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9/25

数日後。父王の葬儀はしめやかに営まれた。


ライザックは正式な豪葬の儀式を行うことを提案してくれたが、レティーシアが拒絶したのだ。


もう父は国王ではない。しかも争いを引き起こしたいわば犯罪者だ。

ようやく落ち着いてきた国民に、悪王となってしまった父への礼を強いることは余計な混乱を招くことだったし、その費用は国民のために使われるべきだと思ったのだ。


おそらくそのことで、未だシグルンの軍門にくだったことを反発している貴族たちの反感を買ったが、レティーシアは自分が正しいと思ったことを貫くことに決めていた。


かといって父が死んだ日にあんなことをしたライザックを許したわけじゃない。

なにも覚えていないレティーシアと何も言わないライザックの間はあのときからまたギクシャクとした関係に戻ってしまい、最近よりもずっと会話が少なくなっていた。


「・・・これから気をつけろよ」

「何が?」


葬儀の後、冷ややかな声でライザックが言った。


「お前は、クリデミアにいる最後の王族だから。反シグルン派が担ぎ上げることはあっても、手を出すことはないと思っていたが、この判断で奴らは裏切りに思ったかもしれない。俺に手懐けられたのだと、敵視されかねない」


もしかしてレティーシアの身を心配してくれているのだろうか。

目を見張ると同時に、その言葉にライザックが元クリデミア領内で危険な立場にいることを思い知らされた。


「しばらくはクリデミアの人間の王宮出入りは制限させてもらう。お前も俺が許可した時以外は部屋を出るな。あとクリデミアの女官も部屋に入れるのは注意しろ」

「・・・うん」

「なんだ、聞きわけがいいな」


文句を言うと思っていたのだろう。素直に頷くと、ライザックは意外そうだった。


「クリデミア側の自治を、自分の自由を制限するつもりかと反論するかと思ったが」

「・・・もしもの、これ以上の混乱は避けたいから」

「なるほど」


だがすぐに納得してくれる。

しかし言ったレティーシアの側は穏やかではなかった。

確かに前ならそう言っていた気がする。


けれど、ライザックに見せられたクリデミア王国亡き後の利権争いを見ていると、なんだか言えなかった。

貴族たちは我が手柄とばかりに色々なことを主張しあい、その場にいない誰かを貶める話をする。上がってくる客観的な数字と違うことを、いかにも本当のように、ただし完全に嘘ではないよう言い訳できる道を残して進言してくる。

ライザックへ必死で取り入ろうとしながらクリデミアのためにとシグルンの嫌悪を示す。

人間不審になりそうなほどの二枚舌を散々見た。

繰り返しでそのような人間を王宮で見ないことが幸いだった。

父や兄が存命の頃からあんな感じだったのだろうか。

自分のことばかりで、ちっとも民のことを考えていない貴族たちのなんと多いことか。

レティーシアは結局今まで表面的なことしかみてこなかったと思い知らされた。


(あれをまとめてた兄様たちって・・・すごいな)


そしておそらく王国があったころよりも混乱しているであろう今に対処しているライザックも。


(国を治める・・・って、並大抵のことじゃないんだ・・・)


レティーシアは別の人間に指示を出しに行ったライザックを見つめて、ふぅ、と大きく息を吐いた。


そう考えるとライザックが誰とも癒着せず、品行方正でいることが不思議でならなかった。こんなさほどの価値もないだろう地方の亡国を貪りつくしたってシグルン本国は気にもしないだろうに。


許せないとは思う。だが・・・叔母にも従妹たちにも精一杯の対処してくれた。

この父親の葬儀のとりはからいもそうだ。

確かにレティーシアは自由を預けたが、彼はその対価以上のことを好意で行ってくれている。常識で考えればあちらの方がずっと立場が強いのに。

レティーシアはもう前からわずらわしい感情に絡め取られていた。

ライザックを憎みたいのに、なぜか憎みきれない。

それは裏切りではないのか。

そう考えると胸が痛んだ。けれど・・・。


(どうして?いっそもっと傲慢で勝手な人だったら・・・)


