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夜にあと1話投稿して本編は終わります。

「ちょうどシグルンは友好外交への切り替えを図っていた。クリデミアも、鉱山を持つ国。朝貢させているよりも、対等な貿易関係を結ぶ方が反抗が少ないと考えて協定を結んだ。クリデミアのプライドを尊重した証が、俺、だ。安定供給が図られるまで、俺はクリデミアに差し出された。15年ほど前のことだ」

「知らなかった・・・」

「お前がまだほんの子供の頃の話だからな。それに俺がいたのはクリデミアとシグルンの国境にある辺境地の離宮だったから公にもなってないだろう」


昔を懐かしむように懐かしむようにライザックが目を細めた。


「人質生活で俺はすっかり人間不信になっていた。世話係ともほとんど話さず、本ばかり読みふけっていた。クリデミアでは人質というよりも客人に近い扱いをされていたから、離宮の中ならば自由に動き回れた。よく庭で母がくれた笛を吹いていた」

「・・・あの黒い笛?」

「いや。あれはそれに似せて作ったものだ。ロッソを脱出するときに壊れたから。元々はクリデミアに移る際に母から送られてきた。俺がかなり荒れているとどこかから聞いてせめて機嫌を取ろうとしたのかもしれないな。まだ俺には大きかったが、楽譜を貸してもらって、練習した」


そういえば夕方になるとライザックが吹いていた笛の音はほとんどがクリデミアの曲だった。

だから懐かしい気がしたし、彼が吹いていたのが意外だったのだ。


「ある日、いつものように城壁の近くの木で笛を吹いていたら、突然子供が目の前に現れた。栗毛色の髪に、朱色の瞳のまだ小さな少女だった」

「・・・それって・・・?」


15年近く前、朱色の瞳の少女といえばレティーシアしかいない。

この赤い目は王族にしか現れないし、そのときにはまだタニスは生まれていない。


「ああ、お前だ。レティーシア、と名乗ったからな」

「――?!」

「どこから来たのか、と聞けば子供にしか通れないような、ほんの小さな隙間を指さされた。笛の音が聞こえたから来たのだ、とお前は言った」

「・・・私・・・が?」

「そうだ。母親と旅行に来たのだと言っていた。赤い目をしていたから王族だとすぐに分かった。俺はこのままこいつを人質に逃げてやろうかと思った。だが、そんな俺にお前は無邪気に笑いかけて、もっと吹けと要求してきた」


まったく記憶になかった。レティーシアはじっとライザックの瞳を見つめる。

彼はふっと嫌味なく笑った。


「あのときも俺の目をそんな風にじっと見ていた。脅すつもりで俺の瞳を見たら死ぬぞ、と言うと首をかしげた。そうして、言ったんだ。“とても綺麗な色だから、うらやましい”と」


彼によれば、先ほどレティーシアの言ったことと同じことを言っていたらしい。


夕日あとの紫が一番綺麗で大好き。その瞳だったら鏡を見るたびに見られていいなぁ、と。


「そんなことを言った奴は生まれてこの方一人もいなかった。子供だからこそ、打算も何もなく胸に響いた。そうして・・・笛を吹けば手を叩いて喜ぶお前を見ていたら、危害を加える気がなくなったんだ。俺に会ったことは秘密だと言って、帰してやった」


そんな危ない橋を渡っていたのか、とレティーシアは子供の頃の好奇心旺盛さを今更ながら反省してしまった。

それでライザックが本当に悪いことを考えていたら、逆人質だ。


「来る日も来る日も真昼になるとお前はやってきた。手に菓子の欠片を持って。小さな手で俺にくれようとする。俺が笛を吹く礼なんだと。そうして、新しい歌を母親に習ったと部分部分を歌って俺に聞かせようともした」

「だから・・・母様の歌を、ライザックは知ってたの?」

「・・・ああ。毎日聞かせてきたからな。いい加減覚えてしまった。一週間ほどして、もうすぐお前は帰らなければならないと言った。だから、夕日を一緒に見よう、と夕方まで俺と共にいた。その日、夕闇に染まりながら俺が笛を吹いて、お前が歌っていた」


忘れないから。少女はそう言った。


夕日を見るたびに思い出すから、だからお兄ちゃんも忘れないでね。優しいお兄ちゃん、大好きよ。


幼いレティーシアの、生まれてこの方誰も彼にかけたことのなかった言葉を、ライザックは覚えていた。


だが、時折心の中で思い出すだけであって、そのことをレティーシアには伝えない。

彼女にひどいことをした自覚がある身としては、彼にとって幸せな思い出を否定されることだけは許せないと思ったから。


「そのままお前は寝てしまった。仕方なく俺は宮の人間に告げた。・・・きっと二度と近づいてはならないと言われたのだろうな。別れの挨拶にも来なかった。やがて俺もロッソに行くことになり、この国を去った」

