(5)
周りの説明してたらどんどん長くなってしまいました…。何も言わなさすぎ問題。
ライザックに会わせてほしいと頼むと、案外その要求はすんなり通った。
シンファがそばにいて、逃げ出さないことがわかっていたからか、苦笑した形でレティーシアを迎えにきたのはフーシスという名のライザックと同じくらいの年齢の男性だった。
ただ軍服ではなく、濃紺の丈の長い細身の服を着て、シグルン人には珍しい銀髪を一つに束ねていた。
「フーシス様はライザック様の補佐なのです。交渉ごとと書類仕事が得意な方です」
「昔から雑用係として押し付けられているだけですよ。ずっとご挨拶もできず申し訳ありませんでした。なにせ、貴女に近づくなととにかく若い・・・いえ、貴女にとってはおじさんでしょうが、とにかく貴女が異性として見れそうな年齢の男は見るな近づくな話すなというご命令で」
「え?」
「ひどいでしょう?」
フーシスは肩をすくめ、それでも、そのきっかけを教えてくれた。
まだ年若い、ライザックのことを良く知らないまま部隊として派遣されてきた兵士の集団が、彼が飽きたらレティーシアを払い下げられるのではという下品な話題で盛り上がっていたようだ。
それを聞いたライザックがその場にいた人間全員を文字通り再起不能なまでに叩きのめして、そして、自分以外にレティーシアに対して興味を持つ男がいることを学んだので、レティーシアに近づくことが禁止されたのだという。
禁止、というが、ライザックはほぼ話さないので、レティーシアのことを話題にしていると殺されそうなほどの目つきで睨まれるか、タチが悪いとライザックの基準で判断された場合は本当に殺されかけるので、レティーシアに近づかないというのが自然と不文律になったというのが正しいのだと。
「最初は本当に不愉快な人たちもいましたからね。レティーシア様をお守りする意味では外に出ていただかないというのも結果的に正しかったと思ってたくらいです。何であんな人たちが来たんだろうって感じでしたよ。本当私たちにも感じ悪いっていうか」
「そうは言っても将軍への領地下賜予定での派兵だったからある程度の規模は必要だったからね。急だったこともあったから目は届かなかったし、他の大将なら戦勝時の占領地からの掠奪は正当と認めているからそれ目当ての人間もいたんだろう。ライザック様はそういうことは嫌って、だからこそ理不尽な褒賞を与えなくていいようにご自身で主要な手柄を取っていたし基本的に小隊しか伴わなかったからね。まあ人嫌いもあるんだろうけどね」
「そうなんですか?」
「そうだよ。今度トナミにでも聞いてごらん?あいつは軍部でライザック様付きとしては長い方だからね」
シンファとフーシスの会話に、レティーシアは知らない情報ばかりで戸惑ってしまう。その様子に気がついたフーシスが一度立ち止まり、頭を下げた。
「ご不快な話を申し訳ありません。今はそういう輩は送り返しましたから安心してください。この国から不当な搾取を考えている者も、貴女に不躾で不埒な視線を送るような者も、もういないはずです。基本はライザック様に正しく忠誠を誓っている者たちばかりですから」
「い、いえ・・・その、ありがとう、ございます。クリデミアの人たちを守ってくださって。私たちは過ちを犯したのですから仕方がないと、そうは思っても・・・罪もない女性や子供たちが不当な目に遭わなくて済んだというのならとてもありがたいことですから」
「・・・貴女は本当に気高い方ですね」
フーシスがダークブラウンの細目をさらに細めた。
「そこで、ご自身の御身がずっと守られていたことに感謝するのではなく他の方が守られたことに御礼を言われるとは。ライザック様の極めて分かりにくい温情は伝わりにくいタイプですね」
笑っているが、温度を感じさせないその視線にレティーシアはビクッとなる。
「いえ、あの、私のことも守るためだったのだと、感謝、してます」
「ああ、申し訳ありません。貴女は人の感情に聡いのですね」
彼の不快の感情を察知したレティーシアに、フーシスは今度は最初と同じ苦笑になった。
「フーシス様、レティーシア様を怖がらせたとライザック様に伝えますよ」