もっとひどい人になりきってくれれば・・・心の底から憎めるのに。


父親の葬儀よりもレティーシアの心を占めていたのは、ライザックの望むとおり彼のことだった。



***


ライザックの懸念していたことは当たっていた。

すぐに父の死の真相は広まり、一部ではレティーシアに対して酷評がなされた。


「姫様、どうしてですか。なぜ、伝統ある儀式をおやめになられたのです?」

「アーヴ・・・。この国には余分な財力などないでしょう?お祖父様のときのような、あんな豪奢なことをしている余裕はどこにもない。だから・・・」


涙ながらにレティーシアに詰め寄るアーヴも、反シグルン派だ。


「そんなもの、あの男に出させればいいでしょう!それくらい当然のこと・・・。あのような卑劣な輩に姫様がご遠慮なさる必要はございません!」

「ちょ・・・。アーヴ、そんなこと聞かれたら・・・っ」


慌ててレティーシアが唇に指を立てたので、老女もすぐに黙った。ただ、前掛けで目頭を押さえている。


「何故、ですか・・・。何故国王様までも・・・。これで、この国は終わりです。お世継ぎもいらっしゃらず・・・」

「・・・。アーヴ、とっくにクリデミアは・・・クリデミア王家はもう名前を残してないんだよ」

「姫様?なんということをおっしゃるのですか!」


弾かれたように顔をあげたアーヴに、レティーシアは聞き分けのない子供に向けるように微笑んだ。


「それはもう決まった事実でしょう?」

「決まった・・・。そのようなことはございません。いつか・・・いつか・・・っ」


レティーシアは首を振った。


「もう、終わったんだよ。いつかまたこの土地がシグルンの手を離れるかもしれない。けれど、それはもうクリデミア王国じゃない。クリデミア王家は、あの戦争でなくなってしまったの」


アーヴよりもずっと年が若く渦中にいるレティーシアはそれは冷静に受け入れている。

だが、長年王家に使えることを誇りと思って来た侍女は認められないのかもしれない。


「なんと嘆かわしい・・・。姫様、おあきらめにならないでくださいませ。どうか、そのような悲しいことはおっしゃらないでくださいませ」


すがりつく侍女に、レティーシアは胸が痛んだ。

けれど、受け入れてもらうほかない。

この土地はシグルンの手によって再興するしか道がないのだということを。もう誰もこの地を治める古い血がないことを。そしてそれを多くの民はとっくに受け入れているということを。


「アーヴ、もう私は何の力もない。父様も同じだった。だからきっと死を選んでしまった。だけど、残された私たちは生きなければ。・・・だから、どうか無理な望みはもたないで。今を受け入れて」


レティーシアの突き放した言葉にアーヴは泣き崩れた。


「姫様・・・、姫様はほんとうにお心まであの男に屈してしまわれたのですか?」

「・・・違うよ、そうじゃなくて・・・」


「姫様のことを元老会の方々が何とおっしゃっているか、ご存知ですか?心まで従順にされ、情にすがって人の命を乞う娼婦だと・・・。私はそのような罵声に耐えることはできません。私のお育てした誇り高く気高い姫様がそのようなことを言われるなど・・・」


聞かされた言葉に衝撃をうけたものの、頭の冷静な一部が言い得ていると判断した。

あきらめたような笑みが自然と口元に浮かぶ。


「でもそうでしょう?」

「姫様?!」

「なんと言われようと、私は私のやり方で守りたい人を守るだけのこと。それ以上でもそれ以下でもない。言いたい人には言わせておけばいいもの。大体、そんな口だけの人間が私たち生き残りに何をしてくれると言うの?何か動いてくれた貴族などいないじゃない」

