13
ひゅっとレティーシアが息の飲むのを見て、ライザックは喉で笑った。
そのくせ、瞳が悲しげに見えた。
「その日から俺は“死神”扱いだ。奇異と畏怖の目を向け、邪魔者扱いをし、そのくせ俺を利用することばかり考えてやがる。俺がこの地に移ったことを上層部の奴らは喜んでいるだろうな。厄介払いができたと」
「・・・で・・・も。だって、ライは・・・現シグルン王の血族の方だと・・・。従弟だって・・・」
「確かにそうだな。父は先々代の王の息子だった。だが・・・俺はずっと昔に捨てられた王族だ。生まれたときからずっと、肉親にさえ厄介者扱いされてきたような人間だ」
「厄介者・・・?どうして?」
「・・・この瞳のせいだ」
「瞳?」
「シグルンでは紫は禍をもたらすとさらている。それだけならまだしも、神殿で俺の背後にあるのは“凶星”だと占われた。親殺しの相があるとされ、父親の顔などほとんど見たこともない。母とともに、離宮で暮らしていたが、その母ですら・・・ろくに俺の顔を見ようともしなかった」
レティーシアは目を大きく見開いた。
ふと、アーヴやシンファの言っていたことが思い出された。
彼が忌み嫌われる理由はすべて、そこにあったのだ。
驚いているレティーシアに、彼はそのまま複雑な生い立ちを話してくれた。
もっとレティーシアが怯えればいい、と思っているかのように。
無表情で、まるで自分の傷口を広げるかのように。
「祖父は停戦協定を結ぶたびに、真っ先に俺を差し出した。王の孫を人質として差し出せば、何よりの信頼の証になるだろう?それに俺がどうなろうとあの人は知ったことではなかった。都合が悪いときは見捨てればよかった。そんな都合がいい人質として、俺は5歳のときから10年近く、一度も祖国の土を踏めないまま他国をたらい回しにされていた」
はっとレティーシアは瞳をゆるがせた。5歳・・・ケセンティアと同じ歳の頃からずっと、だ。
彼もレティーシアがそれに気がついたのを分かったのか。
ふっと酷薄な笑みを浮かべた。
「お前の従弟と同じだな。・・・だが、俺の母は決して俺のそばにいてくれようとは考えなかった。むしろ、俺が離れたことにほっとしていたようだった」
「・・・っ」
ライザックは、叔母の申し出をどんな気持ちで受け入れたのだろうか。
自分を気遣ってはくれなかった母と比べなかったとは言えないだろう。
だから、こんな冷たい目をするのだ。
「ロッソ国には10のときに入った。人質としていく4番目の国だった。そこで俺はある将軍に剣術を教えてもらったんだ。いや・・・暗殺術といった方が正しいかもしれない。当時は知らなかったが、人の急所を一撃でえぐる方法を教わっていた。そのときの教えが・・・今の俺を作った」
ロッソの将軍はライザックを利用しようとしたのだ。
いずれは母国に暗殺者として、スパイとして戻させるために。
使い物になるまで育てたらば、彼の弱みを握り、王家の者を抹殺させる任につかせるために。
「俺は愚かにも、そいつの意図に気がつかなかった。気は許していないつもりでも、何かを教えてくれた者は初めてだったから、望みを話してしまった。たった一つ、叶うならば母上に会いたい、と。そうして奴らは的確に弱みを見つけた。・・・だが、15の誕生日の前、その計画が実行される寸前に、父が俺を裏切った」
「うら・・・ぎった・・・?」
「ああ。人質など無視してロッソ国内に攻め込んだ。次男だった父が王位をにらんでの、独断の行動だった。実の父が、だ。実の父親が、自分のためだけに俺を見捨てた。・・・いや、あの人には息子だという感覚はないのかもしれなかったが」
なにせ、生まれてから顔を見にくることさえ厭ったほどだから、とライザックが付け加える。
完全にあきらめが漂っていた。
ふん、とうすく笑みを浮かべるのは、心の傷が深いからのような気がした。
「当然、計画は台無しだ。俺は国に見捨てられたのだから。将軍は裏切られたことで俺の気持ちを利用しようとも考えたようだったが、ロッソの王族が大層お怒りですぐに殺せと厳命してきたそうだ。それもできるだけ残酷な方法で。俺は処刑場に引きずり出された。・・・あのときのことは、今でもよく覚えている。雨が降っていた。そして俺の背よりも大きな檻が出てきて・・・」
