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始まりの章 二人のイワレヒコ

 磐神(いわがみ)武彦(たけひこ)、十七歳。高校二年生。母と姉との三人暮らし。

 父親は三歳の時、交通事故で他界。彼は元気な母と凶暴な姉に可愛がられ、とても真っ直ぐに育った。

「武君、遅刻するよ。早く支度しないと」

 幼馴染みで同級生の都坂(みやこざか)亜希(あき)が、毎日武彦の家に来る。

「毎日悪いわね、亜希ちゃん」

 母である珠世(たまよ)はパートに行く時間だ。家の中で誰よりも早く起き、誰よりも遅く寝る生活を十五年近く続けている。でも元気一杯である。

「いえ、近所ですから。大丈夫です」

 亜希は、本当に何でもない事のように答える。

「亜希ちゃんがウチの子だったら良かったのにね」

 珠世母さんのトンデモ発言にニッコリ微笑んで応じる亜希も、すっかり磐神家の一員である。

「母さん、行ってらっしゃい」

と言いながらも、武彦はまだ半分寝ている。目が死人ゾンビのようだ。亜希は武彦を引き摺るようにして玄関に急ぐ。

「こら、武彦! いい加減目を覚ませ!」

 運送業のアルバイトをこなしながら、大学の夜間部に通学している二十歳の姉、美鈴が怒鳴る。

「うーい」

 武彦はそれでも寝ぼけている。

「おらっ!」

 美鈴のハイキックが武彦の顔面に決まる。

「フギッ!」

 気を失ってしまい、逆効果になるのではないかというくらい鮮やかな一撃だ。でも、そんな暴力にも慣れてしまった武彦は、気を失いはしない。

「おお、目が覚めた。姉ちゃん、行って来るよ」

「あいよ」

 美鈴はもう一発武彦の頭に拳骨を食らわせ、送り出した。


「ねえ、武君、もう高校二年なんだから、朝くらい起きられるようになろうよ」

 亜希が呆れ顔で言った。武彦はようやく頭が活動し始めたらしく、

「ごめん、委員長。明日はちゃんと起きるから」

「……」

 亜希はムスッとして先に行ってしまう。

「知らない!」

「ああ、何だよ、委員長。僕、何か怒らせるような事言った?」

「別にィ」

 亜希は武彦の問いに振り返らずに答え、走り出した。ある女優を真似たような言い方。でも委員長の方がずっと可愛いと思う武彦だった。

「ホント、遅刻だよ、武君」

 陸上部のエーススプリンターでもある亜希は速い。

「わああ、ヤバい! 今日遅刻したら、停学だよー」

 武彦は亜希を追うようにして走り出した。


 だらしない弟を送り出し、姉の美鈴はほんの一時ひとときの安らぎを満喫する。

 出勤前の熱いお茶が彼女のエネルギー源だ。

「さてと。私も出かけるか」

 自分に気合を入れ、美鈴は立ち上がる。その名に恥じない美貌とスタイルで、おまけに頭脳明晰、社交性抜群。弟の分まで取ってしまったのでは、というくらいできた姉だ。

「にしても、心配だな、あのバカ」

 携帯の待ち受けは小さい頃武彦と一緒に写した写真。でも弟には内緒。彼氏もいるのに、弟が心配で仕方がない、ある意味「弟萌え」な「姉ちゃん」だ。本人はそれを言われると烈火の如く怒るが。

「戸締り、よーし!」

 美鈴は指差し確認をして、家を出た。


 

 どこにあるのか、いつの時代なのかもわからない。

 しかし、その島も国も、確かに存在している。

 オオヤシマ。その島にあったのは「ワの国」という国であったが、後継者争いが激化し、先代の王であるオオヒルメ女王が王位を放り出し、オオヤシマの果てにあるアマノイワトに籠ってしまった。

 収拾のつかなくなったワの国は、兄ホアカリと弟ウガヤによって二分され、兄の国はヒノモト、弟の国はヤマトと名乗った。

 正統な後継者はオオヒルメの近親者であるアキツであったが、ヒノモトとヤマトはそれを認めなかった。争い事が嫌いなアキツはオオヒルメの元に身を隠し、ワの国は完全にその系統を途絶えさせてしまった。

 そもそもの争いの発端は、ホアカリの妃の兄であるナガスネの野心である。彼はワの国の王位を奪取するため、ホアカリを焚き付けた。

「アキツ姫は確かにオオヒルメ様に一番近しい方ですが、お優し過ぎます。あれでは遠き海の果ての大国が攻め入りし時、勝てませぬ」

 ナガスネの愚かな思いがホアカリの判断を誤らせ、ワの国は分裂へと向かった。

 もちろん、ヤマト側にも原因がなかった訳ではない。ウガヤは兄に必要以上の敵対心があり、機会があれば兄を潰そうと考えていた。ナガスネが軍を動かした事を知るや否や、ウガヤもすぐに反応し、二国は両勢力を隔てるアマノヤス川を挟んで睨み合いを続けた。

