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二の章 武彦の悩み、アキツの思い

 連日のように夢で謎の女性の声に悩まされている磐神(いわがみ)武彦(たけひこ)

 そのせいで毎日高校に遅刻しそうになっている。高校は歩いて十五分程度なのにである。

「病気なのかな?」

 武彦はある日の夜、思い切って母の珠世に相談した。

「母さん、僕、毎日同じ夢を見るんだ」

「そうなの」

 忙しい珠世母さんは、残念な事に更にここ数日仕事が忙しく、可愛い我が子の相談に乗れるほど精神的に余裕がなかった。

「ごめん、またにする」

 武彦は小さい頃から母親の忙しい姿を見て育ったせいか、珠世の声のトーンでそれを感じ取れるようになっていた。学校の成績は振るわないが、生活能力は高いのが武彦の取り柄だった。

「姉ちゃん、時間ある?」

 武彦はバイトから帰ってこれから夜間の講義を受けに行く美鈴に声をかけてみた。

「何?」

 この時間帯の姉は特に機嫌が悪いのだが、弟が病気かも知れないのだから、話くらい聞いてくれるだろうと考え、思い切って言ってみたのだ。

「僕さ、毎日女の人の声が聞こえる夢を見るんだ」

「下らない事で私を呼び止めないでよ!」

 ポカンと頭を一つ殴られる。武彦が何も言い返す間もなく、美鈴は玄関を飛び出して行った。

「ああ」

 武彦は仕方なく、自分もコンビニのバイトに出かける用意をした。

「店長に相談する訳にも行かないしな……」

 武彦は結局、クラスメートの都坂(みやこざか)亜希(あき)に相談してみる事にした。


 翌日。

 性懲りもなく起きられない武彦を亜希が起こしに来る。

「武君、今日は起きるって約束だったでしょ!」

 昨日一人で起きると言ったばかりなのに、相変わらずの寝坊。さすかに亜希もムッとしている。

「ごめん、その事なんだけどさ……」

「話は後で! 早くして!」

 今日も亜希に引き摺られるようにして玄関を出る武彦。

「起きろ、武彦!」

 美鈴の蹴りで完全に目を覚まし、

「遅刻はできないよォ」

と叫びながら走り出す。


 そして休み時間。本当は眠りたいのだが、どうしても亜希に相談したい事があったので、

「委員長、話があるんだけど」

「何?」

 おかしな事に、相談したい武彦より、話があると言われた亜希の方がアタフタしている。

「こ、ここで大丈夫な話?」

 亜希は呼吸を整えて尋ねた。武彦は一瞬だけ考えて、

「あ、そうだな。ベランダで話そうか」

「う、うん」

 そこもあまり人目を避けられないよ武君、と言いたい亜希だったが、それは言えない。

「あのさ」

 武彦が切り出すと、亜希はますます緊張した顔になって、

「な、何?」

 ガラス越しに見ているクラスの連中がいる。亜希はそれも気になるのだが、武彦は全然気にならないらしい。

「僕、何かの病気かも知れないんだ」

「えっ?」

 予想していたのと全然違うコースにボールが飛んで来たので、亜希は危うくベランダから落ちそうになった。

「毎日さ、夢で、知らない女の人の声が話しかけて来るんだ。助けてって」

「……」

 亜希は呆然としていた。

「それでさ、昨日はとうとう授業中にも聞こえてさ。何の病気なんだろう?」

 武彦は至って真面目な顔で尋ねたのだが、亜希は呆れ返ったのを通過し、怒りを感じ始めていた。

「それはきっと、恋の病よ」

「えっ? 鯉? 鯉の病気が移ったの?」

「そんな事、私知らないわ」

 亜希はプイッと顔を背けて、教室に戻ってしまった。

「ああ、委員長……」

 武彦は話し方が悪かったのかと思った。

「僕、話をうまくできないからな……。伝わらなかったのかな?」


 

 そして、どこにあるのか、いつの時代なのかわからないオオヤシマ。

 元はワの国という一つの国家だったが、後継者争いが激しくなり、野心を持った者が現れ、国が二つに分裂した。「ヒノモトの国」と「ヤマトの国」。兄と弟が骨肉相争う事になってしまったのだ。

