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15

この人は何を言っているのだろう。

それではまるで、レティーシアに好いて欲しかったかのようだ。


レティーシアの表情の変化に気がつかないライザックは、一人で続けた。


「愚かだと自分でも思った。だが、他の男がお前の心を占めていることが許せなくて・・・憎しみでもいいから俺で満たされればいいと最初から思ってしまった。命を助けてやれば少しはなびくかと思ったのもある。だが、お前は・・・いっそ死にたがった。それから俺は・・・どうすればいいのか、ますますわからなくなった」


レティーシアはますます目を見開く。


「昔のように・・・ただ、お前だけには拒絶しないでほしかった。畏怖せずに、笑いかけてほしかった。憎しみでもいいとあきらめたはずが、側に置いているうちにまた、そんな高望みをし始めた。だが、俺が悪いとは分かっていても、お前は怯えるばかりで。反抗するときだけ俺に目を合わせた。だから反抗させてみたりもしたが・・・それも結局、後から苦々しく思っただけだった。お前が望みそうなことをしてみたら、少しは笑うかと思ったが・・・無駄だった。戸惑わせただけだった。またあきらめる結果になっただけだ」

「・・・ライ?あなた・・・」


もしかして、最初、彼が望んでいたのはレティーシアからのささやかな好意だったのだろうか。


ろくな愛情を与えられなかった彼は、どうしていいのかわからなかった。そうして出会いが出会いだけにさっさとあきらめてしまった、ということなのか。


けれど、それでもレティーシアの好意を心の中で望み続けたというのか。


(そんなこと、わかるわけがないわ)


すべてにおいて強固で器用に思えるこの青年は、他人の気持ちにも自分の気持ちにも不器用すぎる。


レティーシアは視線を下にしか向けないライザックの視界に映るために、床に膝をついた。


「ライ、あの・・・。あなたは私のこと・・・、珍しいものを手に入れたと思ってたわけじゃない、の?亡国の王女なんて、何をしても良いと思って、玩具として手に入れようとしたわけじゃないの?」


否定して、という気持ちで、レティーシアは彼の瞳を下から覗き込んだ。

間近にある紫の瞳が、色鮮やかに輝いている気がした。

おそらくは苛立ちのせいで。


「そんな風に思っていたのか?俺は、毛色の変わったものを集める趣味はない。欲しいものも人もなかった。だが、お前だけは別だ。お前じゃなければ、あんな・・・機嫌取りもしてやらん」


ぶっきらぼうな口調だった。

瞳のきつさもあいまっていつもならば怖いと思ってしまうだろう。

だが、不器用さを知ってしまったから、レティーシアはまっすぐに彼を見返した。


「だったら、そう言ってよ。どうしてほしいのか言ってくれたらよかったのに。一人で苛立ってないで、望みを口にしてくれたら、そうすれば、何か変わったかもしれないのに」

「何が変わったと言うんだ?どうせ、お前の心は死んでしまった男のものだろう?」

「・・・アリオル様のことは確かに、慕っていたけど」


ライザックの視線がますますきつくなったのがわかった。

だが、これはおそらく傷つきたくないからだ、とレティーシアは推測する。

思い通りにいかないことを自分の中で消化できないから。


「怒らないで最後まで聞いて。慕っていたけど、それは家族と同じ感情だよ。結婚してみたら何か変わったのかもしれないけど・・・その前にあの人は亡くなってしまった。兄様をなくしたのと同じ感情を私は持ってるよ。でも男女の関係では何もないわ。私の心を占めているのはずっとあなたのことばかりなの」


レティーシアはライザックの手を、ぎゅっと両手で捕まえた。もう振り払おうという仕草はなく、彼は戸惑うように、真意を探るようにレティーシアを見ている。


「許せなくて、憎みたくて憎みたくて・・・でも、憎めないの。あなたが優しさを見せるから。本当に心の底から憎むことができなくて、どれだけ私が苦しい思いをしたか分かってる?すべての元凶だと思っていたあなたを憎めないことが国に対する裏切りじゃないかと思って、どれだけ悩んだか知ってる?」

「・・・レティーシア」


ライザックの手から力が抜けた。

その手をレティーシアは自分の頬に触れさせる。


「あなたに名前を呼ばれるのは慣れないしなんだか落ち着かないけど・・・頭を撫でることが多いのは、子供の頃を知っているから?」


その言葉にライザックは初めて気がついたという表情をした。


「・・・多い、か?そう・・・かもしれないな」

「私、ずっと笛の音が大好きだった。アリオル様によくヴィゾを吹いてもらっていた。心のどこかであなたのことを覚えていたからかもしれない。記憶の片隅にある、笛を吹いてくレティーシアいた人は、あなたかもしれない。・・・ほら、これだけ、ライでいっぱいだよ」


