ、イスズ様。今お助けしても、すぐにそれは無駄となりましょう」
イスズがギョッとして目を上げると、そこには狡猾な笑みを浮かべたオモイが立っていた。