「それは本気でやめてくれ。こうして話したと知っただけでも危ない橋なんだ」
大袈裟な身振りでフーシスが震え、そして、立ちすくんだままのレティーシアに向かい、「この場かぎりとしていただきたいのですが」と話し始めた。
「私は、ご覧の見た目の通り純粋なシグルン人ではなく、ある亡国との混血です。文官の中でもそれはまあ差別はひどくて、どんなに試験の成績が良くても下級止まりでした。それをライザック様が大佐になったときに流石に補佐官、事務方として指名されて取り上げられたんです」
たぶん、この見た目の私なら居心地のいい思いしていないので誰もが恐れる残虐な軍人の補佐でも引き受けると思ったんでしょうね、とフーシスは笑う。
「人は少ない割にあの方に任せられる制圧の仕事は多く、その分事務仕事も多くて大変でしたがやりがいはありました。ライザック様は同じ人間を重用するのは嫌がるのですが、いつも死と隣合わせの戦場が多いからなんです。軍の補佐官はよく入れ替わっていました。でも文官は死なないと思ってくださったのか、いつの間にか、補佐官として付き合いが一番長いのは私になっていました」
何が言いたいのだろう、とレティーシアは警戒しながらフーシスを見つめる。そんなに真っ直ぐ見られたら目を潰されるんですが、ど何の冗談かわからないことを言いながら、彼は続けた。
「ライザック様は本当に他人に興味がなかったんです。いや、本当の意味で無関心なのではなくて、人を巻き込まないように無関心でいる、というのが正しいです。それが突然、クリデミアの王女が欲しいと言い出しまして、目を剥きました」
「ライザック様に仕えてる全員が同じ気持ちでしたね」
「そうでしょうね。まあ、でも私は彼だって普通の、いや、やっぱり普通ではないと思いますが、妙齢の男性ですし、貴女は若く美しい女性でしたし、そういうこともあるかと思っていたんです」
でも、と、フーシスが冷たい瞳でまたレティーシアを見た。
「肝心の王女様はとんだ我儘だと思いました。そちらが仕掛けた戦争に負けて、命を助けられて、それでいてあれもこれもと強欲に要求をする。それも親族を助けろ、民を虐げるな、何様かと思いましたよ」
「フーシス様!」
シンファが非難するようにフーシスとレティーシアの間に入る。シンファの方が身分が低いだろうにレティーシアを守ろうとする侍女の献身にレティーシアは驚いた。
フーシスは肩をすくめた。
「少しくらいの文句は仕方ないでしょう。色々調整して処理してるのは主に私ですよ。ライザック様は基本、物理的解決しかできないんですから。相手を脅すにはピッタリですけどね。要求が通らないことなんてほぼないですけど、裏で色々調整はいるんです」
「その・・・申し訳ありません」
レティーシアへの非難は正当だ。
当事者で虐げられたと思っていたレティーシアだが、所詮は亡国の王女にすぎない。それを上からああだこうだ、という権利はないのだと客観的にはわかっている。
自分を引き換えに不釣り合いの対価をゆすったといわれても仕方はない。
そんなレティーシアの心情を表情から正しく理解したようで、フーシスはおや、と目を見張った。
「貴女は頭のいい女性なのですね。そうか、身の程知らずとわかっていて、ただ必死で交渉していたわけですね。そうか。申し訳ありません、嫌な言い方をしました」
「いえ・・・事実です」
「貴女はまだだったの18歳のか弱い女性で、ご家族を失って一人で、あの方と対峙するのは恐ろしかったでしょうに。それでも願ったのは他の方のせめてもの安寧だったと」
「・・・私は何をされても仕方がありませんので。愚かな王の娘としての責任は甘んじて受け入れるつもりです。けれどそれ以外の方は」
「ああ、そういう・・・だから王の国葬も簡素でいいと言ったのですね」
フーシスは胸に手を当てて、レティーシアに深く頭を下げた。
「気高い王女殿下。無礼をお許しください。我が主の貴女への想いを、献身を、正しく理解していただきたかったのです」
「・・・もう王女ではありません」