「お前の呼びかけに答えし者は、どうした? 何か返答があったか?」

 オオヤシマの端にあるアマノイワトで、ワの国の先代女王のオオヒルメが、後継女王になるはずだったアキツに尋ねた。

「いえ。でも、以前よりその人の心が近づいた気が致します。近いうちに、こちらに呼び込めるのではないかと」

 アキツは額ずいたままで答えた。

「そうか。心が近づいているのがお前にわかるのなら、その者はこちらに来るであろう。否、来てもらわねば困る」

 オオヒルメは深刻な顔で言った。アキツは顔を上げて、

「はい。もはや時は迫っております。ヒノモトもヤマトも、悪しき気が満ちておりまして、(いくさ)が大きくなるのは避けられませぬ」

「そうか」

 オオヒルメの顔は悲しみで暗くなった。

「私が早く二人の心の内を見抜いておれば、このような事にはならなかった……」

 オオヒルメの嘆きに、アキツは、

「そうではありませぬ、大叔母様。起こりは、ナガスネの悪しき心でございます。あの者が、ホアカリ殿を(そそのか)さねば、戦は起こりませんでした」

「ありがとう、アキツ」

 オオヒルメはアキツの心遣いが嬉しかった。アキツは深々と頭を下げてから、

「大叔母様、ご相談がございます」

と切り出した。オオヒルメは居ずまいを正して、

「何か?」

「私の呼びかけに答えし者を何としてもこちらに呼び込むため、お力をお貸し下さい」

「私の力をか?」

「はい」

 アキツは力強い眼差しでオオヒルメを見ている。オオヒルメは、

「何を考えておるのだ、お前は?」

「その昔、遠き場所から呼ばれた者がおり、その者の力でオオヤシマは鎮まったと聞いた事がございます。それをまた、為してみたいのです」

 オオヒルメの顔つきが変わった。

「アキツ、それは禁呪ぞ。ワの国では、禁じられた術。ならぬ」

「ですが大叔母様」

「オオヤシマの一大事と言うても、ならぬ」

 オオヒルメは立ち上がり、奥の間に入ってしまった。

「大叔母様……」

 反対される事は承知していた。だから、アキツも諦めるつもりはなかった。


 ヤマトの国。オオヤシマの東半分にある、弟ウガヤが治める国である。

 その国の軍の中に一人、特殊な力を持つ者がいた。その者の名は、ツクヨミ。言霊師(ことだまし)と呼ばれる一族の最後の生き残りだ。簡単に言ってしまうと、言葉に呪いを乗せて放てば、その言葉を聞いた者は呪われ、言葉に火の力を込めて放てば、その言葉を聞いてしまった者は焼かれてしまうのだ。そして、彼の使う言霊は、一切の防御ができない。但し、その言霊の届く範囲は狭く、せいぜい二人か一人にしか攻撃できない。だからこそ、彼の出陣は稀で、決戦の時以外はウガヤ王の三男であるイワレヒコの許嫁であるイスズのそばに仕えている。イスズはイワレヒコの許嫁であるが、姉でもある。オオヤシマでは近親婚は禁じられておらず、かなりの頻度で行われていた。

 しかし、イスズはイワレヒコが嫌いである。乱暴で礼儀を(わきま)えず、兄であるイツセを全く敬っていない。そのくせ、周囲の目を気にしているので、公にはイツセを立てている腹黒さも嫌だった。

(あに)様が可哀想」

 そう言って悲しそうな顔で窓の外の月を眺めるイスズを、ツクヨミはとても気の毒に思っていた。

 そのツクヨミは、この数日、アキツの呼びかけの声を聞いていた。

「アキツ様は、大変お嘆きなのだ」

 彼は、自分の祖先達が、その昔はワの国王からも崇拝されていた一族でありながら、戦争の道具としての価値を見出した歴代の王によって絶滅寸前にまで追い込まれた事から、王族を快く思っていなかった。だからこそ、アキツの無念を理解できるのだ。

「このオオヤシマを救ってくれる者が早く現れてくれるといいが……」

 ツクヨミはアキツに心惹かれていた。しかし、身分の差があるため、決して叶わぬ思いである。それは彼もよく承知していた。

「どうしました、ツクヨミ?」

 ──イワレヒコの連戦で、イスズはここ何日か明るい。彼がいると必要以上に用を言いつけられるため、気持ちが休まらない。戦が終わってからという父王の命があるため、婚儀はしていないのだが、イワレヒコは毎夜イスズを求めた。イスズは弟との婚儀を心の底で嫌がっていたが、父が決めた事であるので、逆らう事ができないのだ。

「婚儀が終わってからにして下さい」

 イスズにはその程度の抵抗しかできなかった。──

「いえ、別に。戦が早く終われば良いと思うておりました」

 ツクヨミはそう言ってしまってから、自分の失言に気がついた。

「そうですか」

 イスズの悲しそうな顔を見て、ツクヨミは慌てた。

「申し訳ございませぬ。イスズ様のお気持ちも考えずに……」

「構いませぬ。この国の誰もが、戦が早う終わるのを待ち望んでいるのですから」

 イスズは声を震わせてそう言った。イスズ様はイワレヒコ様を嫌っているどころか、恐れているのではないか? ツクヨミはそんな風にさえ思ってしまった。



 武彦は結局誰にも相談できないまま、家に帰った。

「委員長はあの後ずっと機嫌悪いしなァ。どうしよう?」

 その時、再び彼の耳に声が聞こえて来た。

『助けて。私の声が聞こえる方、私の声にお答え下さい』

 まただ。武彦は怖くなっていた。

「僕、どうしちゃったんだろう?」

 姉もまだ帰って来ていない。母が帰るのはもっと後。今日のバイトは遅番なので、仮眠をとってから出かける事になっている。

「寝たら、もっと聞こえるのかな?」

 武彦は怖くて眠れそうになかった。



「進めーっ!」

 返り血を浴び、赤黒く染まった顔で、イワレヒコは叫んだ。

「ヒノモトの兵なぞ、一人残らず殺してしまえ! ヤマトこそがこのオオヤシマに相応しい国なのだ」

 イワレヒコの顔は、物の怪のように兇悪だった。

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