(1)
本編の続きです。レティーシアとライザックの視点が混在します。
レティーシアが気に入っている中庭のテラスで彼女は茶を飲み、ライザックが本を読んでいたときだった。
ふと感じた視線にライザックが顔を上げる。
やはり赤い瞳がじっとライザックを見つめていた。
どういうことかと首を傾げて問いかけるとその意図を汲んだレティーシアが少し躊躇いがちに口を開いた。
「ライって本当に笑わないよね」
「・・・?」
心底不思議そうな顔をした赤い髪の青年を覗き込みながら、レティーシアは彼の頬に指を伸ばす。
それから無理やり指先で口元を引き上げて、笑みの形を作らせた。
「・・・何だ?」
ライザックはそれを嫌がり、レティーシアの細い指を自分の手に握りこむ。
指をはずすと、どう見ても無愛想な表情。
いや無愛想に失礼と言える無表情。
一応、愛していると言った相手と二人きりのはずだが。
レティーシアは小さく息を吐いた。
「もっと笑えばいいのに。そうしたら・・・」
「は?」
もごもごと口の中で何かを呟くレティーシアに、ライザックは眉を寄せる。もともと目つきが悪いので、にらんでいるつもりはないのだが、少しにらんだようになっている。
ますますレティーシアはため息をついた。
「・・・もういいよ」
そして不意にあきらめたかのように、いきなりどこかへ行ってしまった。
「何だ、一体・・・?」
残されたライザックとしてはわけがわからない。
(笑え、と言われても・・・な)
笑い方を覚えていないのに、いや、そもそも笑ったことはあったのだろうかすら思い出せないのに。
いつも能面のような表情で過ごしてきた。
感情を見せたら負けだとそう思って。
そんな自分に彼女が一体どうしてほしいのか、ちっとも見当がつかなかった。
◇◇
(・・・馬鹿なこと言っちゃった・・・)
一方、レティーシアは衝動的に口にしてしまった言葉をすぐに後悔していた。
大体、あのライザックが普通に笑うわけがないのだ。
唇の端をあげるのも大概は冷笑。
レティーシアと想いを交わしたときにふっと本当にやさしい笑みを浮かべたことがあったが、あれ以来見せる気配は一切ない。
何を言っても、何をしても、彼は基本無表情。
淡々とした言葉だけでは、どう思っているのか皆目分からない。
過ごした季節はまたいでいても、まだライザックの微妙な雰囲気の違いを見分けられるほど親しくはなかった。
怒っているときは散々見てきたからその度合いがわかるけれど、それ以外の感情はよくわからない。
(この間だって、ライが聞きたいって言うから昔のこと、たくさん話したのに。ちっとも興味なさそうな顔しててさ)
いつもレティーシアは一生懸命ライザックに近づこうとするのに、彼はまるでそれを拒絶するかのようだ。
本当はレティーシアにだって分かっている。
彼は感情を表すことが苦手なだけで、レティーシアに興味がないわけではないということを。
けれど、毎日毎日人形のようなあの無表情に付き合っているのは、やっぱり堪える。
(ほんのちょっとだけでもさ、笑ってくれれば・・・ううん、せめて興味があるそぶりを見せてくれればいいのに)
ライザックを許すと決めた日から、レティーシアはいろいろがんばってみた。
レティーシアの目から見て彼は決して人に忌み嫌われているだけではないのだ。
だから、彼の孤独を少しでも変えたくて。いいこともあるのだと傲慢にもそれをわかって欲しくて。
一生懸命に話をしている。
だが、未だ成果は見られない。
結果を求めてはいけないと分かっているが、どうしたらいいか分からないのも事実だった。
(アーヴはまだ怒ってるし・・・)
幼い頃から王家に仕えてくれた彼女はライを絶対に許せないのだろう。
だからレテが彼に親しげにしていることに不満を持っているらしく、小言を聞かされるばかりだ。
いや、最近は口をきいてもくれない。
クリデミア人からもロクなことを言われていないのも知っている。
ただレティーシアとしては、ライザックが時々見せてくれている書類を見れば彼が正しくこの国を立て直していると思っているので、ライザックの理解者が増えればいいのにと思っている。
そのためにもまずはもう少しなんとかライザックの人を寄せ付けないところが改善しないかなと思っている。
レティーシアだってそこが少しでも直ってくれた方が話しやすい。
しかし、周りの非難にもめげずこんなに頑張っているのに、ちっともライザックの表情が変わらないことにレティーシアは少し・・・いや、もう限界なくらい不満だった。
「笑えば、印象が変わるのに・・・」
きつい瞳のせいで怖い印象が先に立つライだが、表情を和らげると整った面差しが際立つ。
一言で言えばかっこいいと思うのだ。
いや、普段の無愛想でも、きりりとした姿がかっこいいけれど。
「って、なに考えてるの、私!」
怒っていたはずがついつい心の中でもフォローしてしまって、レティーシアは一人で頭を抱えた。
「・・・何をやっているんですか、レティーシア様」
「ひゃあ!?」