「貴女は正しくこの国を治めるべき正当な権利者です。だからこそ主の隣にいてくださったら、と。いえ、それを私たちが望んでも仕方がない。けれど、主をせめて理解していただきたいのです。主が貴女を誰よりも何よりも大切にしている事実をどうか正しく理解していただきたい」
レティーシアは王族の証である赤い瞳でフーシスの意図を探ろうとした。
フーシスはふと表情を緩める。
「貴女が過大な要求と理解せずにいるのだとずっとそうおもっていたので、ライザック様が心を砕いていることが理解できていないのだと勝手に思っていたんですが、話してみればそのような方ではないとすぐに分かりますね」
「フーシス様!だからレティーシア様はとてもお優しい方だって言っていたのに!」
「そうは言っても、私は一言も話させてもらえなかったからわからなかったんだよ。ライザック様の理不尽のせいだとお許しください、王女殿下」
「王女ではないと」
嫌味なのかとレティーシアは少し気分を害した。
けれどフーシスはそういう意図でないのだと首を振る。
「しかし、私は貴女の名前を呼ぶ権利を与えられませんから」
「呼んでいただいて結構ですが」
「その許可は、こと男性においては、貴女が出すものではもうなくなってしまっているのです」
つまりライザックのものだと言いたいのだろう。
レティーシアは、ゼルベニア侯爵とのことでライザックが怒っていた理由の一つを知った。
「レティーシア様、ライザック様はどうしたらいいのかがわからないだけなのです。横暴に見えますが、怒らないでいただけると嬉しいです」
シンファがほとほと困ったように言う。
フーシスが頷いた。
「あの方は誰も寄せ付けずに生きてこられた。おそらくは自分の巻き添えを作らないために。だから真逆の自分のそばにいて欲しいということのためにどうしたらいいのかがわからなくて、ただ貴女を守りやすいように誰にも見せないという手段に出たんです」
「守り、やすいように・・・」
「貴女の利用価値はこの国にいる限り計り知れませんからね」
攫われた時のことを思い、ぞっと鳥肌が立った。
「ライザック様は本当は情が深い人間なんですよ。かなりわかりにくいですけどね。だからあえて私たちは近づきすぎないようにしている。親しく近づかれる方がより苦悩するのを知っているからですね。でも貴女だけは別なんです。とにかくもう手放したくないんだなあと呆れるほどでして。他人の気持ちを優先しないなんてはじめてのことで、何をしたらいいのかほとほと困っているんだと思います」
「困っている?」
「ええ。貴女には横暴で強引に写ってるとはおもいますが、側から見ていると混乱の極みなんだろうなと。意志を抑圧してばかりではダメだとわかっているのに、思う通りに貴女が動かないし、周りは貴女を忘れないし、かえって下手な興味を引いてしまっている。誰も寄せ付けなかった彼の掌中の珠ですから。悪意がない人間とて興味はありますよ。そもそも貴女はとても美しいですし」
「そんなことは・・・」
「まあライザック様が貴女を褒める言葉の一つも言ってないのは良くわかっていますが。これでも大変なんですよ・・・ご機嫌を損ねないように護衛も貴女が顔を覚えないように頻繁に変えたりね。ああ、これは私が自己防衛のためにやってるだけなのでライザック様の指示じゃないですよ」
確かに普通は専属騎士の方が多い。お互い気心が知れていた方が守りやすいからだ。しかし、レティーシアには専属はおらず、ろくに顔も思い出せないくらいだ。
少し挨拶をしてみても、恐縮した様子で会釈をされて職務に戻ってしまうことを思い出して、レティーシアは納得が言った。
「私と親しくなるなと伝えられているのですね」
「ええ、命が惜しければね。ライザック様も貴女に不利益がない限りその辺の石ころと同じく気にしないでしょうが、時折臨界点が低い時がありますし。それに、貴女に頼られて義憤に駆られる阿呆がいないとも限りません。そのようなことで数としては多くない信頼できる人間の数を減らしたくはありません。一事が万事ではないですが、大体がそんな感じで動いてましてね。貴女が自らの意志であの方のそばにいてくだされば、色々解決することもあるとお分かりいただけたかと」