レティーシアは挑むようにじぃっとライザックの顔を見つめ、笑みを作った。


「これだけあなただけが心を占めているのに、まだ不満はある?」

「・・・・・・」

「あなたが望んだとおりに、・・・どんな感情であれ、あなたのことばかり考えてる。それで、満足?どう?」


ライザックは苦しいような色を見せて、レティーシアから手を離す。

顔を背けてしまった彼の気持ちがレティーシアにはわかる気がした。


(たぶん・・・間違ってない)


表情を見て、レティーシアはやっと確信した。


ライザックは、愛してほしいのだと。

どんな自分であっても受け入れてくれる、愛してくれる人が欲しいのだと。

肉親に与えられるはずの当たり前の愛情を、求めているのだ・・・と。

けれどずっとずっと一人だったから、その望み方がわからなくて、押し付けるやり方しかできなかった。

独占する、以外の方法を思いつけなかった。

そうして自分なりに気を遣っているのに反発されて、余計に傷ついてしまった。


(・・・ごめんなさい)


レティーシアは心の中で謝罪した。

ライザックのやり方を苦にして死んでしまった父に。

彼と戦ったクリデミアの兵たちに。

ライザックの支配に馴染めない人たちすべてに。


たぶんレティーシアなら、彼を苦しめることができる。

けれど・・・、レティーシアはもうライザックに傷ついてほしくなかった。

大好きな色の瞳が、痛いかのような色をみせるのを見たくなかった。


レティーシアは一度目をつぶり息を吐くと、こちらを見てくれないライザックにまっすぐその気丈な瞳を向けた。

ここからは自分が傷ついた分の痛みのお返しだ、と。


「・・・ねえ、本当は何が欲しかったの?私にどうしてほしかったの?」


静かな声で尋ねて、レティーシアはライザックの返答だけを待った。

長い長い沈黙の後に、ようやくライザックが口を開く。

彼らしからぬ、力ない声だった。

憤りもない。


「・・・姫君はどこまでも高慢だな。与えられることに慣れているからか?そうして望ませて・・・突き放すんだろう?」


ふっと冷笑が彼の面を覆いつくした。

レティーシアは問いには答えなかった。意地の悪いことを、とは思うが、自分の受けた痛みはこれくらいではない。

彼はちゃんと望めばいい。どれほど苦痛であっても。


「ちゃんと言葉にしなければ、伝わらないわ」

「伝わったら、手に入るとでも?そんなことはあるまい。望んで得られないのは・・・もう、たくさんだ。望みを口にしたら、二度と逃がせなくなる。望んで裏切られるくらいなら、今度こそ俺はお前の意志を完全に無視して閉じ込めかねない。誰にも会わせず、その瞳に俺だけを映せばいいと・・・」


(ああ、もう、答えなんて出てるのに。言ってくれたら、いいだけなのに)


誰より猟奇的で情熱的な想いを吐露しながら、ライザックは怯えているようにも見えた。

激情を、理性で押さえ込んでいる。


レティーシアは意地を張るライザックに小さくため息をついた。

結局、こちらが折れないとこの傲慢で臆病な青年は先に進まなそうだ。

ささいな復讐は未完で終わった。


「・・・逃げないよ。あなたのそばにいるから」

「何を・・・」

「今度は私が望んで、あなたのそばにいてあげるから。ライザックが必要ない、って言うまで、望むだけいてあげるから。どうして欲しいのか言って」


真摯な告白に、ライザックの瞳のなかにレティーシアが緊張した面持ちで写っていた。


「今度はあなたに無理やり閉じ込められるわけじゃない。私があなたの願いを叶えてあげたいから。だから・・・お願いだから、ちゃんと口にして。亡国の王女でなくて、()を望むのならそう言って」

「・・・お前・・・?」

「仕方ないわ。私、あなたの瞳が傷つくのは見たくないの。これ以上、あなたが自分で自分を傷つけるのはもういやだ。・・・なんでそんなことを思ってしまったのか分からないけど・・・。ううん、ライは本当は優しい人だから、ひどいことをしても、結局ライ自身が傷ついてるから・・・。そんな迷子の子供みたいなあなたを放っておけないと思ったの」


