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二十五の章 ウズメの決心、ツクヨミの閃き

 ヤマトの国の王子イワレヒコはヒノモトの国の将軍ナガスネの部隊に合流した。

「間に合って何よりであった」

 あまりに雰囲気の違うイワレヒコに、ナガスネは戸惑っていた。

(あの非道さが微塵も感じられぬ。如何いかなる事か?)

「話は後だ、ナガスネ。まずはウカシを蹴散らすぞ」

「はは」

 ついこうべを垂れる自分に驚くナガスネである。イワレヒコは、神々しさを漂わせていたのだ。

『ツクヨミさん、どうしよう?』

 目の前に迫るウカシ軍を見て、武彦は怖くなっていた。

『ご案じ召されますな。我が言霊がお導き致します故』

 ツクヨミの言霊がイワレヒコを包む。

『ああ!』

 武彦は、自分がとても強くなったような気がした。

「ナガスネ、ついて参れ!」

 イワレヒコは馬に鞭を入れ、ウカシ軍に突進する。ウカシ軍は、クシナダが仕掛けた罠で幾人かの兵を失ったが、その大半はまだ健在である。

「怯むな! 我が軍は敵の数十倍ぞ! 叩き伏せよ!」

 ウカシは相変わらず陣の最後方から命令している。

「ウカシめ、おのれは大事ないところで! 許さぬ!」

 スサノが凄まじい勢いでウカシのいる場所へと馬を駆った。

「お館様やかたさま、危のうございます!」

 クシナダが慌てて水の陣を張り、夫スサノを追った。

「私も遅れは取らぬ!」

 タジカラも大声で叫び、イワレヒコを追う。

「うおおお!」

 イワレヒコの強さは神懸っていた。イワレヒコ本来の強さに加え、ツクヨミの言霊が補助しているため、まさに天下無双の勢いである。その上、ヒノモト軍の兵達は、全員ヨモツの水を飲まされているので、ウカシの命令がないと、只の木偶の坊同然なのだ。

「おのれえ!」

 ウカシは迫り来るスサノから逃げるため、馬に跨ると戦場から離れた。

「逃さぬ!」

 スサノが鬼神の如き形相でこれを追った。

「お館様!」

 クシナダの水の陣は、スサノの放つ気のせいで、ついて行けなくなっていた。

『?』

 ツクヨミは逃げるウカシから、奇妙な気を感じていた。

『どうしたんですか、ツクヨミさん?』

 武彦が話しかける。

『ウカシの気が妙です。ヨモツの気とは違う……。これは?』

 ツクヨミは更に探ろうとしたが、できなかった。スサノがウカシに追いつき、その首をねたのだ。

「ウカシを討ち取ったぞ!」

 スサノが叫んだ。その瞬間だった。

「何!?」

 首を失って馬から転げ落ちたウカシの胴体から、黒い炎が噴き出したのだ。

「お館様!」

 クシナダが水でスサノを防御し、黒い炎から守った。

「今のは?」

 スサノは馬を反転させ、ウカシの胴体から離れた。

「何事か!?」

 ナガスネも馬を止め、ウカシの異変に目を見張った。

「むむ?」

 タジカラも眉をひそめ、ウカシを見ている。

「皆退くのだ! それはヨモツの罠。その黒火に触れれば、死人しびとになるぞ!」

 イワレヒコが叫んだ。

(ウカシは、ヨモツの黒火を運ばされておったのか……。何とむごい事を!)

 ツクヨミは、ヨモツの戦略に怒りを感じた。

 スサノとクシナダは、ナガスネを守るように黒火から離れた。タジカラもイワレヒコに付き従い、遠巻きに火を見ている。

「兵達を救う事はできぬのか?」

 黒火に取り込まれるヒノモトの兵を見て、ナガスネが呟く。

「兵共はウカシがヨモツの水を飲ませておる。如何様にもならぬ」

 イワレヒコが言った。

「あの火、ウズメさまでしたら、消せますものを……」

 クシナダが悔しそうに言った。タジカラも頷き、

「まさに……。ウズメがおれば……」

 ウズメなら神降ろしで黒火を浄化できる。しかしそのような事を思ってみても仕方のない事である。


 そのウズメは、ヤマトのウガヤ王の軍とアマノイワトへの競争をしていた。

(何としても、オオヒルメ様とアキツ様だけはお守りせねば!)