「・・・覚えてない・・・」


レティーシアはなんとも言えない表情で呟いた。


ライザックはほんの少し迷ったが、事実を話すことに決めた。


「俺は、覚えていた。俺の人生の中で唯一、穏やかな時間だったから。お前が初めて、俺を気味悪がらなかった人間だったから。それに、ほんの子供の無邪気さだけなのかと思っていたが、そういうわけでもなかった」

「え?」

「10年後くらいか、もう一度だけ、お前に会ったことがある。国境沿いの街外れで、うずくまっていた俺にいきなり声をかけてきた。薄汚れた返り血まみれのマントにくるまっていた俺に、怪我をしているのかと。まあ、傭兵なら情報を寄越せという強かさは身につけていたようだが」


はっ、とレティーシアは思い至った。


「あれ、あなただったの?」


レティーシアの脳裏にあったのは、ボロ切れのようなフードを被った背の高い男だ。顔は見せなかったが、シグルン独特の発音をしていたので迷い込んだかこれから志願する傭兵かと思い、馬と交換で情報を買った。

最初は行き倒れかと思い声をかけたのだが、クリデミアそのものは関係ないにせよ得られた情報にとんでもないことを知ってしまったとドキドキとかなり心臓が高鳴ったのを覚えている。

兄に伝えても笑われてしまって終わったが。


「ああ、そうだ。そのときも、笑って綺麗な目ね、と言った」

「ええっ?」


それは全くもって知らない。

顔など確認した覚えはなく、ただ低い不機嫌そうな声と真深く被ったフードだけが記憶に残っていた。


「いつも、お前だけはずっと特別だった。お前だけが何の打算もなく俺に"言葉"をくれた」


ライザックに真っ直ぐに見つめられ、レティーシアは鼓動が跳ねたのがわかった。


(・・・それは・・・でも、許せるわけじゃない・・・)


それがライザックのレティーシアへの執着の始まりだったとすれば、レティーシアにとっては不幸だった。


きっとそれはライザックも分かっている。

だから、彼は自嘲的に言った。


「俺は異国の王族のお前と関わるつもりなんてなかった。ただ、時々、思い出すだけでよかった。それだけでなんだか生きていることが許されてる気がした。それだけだった」


レティーシアはいつも寡黙な彼の懺悔のような独白を黙って聞いていた。


「だが・・・クリデミア侵攻の話を聞いたとき、俺は初めて自分の“願い”を知った。他の者が行けば王家の血筋は絶やされると思った。だから、それぐらいなら・・・俺が手に入れてやる、と。そこで初めて理解したんだ。俺は欲しかったんだと。本当は手に入れたかったんだと。そう気がついたらあきらめられなくなった。絶対に手にしたいと思った。急ぎ、クリデミア軍の討伐を王に推薦してもらった。決して反抗しないという証として、現国王・・・俺の従兄が王座についたとき回復してくださった王族の身分も返上した。子孫に争いの種を残さぬために、“妻”を持たぬと宣言した。・・・まあそれは俺にとって都合がよかったが。貴族の娘と婚姻させられることなどまっぴらだったからな」


レティーシアはなんと言っていいのかわからない。


そんなにもすべてを捨ててまで。

たったの2回ほどしか会った事のない自分にそこまで執着した彼のことを怖いと思う気持ちがないわけではなかった。

一方で命を守ってくれようとしていたのだと思えば恨みきれなかった。


なんの枷もなくなればはやく死にたい、とずっと思っていたはずなのに、命を"助けてくれた"とのだといつの間にかそう心境が変わっていた。


(・・・妻の話が出たときに怒っていたのは、そういう事情があったから・・・なのか)


そして、一つ疑問が解けた気がした。


反抗を抑圧されるために約束させられたことに、不用意にレティーシアが触れたから怒ったのかもしれないと思った。



突然、ふわりとライザックの手がレティーシアの髪に触れた。

考えに囚われていたレティーシアはそれにびくっとなる。

すぐにライザックは手を引いた。

失敗したと思ってレティーシアがその手を視線で追うと、ライザックの空ろな瞳に出会う。

そして彼はふいと視線を逸らせてしまった。


「・・・すべて俺の身勝手な願いだった。お前と出会ったときからどれだけの月日が経っているか知っていて、どれだけ俺自身が変わったかも分かっていて・・・それでもお前なら俺を受け入れてくれるかもしれないと、そう思ってしまった。・・・だが、所詮無理なことだった」


(・・・受け入れてって、どういうこと・・・?)


「途中、お前には婚約者がいると知って、俺は身勝手にも苛立った。お前の身分なら当たり前なのに、それでもいないなら、と俺のものになるかと。だが、俺の前に連れてこられたとき、お前には他の奴らと同じで軽蔑と嫌悪しかなく、俺をにらみつけていた。俺のことなど、何も覚えていないようだった。それで決めたんだ。どうせ心が得られないのなら、もういい。憎まれててもいいから、無理やりにでも俺のものにしてやる、と。それ以外の方法で、お前を側に置く方法がわからなかった」

「・・・・こころ?」


レティーシアはぽかん、とした。


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