「けれど・・・!」

「アーヴ、私はあなたのことも心配しているの。お願いだから、シグルンにたてつくような発言は控えて。ね?どこに人の耳があるかわからないから」


ライザックの耳に入れば、すぐにこの王宮に出入りすることができなくなるだろう。

レティーシアがアーヴを大切に思っていることを知っている彼はきっとしないとは思いつつも、反分子として命の危険すら背負いかねない。


それには一理あると思ったのか、アーヴは一度口を閉ざす。しかしその後でぽつりと呟いた。


「・・・姫様は、あの男が憎くないのですか・・・?」

「え?」

「身分も自由もすべてあの男に奪われたのに・・・何故それを受け入れられるのです?あの男を憎いとは思わないのですか?敵国の将軍ですよ。お兄様やアリオル様を手にかけられた方かもしれないのに!兵たちを幾人手にかけたか知れないのですよ!」

「・・・っ」


言われて初めて恐ろしい事実を突きつけられた気がした。

ライザックはレティーシアに対しては高慢な支配者だが、決して暴力は振るわない。

この国では知的な一面ばかりを垣間見せているので、忘れかけていた。

彼は・・・“血の将軍”として恐れられている猛将なのだ。

戦争でどれだけの人間を手にかけてきたのかを想像することはなかった。その中に兄や婚約者がいたかもしれないのに。

いや、あえて考えないようにしていたのかもしれない。


レティーシアは震えが走る自分の体を腕でぎゅっと抱きしめた。怖いことを追い払うかのように目を閉じ、上体を丸めた。


しかし、やがて首を振ると、ゆるりと目を開いて顔をあげた。


「・・・・それは我が国にも言えること。突然刃を翻し、罪もないシグルン兵の命を奪った。父様たちが何を思っていたにせよ、その事実に目をつぶることはできないでしょう?」

「それは・・・」

「戦争とはそういうものだと、思い知らされた。だから、もう禍根を残してはならないと思う。そもそもの罪はクリデミアにあるのでは?国民から兵を無理やりに招集し、戦わせ、い・・・そして国に残った者も苦しめた。そのことを棚上げし、シグルンに恨みをぶつけることはしてはならないと思うの」

「姫様は、何故そんなに割り切ることができるのです?お悔しくないのですか?誇りでさえもあの男に売り渡してしまったのですか?国王様たちの無念をすべて忘れ、あの男の所業を受け入れ・・・国を裏切るおつもりですかっ?」

「そうじゃない!」


アーヴの涙ながらの問に、レティーシアはぎゅっと拳を握り締める。


「あの人を許すことは・・・できない。だけど、だけど、もう二度と誰かを苦しめるのは嫌だ。誰かが犠牲になるのも嫌だ・・・っ」


悲痛な叫びにアーヴははっとなったようだ。慌てて膝を折った。


「姫様、姫様。申し訳ありません。私は何と愚かなことを・・・」

「・・・アーヴ」

「愚かなことを申しました。姫様が望んだことではないのに・・・、あなた様があの男をかばっているように聞こえてしまって。あの男が憎いのは当然のことですのに」

「・・・・・・」


レティーシアは“当然”という言葉に頷けなかった。


「争いを繰り返したくないという姫様のお気持ちを察することができず、痛感の極みでございます。憎い相手に身を寄せて、お悔しいのもつらいこおも耐えられているのは、すべてご親族の方、民のためだというのに・・・」


憎い、とそう思うことが当たり前だろうか。そう、思わないとおかしいのだろうか。

レティーシアはずっと自問してきたことの、正解といえる他人の答えを目の前に突きつけられた。

かばっているように見えてしまうのは、やはり心のどこかで憎みきっていないからだろう。

それはアーヴのようにクリデミア王家を支えてくれたた人々への裏切りなのだと、思い知らされた。


だが。


「それにあの男・・・もしや国王様まで手にかけたのでは、と話があります。そのような輩に・・・」

「え・・・?」


ガンッと頭を殴られた気がした。


「国王様はご自害ではなく、邪魔に思ったシグルンに殺されたのだと・・・。あの男ならやりかねません。“凶星”との名がついた紫の瞳もおぞましいもので、他の方を思って残酷なあの男に逆らえない姫様のお気持ちを思うと胸がふさがる思いでいっぱいです。私に力があれば姫様をお連れすることもできますのに・・・・」