 彼女は、馬が潰れても良いと思いながら、イワトを目指していた。


 ヒノモトの王子であるウマシは、ウカシが死に、軍が壊滅し始めた事も知らず、自分の側近達を伴い、勝ち戦に参加すべく、ゆっくりと進軍していた。

「先にウカシの軍に戦わせ、一番の手柄はこちらで頂く」

 どこまでも卑屈な男である。

「ウマシ様、ウカシ殿の軍勢が、敗走しております」

 参謀が告げた。ウマシはまさに仰天した。

「何と!如何なる事か?」

「わかりませぬ。敵軍は、イワレヒコ様、そしてタジカラ殿としかわかっておりませぬ」

 ウマシは自分の実力を把握していない男であるが、イワレヒコとタジカラが揃っているのを聞いては、負け戦になると考えた。

「引き揚げじゃ! 城に戻るぞ」

 ウマシは慌てて撤退を始めた。

「ヒノモトは滅ぶぞ」

 あまりにも不甲斐ない跡継ぎを見て、参謀役の老兵はそう呟いた。


 その参謀の放った伝令兵が、ヒノモトの城に到着していた。

「ウカシ様、討ち死ににございます」

 その報告を聞き、ホアカリ王は妃トミヤを見た。

「陛下、もはやこれ以上の戦は意味がございませぬ。すぐにでも出立し、ウガヤ様とお会いなさいませ」

「そうだな」

 ホアカリは決意し、出立の準備に取りかかった。

「これでようやくオオヤシマに安寧が訪れまする……」

 トミヤは涙ぐんで呟いた。


 また、ウカシ軍の動きを探っていたウガヤ軍の斥候も、ウガヤに報告をしていた。

「ウカシが討ち死にとな?」

 ウガヤは軍師オモイを見た。オモイは頷き、

「ヒノモトは滅びの道を歩み始めたようです。ツクヨミを討ち取りし後は、ヒノモトを滅ぼしましょう」

「うむ」

 ウガヤもニヤリとして応じる。

(ウカシめ、しくじりおったな。やはり、ツキはこの私にある)

 オモイはウガヤに見えぬようにニッと笑った。

「アマノイワトの前に、ウズメ殿がおります」

 先発の兵が告げた。ウガヤはキッとして、

「ウズメめ、一体どこにおったのか?」

と前方を睨み据えた。


「間に合って良うございました」

 ウズメは、跪いてアキツに言った。アキツは微笑んで、

「ありがとう、ウズメ。貴女にとってウガヤ殿は主君。これは謀反であると言うのに」

「いえ、私の仕えしは、オオヒルメ様、そしてアキツ様にございます。ウガヤ様は、私の仕える方ではありませぬ」

 ウズメの言葉にアキツは涙を流した。

「先程、我が夫タジカラに使いを送りました。もうすぐ千万の味方よりも頼りになる方々が参りましょう」

「ええ」

 アキツはツクヨミからの言霊で、イワレヒコとタジカラ、そしてスサノとクシナダが一緒なのを知らされていた。


 イワレヒコ達は、ヨモツの黒火が大きくなって行くのを見ていた。

「このまま収まらぬとなれば、オオヤシマは如何なる事になるのか?」

 タジカラは黒火を見上げて呟いた。

(タジカラ様の仰る通りだ。この火を抑えぬうちは、アマノイワトに向かう事もできぬ)

さすがのツクヨミにも、この黒火は手の施しようがなかった。

「む?」

 そこへウズメの放った八百万(やおよろず)の神が到着した。タジカラがそれを感じ、

「ウズメがアマノイワトにおります。どうやら、陛下がイワト攻めをされるご様子です」

 イワレヒコはその言葉に反応して、

「それは承知。しかし、この火を始末せぬ限り、ここから離るる事はできぬ」

 クシナダも水を使ってみるが、黒火は消せなかった。

「この火、水では消せぬ。如何致す、タジカラ?」

 スサノが尋ねた。タジカラはそれには答えず、イワレヒコを見る。ナガスネもイワレヒコを見ている。

『ツクヨミさん、言霊で火を消せないんですか?』

 武彦が尋ねた。ツクヨミは、

『できませぬ。この世ならざりしものは、言霊では如何様にもなりませぬ故』

『そうですか。どこかに飛ばせればいいのになあ』

 武彦の何気ない一言が、ツクヨミに閃きを与えた。

『そうですね。それは良い考えでございます、たけひこ様』

『そうなんですか?』

 武彦は面食らってしまった。

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