ライザックは一度目をつぶった。
そのときを克明に思い出す。
檻の中にいたのは獰猛なトラだった。
「食われる、と思った。このまま猛獣の檻に放り込まれるのだと。・・・だが、あいつは言ったんだ。一人ならば寂しいだろうから・・・、っ母親も一緒に送ってやると。生徒だったお前へのせめてもの、手向けだと・・・。そう、言って・・・俺に言うことをきかせるために、さらってきていた母を檻に・・・放り込んだ」
「ひ・・・っ」
レティーシアは短い悲鳴を上げた。
おそろしく残酷な現実に、震えが走る。
ライザックは一息一息を吐き出すようにしながら、過酷な過去を語り続けた。
「・・・目の前で、悲鳴が上がった。母の体が鮮血に染まっていく。将軍は俺に剣を与えてくれていた。助け出せるなら助け出すがいい、と笑って言った。あいつらはゲームのようにしか考えていなかったんだ。・・・俺は母を助けたい一心で、檻に入った。それからは良く覚えていない。ただ、気がついたら・・・トラは横たわっていて、血まみれの母を抱きかかえていた。腕や足が食いちぎられていて、もう・・・虫の息だった」
「・・・・っう・・・」
吐き気がこみあげてくる。
だが、レティーシアはそれを耐えライザックの話を聞き続けた。
「一度だけ、目を開けてくれた。・・・確かに、俺の名を・・・呼んでくれた。無事な方の手で・・・俺の指に触れてくれた。そうして・・・もう、動かなくなった。俺が、親殺しの相を持っていたのは、あながち外れではなかった。俺のせいで、母は亡くなった・・・っ」
ライザックはぎゅっと拳を握り締める。
爪が肌を傷つけるほどきつく。
レティーシアがそれに気がついてやめさせようとすると、彼は伸ばされたレティーシアの手を振り払った。
「俺など生まれなければよかった。そうすれば母は父に見捨てられることもなく、あのような最期を迎えることもなく・・・幸せだったかも知れない。何度そう思ったか」
「それは・・・、ライのせいじゃないよ!だってそんなのは・・・ライが背負うべき業じゃない。周りが作り出したものでしょう?あなただって犠牲者の一人にすぎないのにっ!」
レティーシアは振り払われた手をもう一度伸ばした。
ぎゅっと傷ついた掌を両手で包み込む。
一瞬ライザックが目を細めた。どんな感情からだったのかは分からない。
だが、その後で、彼は再びレティーシアの手を拒絶した。
「・・・やめろ。お前まで汚れる」
「汚れる?」
「言っただろう。俺は、その場であざけ笑っていた将軍を殺した。無我夢中で・・・その場にいた兵士のほとんどを手にかけた。初めて本当に人を殺した。そのときから俺の手は人殺しの手になったんだ」
「・・・・っ」
「名のはぜたロッソの将軍の首を取り、馬で駆けた。どうせ祖国に戻っても歓迎されないと思ったが、母をシグルンの地に眠らせてやりたかった。10年ぶりに訪れる祖国は・・・やはり俺に冷たかった。だが、武の手柄をひどく認める国でもあった。父は奇襲に失敗し失脚したが、その後釜に俺をつけてくれた。俺は復讐ができれば何でもよかったんだ。玉砕覚悟の先陣を申し付けられても、それでよかった。・・・あいつらを殺せればそれで。だが、俺は生き残ってしまった」
ライザックはもともと剣の素質があった。
その上退屈な人質生活の中で膨大な知識を独自に吸収し、緊張感の中で駆け引きを学んでいた。
そしていざというときのためにロッソの王宮についてもある程度の情報を持っていたことが効を奏したのだろう。
後に、王の間で屍を踏み越え、国王の首を取った彼は、その容貌もあいまってまさに死神だった、と語られた。
その赤い髪も、返り血に染められよりあざやかになったのだと、まことしやかに伝えられていた。
そこまで話してから、ライザックはため息を吐いた。
「今度はシグルンの連中が畏怖した。そして祖国で飼い慣らされる生活に変わった。ライザックという名前も何を思ったのか誉れだと祖父が与え直した。奴らはいつ俺が牙を向くかと怯えて、機嫌取りのつもりか俺に地位を与えた。16で大尉までというのも異例だったが、そのくせ危険な戦場ばかり差し向けた。ずっと、俺一人ならばいつ死んでもよかったが、部下ができると連れて帰らなくてはならない。それゆえに、ずっと戦勝を重ね続けてしまった。いつの間にか、ついた通り名は“血の将軍”。将軍位を賜る前から、その不名誉な名が勝手に広まっていった」