ふと、不審そうな声が後ろから聞こえてレティーシア飛び上がった。
振り返れば、シグルンからきた侍女のシンファが立っていた。
あの事件に意図せず加担してしまったと泣きながら侍女の辞退を申し出た彼女だったが、レティーシアとしてはなにもなかったことであると変わらず彼女を重宝している。
シグルン人のなかで気さくな部類の彼女がいないと色々困るのだ。
シンファは過剰反応したレティーシアにびっくりしたように目を丸くしていた。まだ14歳と言っていたので幼い面差しがますます幼く見える。
「すみません、驚かせてしまいましたか・・・?」
「ううん、気にしないで」
申し訳なさそうに謝罪するシンファに、レテは慌てて手を振る。
ぶつぶつと独り言を繰り返しおかしな行動をしていた自分が悪いのだ。
赤くなった顔をぱたぱたと手で扇いでいると、不意にシンファが真面目な顔で尋ねてきた。
「レティーシア様、あの・・・ライザック様となにかありましたか?」
「へ?」
「さっき、ライザック様にお会いしたら沈んでいらっしゃる様子でしたので」
彼に困った顔をさせられるのはレティーシアだけだから、とシンファは言った。
「ライザック様は、いろいろ言葉にするのが苦手な方だから。また、それでレティーシア様のお気に触るようなことがあったのかなって。もしそうなら・・・・。あの、レティーシア様?」
シンファは言葉の途中で、レティーシアの表情がこわばっていることに気がついた。
不思議そうにことん、と首をかしげる。
「どうかなさった・・・」
「シンファには分かるんだね」
「え?」
「なんでもない」
ぷい、とレティーシアは顔を背け、シンファの前から去ろうとする。年若い侍女は自分が気分を害したのかと思って、おろおろとついてきた。
「あの、私失言を・・・」
「シンファは悪くないよ。部屋に戻るだけ」
「え、で、でも・・・」
「なんでもないと言っているでしょう」
「はい・・・っ」
異議を許さない強い口調で言うと、シンファは怯えたようにその場で立ち止まった。
それに後味の悪い思いをしながら、レティーシアは一人で自室に戻った。
「・・・なんて嫌な人間」
ぱたん、と扉を閉めてから、レテはずるずると床に座りこんだ。
年下の彼女に感情的に当たるなんて。
それも嫉妬という醜い感情で、だ。
そう、嫉妬したのだ。
ライザックのことを分かったようにいう彼女に。
「当たり前、なのにね」
シンファはもう何年もライザックのそばにいる。
だから、彼の感情の機微が見えたって不思議ではない。
けれど、自分よりも他の人間がライザックを理解している。その事実がレティーシアを思いの他揺さぶった。
なんだかこの1ヶ月、頑張った自分が馬鹿みたいに思えた。
自分だけが、彼を分かっているつもりでいたのだろうか。
孤独な彼を変えられるのだと、思い上がっていたのか。
レティーシアが最近知った事実をシグルンからついてきた侍女、兵士はずっと前から知っていた。
その上でライザックについてきたのだから、きっと彼らはレティーシアよりもずっとライザックのことを分かっているのだろう。
そんなことはレティーシアから見れば明らかだったはずだ。
でもそれはライザック自身が分かっていないだけ。だからレティーシアだけが受け入れていると思っていて・・・けれど本当はレティーシアだけが特別じゃないと気がついたら・・・?
そう考えると重苦しい感情に襲われて、レティーシアは急に息が苦しくなった気がした。
「もう、やだぁ・・・」
頭がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。
涙が出そうで、レティーシアは唇をかみ締めた。
「もう・・・知らない・・・っ」
子供っぽい自分に嫌悪しながら、それでも感情の整理がつかなくて彼女は手のひらに顔をうずめた。
その夜。レティーシアはライザックがくるのを知っていたが、わざと寝たふりをしてベッドにもぐりこんでいた。
「レティーシア?」
「・・・・・・」
呼ばれても返事はしない。
するとあきらめたような息が吐かれて、そっと彼の大きな手が伸びかけの栗色の髪を撫でた。
まるでなだめるかのように。
「・・・何が気に入らない?」
「・・・・・・」
問いかけてくるということは、狸寝入りがばれているということだろう。
聡い彼を完全に騙すのは無理だろうとわかっていたが、レティーシアはそれでも眠ったふりを続けた。
また、ライザックがため息をついた。
そして再びくしゃりとレテの髪をなでると、すっと離れていく。
あの日から彼は決して無理強いをしなくなった。
レティーシアの意思を尊重するかのように。
ぱたん、と遠くでドアの閉まる音を聞いてから、レティーシアはようやく瞳を開いた。
「・・・馬鹿・・・」
追求されなかったことにほっとしながら、その一方でどうしてもっと強く聞いてくれないのか、と思ってしまう。
彼から何か聞いてくれたら、このもやもやもすっきりするかもしれないのに、と。