 両国が実質的な戦闘状態に突入したのは、それから三日後の事だった。

 ナガスネの率いる精鋭部隊が、勇み足で弓矢を放ってしまったのだ。それが運悪くウガヤの嫡男であるイツセの右肩を射抜いた。憤激したヤマト軍の先鋒がアマノヤス川を越え、合戦が始まった。

 こうなると両軍の王にもいくさは止められなくなった。ヒノモトとヤマトは、ズルズルと国全体を巻き込む戦いに雪崩れ込んでしまった。

「何をしている!? こちらは皇太子を狙われたのだぞ! 何としても、ホアカリの首を獲るのだ!」

 兵に檄を飛ばしているのは、ウガヤの三男であるイワレヒコだ。実は彼こそヤマト一の剣士であり、勇猛果敢な男である。彼はヒノモトの国を滅ぼし、オオヤシマを平定する事を悲願としていた。

「腑抜け共が! このイワレヒコが、うぬ等の代わりにヒノモトの兵共を退治(たいじ)てくれるわ!」

 イワレヒコは一人馬を駆り、敵陣に突っ込んで行った。

「イワレヒコが一人で突っ込んで来るだと?」

 ヒノモトの本陣のナガスネは呆れ返っていた。

「どこまでも(たわ)けな男よ、イワレヒコ。返り討ちにしてやる!」

 ナガスネは騎馬隊を投じ、イワレヒコの首級を獲りに行かせた。

 しかしイワレヒコは動じなかった。彼は高笑いをし、

「笑止! このイワレヒコを止めたくば、千の兵を差し向けよ、ナガスネ!」

と怒鳴った。


 オオヤシマの外れにあるアマノイワト。ワの国最後の王であるオオヒルメが籠り、オオヤシマの安寧を祈念していた。

「大叔母様」

 オオヒルメの後継者だったアキツが跪き、声をかけた。オオヒルメは振り向かずに、

「アキツ、彼の者達は如何しておる?」

「とうとう戦になりました」

 アキツは頭を下げて話した。オオヒルメは天を仰いだ。

「やはり滅ぶのか、この国は。そして沈むか、このオオヤシマは」

 オオヒルメの言葉にアキツは、

「いえ、そうならぬように私が必ず……」

「何をするつもりか、アキツ?」

 オオヒルメは鋭い眼でアキツを見た。アキツはオオヒルメを見たままで、

「必ず戦を止めます。この命に代えても」

「それは私がなす。お前は命を粗末にするな、アキツ」

 オオヒルメはワの国の女王であると同時に最高の呪術者であった。彼女はその力で争いを止めようとした。しかし、止まらなかったのだ。

「恐れながら、大叔母様はすでにお力を失われています。今は私が代わりに」

「ならぬ。それはならぬ。お前は戦が終わりし時、今一度ワの国を治める女王となるべき身。命を捨ててはならぬ」

 オオヒルメはアキツの身を案じ、断固としてアキツの行動を止めるつもりでいた。

「このままではこの国は滅びます。それでは女王も何もございませぬ。私に、今動かずしていつ動けとおっしゃるのですか、大叔母様!?」

 アキツは普段は決して出さないような大きな声でオオヒルメに反論した。

「アキツ……」

 オオヒルメはアキツに何か考えがある事に気づいた。

「何に気づいたのだ、アキツ?」

 アキツはオオヒルメにスッと近づき、

「私の呼びかけに答えた者がおります」

「呼びかけに答えた者?」

 オオヒルメは眉をひそめた。

「はい。その者がこの国に来てくれれば、オオヤシマは救われ、ワの国は元の平和な国に戻ります」

「その者はどこにおるのだ?」

 オオヒルメは(にわか)にその話を信じられない。

「わかりませぬ。しかし、確かにおります。私にはわかります」

 アキツの眼は自信に満ち溢れていた。オオヒルメはニッコリして、

「わかった。そなたに任せよう。その者を必ずこの国に連れて来るのだ」

「はい」

 アキツは再び深々と頭を下げた。


 武彦は英語の授業中だった。しかし、彼は全く授業に集中していなかった。

(誰だ? さっきから声が聞こえる)

 武彦は何日か前から、不思議な夢を見ていた。どこの誰なのかわからない女性の声が、

「助けて。私の声が聞こえる方。私の呼びかけに答えて下さい」

と言っている。そんな夢を何日も続けて見ていた。そのため、普段以上に朝起きられなくなっていた。

 そして今日になって、とうとう起きている時までその声が聞こえるようになった。

(僕、ヤバいのかな?)

 武彦は何かの病気なのかと思っていた。

(病院に行った方がいいかな?)

 彼は本気でそう思っていた。


 二人のイワレヒコが、少しずつ近づいていた。国の行く末を憂う一人の女性によって。

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