そうして、19歳のときには既に大佐に上り詰め、22歳、従兄が国王の座に着くと同時に軍人としては最高の将軍位を与えられた。
戦場でその紫の瞳を見るものは命を奪われると、そう恐れられて。
「・・俺はどれだけの血を見てきたかしれない。“死神”とは、確かに言い得ているかもしれないな。この瞳が死を運ぶと・・・」
「違う!」
レティーシアが声を荒げた。
憤って、椅子から思い切り立ち上がる。
がたん、と椅子が後ろに倒れたが、気にしていなかった。
「どうして自分でそういうこと言うの?!ライがその色の目をしているのはライのせいじゃないでしょ?ライは生きるために仕方なかっただけじゃないの?私には分からないよ!確かに・・・その、人殺しはよくないと思う。けど、ライは・・・軍人でしょう?軍人の仕事は戦いで、それで生活を守られている人たちがいるならば、あなたは自分の正義に従っただけ。争いは憎しみを生むけど、でも、せめて自分だけは・・・自分自身を否定しないであげて。そんなの・・・悲しすぎるよ・・・っ」」
レティーシアの頬に涙が伝った。
ライザックが戸惑った声を出す。
「・・・どうしてお前が泣くんだ?」
「あなたが・・・泣かないから・・・。ずっと、泣きたそうなのに・・・泣かないから」
そっとライザックの頭に手を伸ばし、胸に抱きしめた。
ピクリとみじろぎしたのがわかったものの、レティーシアは手を離さなかった。
彼は純粋すぎるのだとさえ思う。
その強さとは裏腹に、戦うたびに自分の心を傷つけてきたようにすら思える。
「馬鹿・・・言え。俺はずっと泣いた記憶なんてない。泣きそうな意味がわからない」
覗き込めば、ライザックの表情がすっと無に変わった。
だが、これはよく見る。瞳だけがいつも裏切っていて、痛そうに見える表情だ。
もしかしたら、彼はつらいという感情を認めたくないのかもしれない。
つらいことを経験しすぎて、それを表すことができなくなっているのかもしれない。
(そうだったら・・・悲しすぎる・・・)
ぱたぱたと、ライザックの頬に涙が落ちた。
「・・・変な奴だな。なぜまだ泣くんだ?」
ぽすん、とライザックの手が頭を撫でる。レティーシアが彼の頭を胸に抱いているので、何だか変な状態だ。
「う・・・っく・・・」
「お前に何の関係があるんだ。泣くな」
泣き止まないレティーシアに対して、ライザックの困ったような声。
レティーシアから少し距離をとり、涙をぬぐってくれる手の温かさが、余計に胸にしみた。
本当の彼は、人を思いやれる優しさを持っている。
(そうだ、シンファの言った通り、本当はとても心が優しい人間なんだ)
ことり、となにかのわだかまりが落ちた。
ずっと認めたくなかったけれど、許していいのかわからないけど、でも言葉が先走った。
「・・・ライは・・・、じぶ・・・の、目の色が嫌いかも・・・しれないけど・・・っ。でも、私は・・・紫、好きだ・・・から。夕日の、後の色・・・おんなじ、で・・・私の一番・・・好きな色だ・・・から」
嗚咽に詰まりながらそう言ったレティーシアに、彼は数秒沈黙した。
今度はレティーシアの肩を掴んで、はっきりと引き離す。
機嫌を損ねてしまったのだろうか、と涙をぬぐいながら、レティーシアは不安になった。
(・・・私が、好きでもしょうがないのに・・・)
「・・・お前、変わってないな」
何か言おうと口を開いたレティーシアので。ライザックが言った。穏やかな笑みで。
「え・・・?」
(変わってない?)
その言葉と、ライザックの今までとは雲泥の違いの微笑みに、心を奪われる。
「昔も、そう言った」
「・・・昔?」
そんなこと彼に言っただろうか。記憶はまったくない。
それに昔、という言い方が気になった。
「覚えてないだろうな。・・・俺はロッソに行く前の半年間、この国に人質としていたんだ」
「・・・・え?」
そんなこと知らなかった。クリデミアにも他国の人質がいただなんて。