ぎゅっとレティーシアはライザックの首に腕を回した。

こんなことを誰かにしたことも言ったこともない。火傷しそうに頬が染まった。

けれど本当の気持ちだから。


ここまで言えばレティーシアの想いが伝わったのだろう。

ライザックは心底驚いた様子で絶句し、それから戸惑っているようだった。


「・・・同情か?」

「分からない。けれど、あなたが私を・・・私に好いてほしいと少しでも思ってくれるのならば、嬉しいと思う」

「・・・・・・」

「あの、恥ずかしい、から、何か言ってほしい・・・んだ、けど」


女性側からはしたないことをしているのだという自覚はあった。消え入りそうな声になって、のろのろとレティーシアは腕を離す。

ライザックがそんなレティーシアの手首を掴んだ。

間近に顔を寄せられる。

驚くほど真剣な表情をしていた。


「俺の・・・ものになれ。大切にする、から・・・お前の願いをどんなことでも叶えてやるから。俺の側に、ずっといてくれ」

「ライ・・・」

「強引に、でなく、体だけでなく・・・。その瞳に俺を映して・・・時折でもいいから、笑いかけてくれ」


彼は言葉を必死に選んでいるようだった。


どう言ったら、レティーシアが怯えないのか、自分の気持ちを伝えられるのか・・・探りながら言葉を紡いでいく。


「お前だけは・・・俺を恐れずに、そばにいてくれないか・・・?」


不安そうに紫の瞳が揺れる。

置いていかれた子供のようだった。

レティーシアは泣きそうになってしまった。

やはり彼が口にするのが些細な願いだけ。


もっと傲慢になってもいいくらいなのに。

心も寄越せとそう言えばいいだけなのに。


泣き顔を見られたくなくて、俯く。そしてもう一度彼にそっと抱きついた。


「・・・っ怖くないよ」

「・・・レティーシア・・・」

「もう、分かったから。あなたが本当はひどい人じゃないって・・・。もう、怖がったりしないから。他の誰がなんと言っても、私だけはあなたの味方でいてあげる。今までのことも、許して・・・そばにいるわ」


そんな顔しないで、とレティーシアは呟いた。

おそるおそる、確かめるかのようにライザックがレティーシアの背中に腕を回した。


「・・・俺は、この感情をなんと言っていいのか・・・わからない」


ぎゅっと彼の腕に力が入った。離すまいとするようだった。


「お前に謝罪すべきなのか、感謝すべきなのか・・・。ただ、俺にとってはお前を得られたことが信じられないほど甘美で・・・」


率直な言葉だからこそ、胸に響いた。


「こういうのを、愛しいというのかもしれないな」

「・・・・っ」


ついに眦から雫がこぼれた。

こんな気持ちにさせられたのは初めてだった。


悲痛な運命をたどってきた彼が、レティーシアにだけは心を許してくれている。レティーシアだけを望んでくれている。

愛しいという言葉を選んでくれた。

そう思うと、胸が打ち震えるようだった。


「・・・わたし・・・も、あなたがそう思ってくれるのなら・・・嬉しい・・・」


多分それは、レティーシアもライザックの心を望んでいたから。


穏やかな愛され方ではなかったけれど、歪んだなにかだったのかもしれないけれど、いつの間にかレティーシアの中に芽生えていた何かが、もう引き返せないところまで成長していた。


