四十九の章 ウマシの穢れ、武彦の危機
ヒノモトの国の王ホアカリとその一行は、ホアカリの嫡男であるウマシ率いる死人軍団に迫られていた。
「行くぞ、タジカラ!」
スサノが炎の剣を全開にし、馬を走らせる。
「おう!」
タジカラも剣を振り上げ、スサノに続いた。
「陛下」
ウズメがホアカリに目配せする。ホアカリは頷き、馬を進めた。
(オモイめ、ウマシ様まで取り込むとは……)
ウズメはヤマトの軍師オモイの狡猾さに腹が立った。
(しかも、己は姿を見せぬ。誠に許し難き男)
しかし、そうではなかったのは、まさにその直後にわかった。
「ホアカリ王、お命頂戴仕る!」
不意に別の方向から、オモイが現れた。彼はウガヤの首を刎ねた剣、すなわち、ウガヤが持っていた剣を振り上げ、ホアカリに迫った。
「何!?」
死人達と剣を交えていたスサノとタジカラはハッとした。
「こちらは囮か!?」
スサノが歯軋りした。
「おのれえええ!」
タジカラが剣を振り回し、死人達を弾き飛ばす。
「スサノ、タジカラ、もはや我らは女王イザ様にすがるしかないのだ。無駄に戦を広げるな」
ウマシはすでにオモイによってヨモツの水を口にしており、死人にはなっていないが、味方ではなかった。
「ウマシ様!」
スサノがウマシを斬ろうとした。
「やめよ、スサノ! 陛下の御前だ!」
タジカラが止める。スサノはウマシを睨みつけ、
「しかし、タジカラ……」
「今は堪えよ。それより、陛下を!」
タジカラは纏わりつこうとする死人達を振り切り、馬を走らせた。
「はあ!」
スサノはもう一度ウマシを睨みつけてから、タジカラを追った。
「うぬ!」
ウズメは八百万の神の中の船戸の神を召喚し、ホアカリを守っていた。船戸の神は穢れを退ける神である。
「さすがウズメ様。しかし、私は貴女より遥かに上を行く者ですよ」
オモイはウズメを嘲笑うように言い放った。
(オモイめ、如何なる企みがあるのか?)
ウズメは軍師であったオモイの策謀を感じた。
「このようなもの、私には通じませぬ」
「何と!?」
オモイは、船戸の神が作った結界をものともせず、ホアカリに近づいた。
「陛下、お逃げ下さい!」
ウズメが叫ぶ。ホアカリは迫るオモイに呑まれたかのように動けない。
「陛下!」
ウズメが天の鳥船の神を召喚し、ホアカリを移動させた。
「ぬ!」
オモイはホアカリを逃したのと、タジカラ達が追いついて来たのを知り、
「ここは退くか」
と呟くと、逃げてしまった。
「待て、オモイ!」
タジカラが追う。
「お館様、おやめ下され。今は、陛下の御身を守るが先にございます」
「ああ……」
タジカラは、先ほどオモイの罠に呆気なく引っかかった事を思い出し、馬を止めた。
「陛下」
スサノも追いついた。ホアカリは後方に見えるウマシ達の部隊を見て、
「ウマシはもはや、ヨモツに落ちたのか?」
「いえ、まだです。お救いする事ができます」
ウズメが答えた。
ヤマトの城では、王妃タマヨリと王女イスズが、再び民の手当てに動いていた。
「たけひこ様、ツクヨミ、オオヤシマを頼みます」
イスズはアマノイワトの方角を見て、祈った。
アキツと武彦は、ヨモツの中枢に向かっていた。
「祓いたまえ、清めたまえ!」
アキツの柏手の威力は凄まじく、ヨモツの穢れは嘘のように消滅する。
「は!」
その時、アキツと武彦の間に、何十体ものヨモツの兵であるシコメ(身体の半分が腐った魔物)が固まって地面の下から現れ、壁を作って、二人を引き裂いてしまった。
「アキツさん!」
「たけひこ様!」
武彦はパニックになりそうだった。先ほどまでは、アキツの身体から出る清らかな気と、その力によって放たれる光で、何とか平静を保てた。しかし、アキツと離れ離れになった今、周囲は漆黒の闇。そして、シコメ達の放つ妖気と臭気で息が詰まりそうだ。
「うわああ!」
混乱する武彦に追い討ちをかけるようにシコメ達が襲いかかる。
「ぐおおおお!」
シコメには性別はないが、その姿は、武彦の世界で言うと「女のゾンビ」そのものである。
「た、助けて!」
思わず美鈴を思い浮かべる武彦。
『慌てるでない、武彦!』
神剣アメノムラクモが一喝した。
『退くがよい、ヨモツの魔物! 我は神剣アメノムラクモ! 我に触れる事は許さぬ!』
アメノムラクモは、鞘の中にありながらも、眩い光を放った。
「ぐおおおお!」
シコメ達はその光に驚き、武彦から離れた。
『さあ、我を抜くのだ、武彦!』
「は、はい!」
武彦はアメノムラクモを鞘から抜いた。途端に光が更に強くなり、シコメ達はその光によって消滅してしまった。
「御剣さん、ありがとうございます。これでもう、僕一人でも大丈夫ですね」
武彦が嬉しそうに言うと、
「いや、そうもいかぬ。本来であれば、我の力はイザに会うまで温存しておきたかったのだ。今使ってしまっては、この先は危うき事となる」
「ええ?」
自分が情けないせいで、計算外の事が起こってしまったと感じた武彦は、蒼ざめた。
『それより、この目の前の壁を斬り裂くぞ、武彦』
「はい!」
武彦は目の前にできたシコメの壁を斬り裂き、アキツを探した。
「アキツさん、先に行ったみたいですね」
『お前が情けないからな』
アメノムラクモが手厳しい事を言う。
「ごめんなさい」
武彦はシュンとしてしまった。
『気に病んでいる暇はない。走れ、武彦。我が明かりとなる』
「はい、御剣さん!」
武彦は輝くアメノムラクモを掲げ、アキツを追った。
一方ツクヨミは、ヒラサカまで来ていた。
「おお」
彼はアキツの気がヨモツの穢れを押し返しているのを感じ、感嘆していた。
(さすがアキツ様。私など、まだまだだ)
それでも彼女の思いに答えたいと考え、ツクヨミは二人を追いかけた。