だから協力するのだとフーシスは計算高く合理的かのように言う。けれど彼の今まで話してきた言葉の端々に、ライザックへの気遣いと忠誠心が見えた。
再びフーシスは「どうかライザック様には黙っていてくださると助かります」と言った。
レティーシアが頷くと、彼はまた歩き始めた。
しかし、違和感を感じてレティーシアは問いかける。
「どこに行くのですか?」
「ライザック様のところですが」
「でも、そちらはお父様の・・・王の私室ではなくて客間の」
「はあ、そんなことも話してないのですか?」
フーシスが大きくため息をついた。
「ライザック様はずっとこちら側の部屋をお使いですよ」
「え?」
「国王陛下のお部屋は、"正当にこの国を継ぐべき人間が使うものだ"とね」
「・・・え?」
「ああ、もちろん。誰も使わないとしても清潔には保っていますよ」
「そう言うことではなくて!」
「・・・本当に貴女は真面目で控えめな人柄というのがよくわかります。王の部屋はこの国を現実に治めるべき人間のもの、だからライザック様にはその権利があると思っているのでしょう?」
頷けば、フーシスは「それをあの頑固者に言って差し上げてください」と肩をすくめた。
「あの方は、ずっとこの国にいるつもりなんて最初からないんですよ。一時的なつなぎとだけ思っている。じゃあどうやってここまでこだわっている貴女と一緒にいるつもりなのかと聞きたいですけどね」
貴女はこの国のことを捨てられないでしょう?と問われ、レティーシアは曖昧な表情しか作れない。
レティーシアにそれを決める資格はない。
しかしフーシスにはわかっているらしい。
「いいんです、それで。私たちはこのまま穏やかにこの国でライザック様に尽くせればいいと思っています。あの方、それなりに政治的なセンスがありますから。解決法が物理的にすぎるだけで、考え方とかは真っ当ですよ。だから私は願っているんです。正当な権利を持つ貴女が貴女の意志であの方の隣にいてくれたら、あの方も穏やかに過ごせるのにと」
ここです、とフーシスが足を止めたのは、東の客間だった。
比較的小規模の部屋だと知っているレティーシアはまた戸惑う。
「執務室は別にありますし、寝るだけだからと」
フーシスが困ったように笑った。
本当にライザックはこの王宮に居場所など求めていないのだと思った。
「申し訳ありませんが、どうぞ、ここからはお一人で」
「・・・あの・・・」
本当に部屋から抜けてきてしまって良いのか、と今更ながらに不安なまなざしを送ると、また謝罪の言葉が降ってきた。
「かなりご機嫌が悪いので・・・ご自身で出てくるまで我々は近づけないんです」
荒れているときのライのそばには近づけないのだ、と彼は言う。決まってレティーシアと喧嘩をしたときだと言われて、なんと返していいか分からなかった。
代わりに顔に熱が集まってくる。
彼は分かり易すぎる。
全部筒抜けということなのだ。
「お願いですからそんな顔を私に見せたことは絶対に何があっても言わないでくださいね」
「そ、そんな顔とは?」
「はあ。素顔は本当に愛らしい姫君ですね・・・」
「フーシス様、レティーシア様はお綺麗だけど可愛いところがおありになると言ったとおりでしょう?」
「確かに言う通りだったな。本当、誤解させておいた方がマシです。虫除けが大変なので」
「はい?」
「いえ、どうぞ。貴女には出来る限りライザック様のことだけ考えていただけると大変ありがたく思います」
勝手に納得して廊下の角からすでに近づかない意志を示すフーシスとシンファ。
「一応お気をつけください。黙って近づくと本能的に体が反応するらしく危険なので、必ずお声をかけてから。まあレティーシア様の気配を間違えるとは思いませんが」
「・・・はい」
最後の忠告としてそんなことを聞かされてどきどきしながら廊下を進みそっと扉に近づく。
軽くノックをしたが、返答はなかった。
「・・・あの、入ります」
言い含められたことを守って、レテはそうっと扉を開けた。すると、途端にがしゃん!と何かか飛んできた。
「・・・つ・・・っ?」
明日で完結させます。