「・・・そうか」


抱きしめられていた状態から、顔をあげさせられる。

頬に流れた涙を唇がぬぐいとってくれた。

そばにある綺麗な瞳が、見たこともない嬉しそうな色に染まっている。


きゅ、とまた胸が締め付けられる感覚を味わった。

唇に唇を寄せられても、黙って目を閉じた。


レティーシアの涙を吸い取ってくれたせいか、口付けはすこししょっぱい味がした。


「・・・ん・・・・んん・・・っ?」


だが、するりと首で留めていた服の紐を解かレティーシア、レティーシアは慌てる。


思い切り、どん、とライザックを突き飛ばす。

すると彼は思い切り不満そうだった。


「何だ?」

「な、な、何考えてんの?!け、怪我、ライは怪我してるのにっ」


あわあわとしてしまうのは、心配だからだ。

何せほんの2日前までは熱があって、絶対安静だったのだから。


「これぐらいたいしたことないと言っただろう?」

「だからたいしたことある、ってば!も、怪我治るまでは余分なことしないでよ?てか、させないからねっ!」

「・・・・・」


いまいち不満そうな瞳をむけてくるライザックに、レティーシアはため息をついた。


「私が心配してるのが、わからないの?怪我悪化したら泣くけど」


だが、そう言うと、しぶしぶ納得したようだ。

すごく不服そうだったが。


大人しく言うことを聞いてくれる甘さに、レティーシアの頬は緩んでしまう。

彼を言い負かしたためではなく、彼の情のおかげだと分かって嬉しいのだ。


にこにこと笑っていると、苦虫を噛み潰したような様子だったライザックはそのかわりに、と突然の要求をしてきた。


「お前から口付けろ」

「・・・は?え・・・ええ?」


そんなことはしたことがない。驚きと羞恥に目を見張ると、ライザックが笑っていた。

からかっているようなそれに、ますます視線を奪われる。

はじめて見た悪戯っぽい表情は、彼を年相応、いやそれ以下に見せた。


「俺に我慢させるなら、それなりのことをしろ」

「が・・・我慢って・・・。だから私は、ライの体を気遣って・・・」

「平気だと言ったのに、お前が気にするんだろう?だから、我慢してやってる」


屁理屈だ。むぅ、と口を尖らせるレティーシアに、ふとライザックが真剣な表情を浮かべた。


「・・・お前が、嫌がらないという証が欲しいだけだ」


今まで散々拒絶していたから。本当に言葉だけでなく、受け入れてくれるのかその証明が欲しいのだと。

そう言われては、レティーシアだった無下にできない。

こっちから抱きついたんだからそれでわかるでしょ、とは言えない雰囲気だった。


「・・・う・・・」


なんだかんだ言って、相手に甘くなったのはレティーシアも一緒だ。


耳まで赤くそめて、ライザックの肩に手を置く。

恥ずかしいので、吐息がかかったらぎゅっと目をつぶってしまった。

えい、と勢いで口付けると、どちらかといえば頬に近い、唇の端にしかくっつけられなかった。


「・・・し、したけどっ」


ぱっと離れたレティーシアが、ふーふーと毛を逆立てた猫のような表情で言った。

相当恥ずかしい。冷や汗が滲んでいた。

にらむような視線はそのせいだ。

それを見て目を丸くしたライザックが、くっと笑い出した。


「な、なによ・・・っ!」

「いや、お前・・・くくく、・・・・・・ツっ」


笑いが止まらないライザックは、傷が痛んだのか、途中で痛そうな顔をした。


「ば、馬鹿じゃないの!人のこと笑うから!」


怒ったようにレティーシアが言う。それでも心配で慌てて覗き込むと、その素直さが意外だったのか、彼はまたくしゃくしゃと頭を撫でてきた。


「・・・大丈夫だ。・・・悪かった」

「べ、別に・・・怒ったわけじゃ・・・」


素直に謝られると弱いレティーシアである。

大体今までとギャップが激しいから悪いんだ、と戸惑いをライザックのせいにしてしまう。


不意にちゅ、と掠めるように唇が触れた。


「・・・・っ?!」

「そのうちに、ちゃんとできるようにしてやるよ」


にぃと歯を見せて笑ったライザックの瞳は意地悪だったけれど、穏やかだった。

レティーシアにして初めて会ったあの日と同じ顔とは思えないくらいに。

いつも鋭い渇望をみせていたときよりも・・・ずっと綺麗に見えた。


いい加減慣れきっていたはずの距離感が、急にどきどきするものに変わった。


甘やかな気持ちが指先まで支配する。

レティーシアも大概である。


「・・・っ絶対もうやらないから!ライの馬鹿っ!」


憎まれ口を叩いてしまうのは恥ずかしいからだ。

側にいるだけで、緊張ではなく胸を高鳴らせてしまう自分を知られたくないから。


「・・・嫌なのか?」


だからその不安そうな声はズルいのだ。

そっちの方が大人のくせして子供みたいにオロオロしないでほしい。

意地悪も意地っ張りもできないではないか。


「違うけどっ!恥ずかしいの!」


もう言わせないでほしい。


安心したのか、ふわ、と肩を抱かれて、心臓が飛び出すかと思った。

それと同時に大切なものを扱うかのような手に嬉しい、とも思ってしまう。


レティーシアは悔しいので、ライザックに見えないようにふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

幸せそうな笑顔を。



誰に何を言われても構わない。

同情だろうが諦めだろうが洗脳だろうが、好きに言えばいい。

レティーシアは物理的に強くてもこの寂しくて不幸でひたすらに一途で執着してくる男をもう放っておけないと思ったのだから。

誰も望まないという紫の瞳を真っ直ぐに見つめるのは自分だけで良いとさえ思ったのだから。


その気持ちはレティーシアだけのものだ。


***


「とうさまーかあさまー!夕陽が沈むよ!」


赤毛に近い赤茶色の髪をふわふわと揺らした朱色の瞳の少女が、夕焼け色に染まった赤い大地を駆け出す。


「わたし、夕方が大好き!だって、とうさまとかあさまの色だもん」


その言葉に、紫と赤の瞳が絡んで、笑った。



これで本編は終わりです。お付き合いいただいた方、ありがとうございました!!


誰もかれもが幸せではない状態でのスタートでしたが、二人は二人でこれから新しい幸せを築くようになるということで…。レティーシアはライザックにもろくな扱いをされなかったし大概可哀想な状態でしたが、元々前向きな頑張り屋さんなので、いろいろあっても頑張って乗り越えていきますし、ライザックはレティーシアのためなら本当になんでもしますし。


明日、ライザック側の最後の閑話を投稿予定です。

続きの番外編も、ちょいちょい投稿すると思います。

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