それでも、あまり良く考えられないレティーシアの方から出て来たのは否定だ。


「・・・彼は、そんなことはしないよ。そんな人じゃない、から・・・」


一度興奮が収まっていたアーヴが、再び不審そうな表情に変わる。


「姫様?」

「そんな卑怯なことはしない人だと思う」

「やはり姫様はあの男が恐ろしいのですか?だから・・・」

「違う。そうじゃなくて・・・ライは、約束を破ったりはきっとしない」


レティーシアを手に入れる代わりに、他の王族の命をとらないこと。

短くなった髪に口付け、そう約束した彼の真摯な気持ちを、疑いたくはなかった。


「な・・・にを・・・。姫様は騙されておいでなのです!あの者が姫様になさったことを思い出してくださいませ。卑劣で・・・信じるに値しない人物でしょう!」

「アーヴ!」


レティーシアは彼女の暴走を強い口調でさえぎった。だが、アーヴは止まらない。


「姫様はさきほどあの男を許すことはできない、と言ったではありませんか!」

「そうだよ。許せるわけない。でも、信じる信じないはそれとは別の話でしょう?」

「同じことです。姫様はずっとあの男に囚われたままで、お心が弱っておいでなのです。だから騙されて・・」

「騙されていない!」


強固なアーヴに、レティーシアもだんだんと声を荒げてしまった。


「確かに私はライのことは許せないし、憎んでいないと言ったら嘘になるよ!でも、でもね・・・っ」


必死に弁解をはかろうとしたちょうどそのとき、ノックの音が聞こえた。

はっとレティーシアもアーヴも口をつぐむ。


示し合わせるように視線を向けた後、レティーシアはアーヴに大丈夫だと小さく頷いて、それから「どうぞ」と言った。


「失礼致します。お部屋を整えに参りました」


頭を下げながら入ってきたのは、シグルンの女官だった。

レティーシアよりも年下の彼女は、聞き分けもよく、口も堅い。

もし声が漏れていたとしても、彼女が担当の日だったのがせめてもの救いだと、レティーシアは息を吐いた。

厳格な年上の女官に聞かれていたとしたら、間違いなくアーヴは王宮に入れなくなるだろう。


「ありがとう。そちらの部屋からお願い」

「かしこまりました」


年若い女官を隣の部屋に追いやって、レティーシアはアーヴに退室するよう言った。


「彼女なら大丈夫だから。・・・アーヴは余分なことを口にしないように気をつけて」


まだ不満そうな彼女だったが、すぐに一礼して部屋から去っていく。

さてどうするか、と考えていると、女官がいつの間にかこちらの部屋をちらちらと伺っていた。


「こちらもどうぞ」

「申し訳ございません」


灰色の大きな瞳と幼さを感じさせるそばかすが印象的な彼女は、おずおずと寄ってくる。

てきぱきと黙って仕事をこなす姿をソファの上で見ていたレティーシアはようやく彼女に声をかけた。


「シンファ。あの・・・」

「・・・私、何も聞いておりません」


だが、レティーシアが何か言う前に彼女は先回りして答えてくれた。


「だから誰にも報告することはありません」

「・・・ありがとう」


それがシンファなりの気遣いだとすぐに気がついて、レティーシアはほっと息を吐く。

だが、シンファは未だ幼さがあふれる瞳をひたと合わせて、レティーシアに問いかけてきた。


「でも、あの・・・。レティーシア様は・・・やはりライザック様がお嫌いですか?」

「え?」

「ライザック様は確かに・・・、そのご容姿や実績から本国内でも恐れ慄かれるお方です。でも、本当はお優しい方なのです。そう見せないだけで、とてもお心が温かい方なのです。でもやはり・・・レティーシア様もライザック様のことを嫌っていらっしゃるのですか?」


レティーシアは返答に困ってしまった。

悲しそうに顔を歪めるシンファに何と言ってよいのかわからない。


「嫌いとか、そういう簡単なことじゃなくて・・・」

「もちろん、ライザック様が御無体なことをなさっていないとは思いません。わかっています。わかっていますが、けれど、その中でもできるだけレティーシア様にはお気を配られていること、お分かりいただけませんか?」

「それは・・・。分からなくはない・・・けど」


素直な瞳から非難するような色がわずかに見て取れ、レティーシアは口ごもった。

レティーシアだって、ライザックの好意を分かっていないわけじゃないのだ。


「ライザック様は私のような親をなくした子供をひきとって、お屋敷で雇ってくださっているのです。他にも身売りされそうになっていた人や障害を負ってしまった人・・・ライザック様に助けられた人はとても多いです。だからみんな、ライザック様にお仕えできることを喜びと感じています。あの方の生活の場所がどこに変わられても、私たちは迷わずついていってお世話したいと考えております」

「・・・・ライザックが?」


意外な程だった。レティーシアは目を丸くする。


「みんな、誤解しているのです。ご武功やご容姿だけで恐ろしい方だと決めつけて・・・。本当のお心は誰よりもお優しいのに・・・」


身内のひいき目があるにしても、ライザックが優しさを持っていることは確かなようだ。

いや、それはずっと前から感じ取っていたことだ。


それよりももっと気になったことは、あれほど綺麗な容姿をしている彼が、何故そんなに見た目で恐れられるのか、だ。

確かアーヴも「おぞましい」と評していた。


(あんなに綺麗な色なのに・・・。“凶星”・・・だっけ?)


彼の紫の瞳をそんな風に言っていた気がする。


「・・・あの」


レティーシアがそれを尋ねようかと決心すると、声をかけられたシンファは逆にはっとなったように身を硬くした。


「あ・・・、余分なことを申しました。どうか・・・お忘れください」

「え、シンファ?」

「私、何も言いませんから」


くるりと踵を返してシンファは出て行ってしまう。

逃げられた形になったレティーシアは、少し呆然としていた後、シンファの言葉を反芻していた。


(「優しい」か・・・知ってるわ)


そのことを知ってしまったこと自体が、ずっとレティーシアを苦しませていたのだから。


ぼんやりと一日が過ぎていき、窓の外ではいつの間にか夕日が半分ほど沈んでいる。

ちょうどその上にあった雲が朱色から紫色に染められて、とても美しい光景だった。

レティーシアは夕日それ自体よりも、沈みかけの夕闇のころが一番好きだった。


「・・・綺麗」


よく晴れた日はとくにそのグラデーションの紫が美しか引き立つ。


すると、どこからともなく笛の音が聞こえてきた。

最近いつも、この時間になると聞こえてくる。美しい音色だった。

ライザックがつれてきた楽師が慰みに弾いているのだろうか。


(・・・この笛の音・・・懐かしい感じがするんだよね・・・)


婚約者だったアリオルが得意の楽器だったからかもしれない。レティーシアは笛の音が好きでよくせがんでいた。

もちろん国によって楽器の造りが違うので、同じ音ではないけれど。


(・・・でも、これは・・・すごく懐かしい)


レティーシアは窓を開けて、その音をもっと聞き取ろうとした。


すると眼下の中庭のテラスに、赤い色を見つけた。

遠目で見ても見事な赤髪はライザック以外にはいない。

上からの視線に気がついたのか、ふとライザックが振り返った。それと同時に笛の音も止まる。


(え?)


ライザックの他には誰もいない。

あまりのタイミングのよさにレティーシアは首をかしげた。

見られていると分かったライザックがすっとテラスから離れていく。


それをじっと目で追っていると、いつの間にか夕日はその存在を完全に隠して、闇ばかりになってしまっていた。


「あ・・・っ」


せっかく綺麗な色目の変化を見つめる機会だったのに。

レティーシアは残念に思ってため息をついた。

だが、ふとライザックのことを思い出して、まあいいかと思った。


宵闇の紫・・・滅多に見られないがレティーシアが好む色は、今はいつでも見られるから。


恐ろしかった瞳に対してそんなことを思う自分は、もうとっくに狂っているのだろうか。



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