閑話2 ライの過去②
ライ側の話もしないとただの暴力的な輩でしかなくて耐えきれなくなりました。どっちにしろ問題ある人物ではありますが。
本編は夜に更新します。次話はいい加減二人の話が進みます。
結局、闘技場をパニックに陥れたこの事件は、ライの存在をよく思わない貴族の一部が戦士たちを買収し彼を亡き者にしようとしたが、失敗しそうだったので証拠隠滅のために競技用の猛獣を解き放ったことで起こったものだった。
もちろん、卑怯なことが大嫌いな国王陛下に厳罰に処せられ、彼らは失脚した。
ライは武力と功績を認められ、中尉に昇格した。
とは言っても与えられる任務の危険さに変わりはなかったが。
そうしてまた日々は戦場に戻っていく。
17歳になり国境周辺の監視をまかされた彼には、争いはいつもついて回った。
他国の侵略だけでなく、少数民族の反乱だったり貧しい辺境農民の一揆だったり。
大国になればなるほど争いは増えていく気がする。
以前のライは戦いに疑問を持っていた。
何故、こちらから侵略しなければならないのか。
これ以上の領土を増やしても争いはひどくなるばかりなのに。
どうして、こうまでして戦い、多くの命が失われなくてはならないのか。
戦うくらいなら、もっと国内に目を向ければいいのに。
そんな疑問を抱えながらも、命令に逆らえずそして自分の部下を守るために戦った。
だから、戦う必要がないと判断すれば自主的に投降を待つときもあった。
だが、いつの間にかライには疑問を感じる心がなくなっていた。
命令であれば、ためらいなく殺せる。それがどんな相手でも。
だが、殺しに快楽を覚えたわけではない。
殺すことになんの感慨も持たなくなっただけのことだ。
ライの心はもう人間を"人間"として捕らえられなくなっていた。
18になる頃にはそれがどんな内容でもただ命令を遂行するだけの“道具”になっていた。
「中尉、本日もお疲れ様でござい・・・」
野営テントに戻ってきたライにねぎらいの言葉をかける兵に、彼はマントを放り投げると、一言も言葉をかけずに自分のテントに入ってしまった。
「・・・ふぅ・・・」
「おっかなかったなぁ・・・」
まだ若い兵たちは緊張を解き、大きくため息をついた。
そこに新たな人影がやってくる。
「ライ様はお戻りになられたのか?」
「フェス副長!はい、たった今テントの方へお入りになりました」
彼とともに死線を幾度となく潜り抜けてきたフェスはいまや副隊長としての立場を務めるようになっていた。
敬礼をする彼らを横目に、フェスは外からライに声をかけた。
「ライ様。第二地区の知事から伝令が参りました」
しばらく間をあけて、ライが入り口から姿を見せる。
途端に緊張する新兵に目もくれず、ライはフェスの差し出す手紙をひったくるとまたテントに戻ってしまった。
「また、明日ご意見を伺いにまいります」
フェスはテントに向かって一礼をすると、踵を返そうとする。
それからふと気がついたかのように、苦笑して新兵二人に声をかける。
「お前たちも下がれ」
「は・・・いえ、ですが私たちは見張りを・・・」
「なんだ、お前たち見張りは初めてなのか。ライ様の見張り番は、最低でもあの木ぐらい距離が離れてしないと駄目なんだぞ」
そう言って示された木は3mは軽く離れていた。二人は顔を見合わせる。
「あまり近くにいるとご機嫌を損ねる。その前に離れたほうがいい」
「は、はい」
そんなに遠くでは見張りの意味がないのでは、とは口にできず、彼らは素直にフェスにしたがった。
ライの機嫌を損ねるほどおそろしいことはない、と隊内では噂になっていた。
「・・・あの、副長・・・」
「何だ?」
「中尉は・・・その、いつも誰とも話していらっしゃいませんが・・・。もしかしてしゃべることができないのですか?」
「ば、馬鹿!なに聞いているんだよ?!」
突然の質問に片割れは慌てていたが、フェスは声を上げて笑って答えた。
「そんなわけないだろう。私たち側近の前では話すよ。彼はもう無駄なことは言わないことにしているらしい」
そう言ったあとで、ふっと表情を曇らせる。
「昔も・・・寡黙ではあったが。隊員にもっと心を配る人だったな・・・」
“死ぬな”とそう強く言っていたライを思い出す。
あの頃から影がある少年だったが、すっかり青年の様相に代わった今はもう影しか見えない。
何にも動じず、そばにいても何一つ感情を読み取れない。
人を殺した後も、仲間が死んだときでさえ。
それは押し殺している程度ではない。もはや、何も感じてないのだろうと思う。
「あんな人じゃ・・・なかったんだがな・・・」
もっと細やかで人一倍情が深くて。
戦場に不似合いに思えたほどまっすぐな人だったのに。
「・・・副長?」
「いや、なんでもない。しっかり務めなさい」
「はっ!」
昔を懐かしんでも仕方がない、とフェスは切り替えた。
(それに・・・)
一度だけライのテントを振り返ると、痛ましそうに瞳を歪める。
ただ利用され続けるくらいなら感情がないほうが、彼には幸せなのかもしれない・・・と。
次の日。
ライは小隊一つを連れて、山の中に向かっていた。
昨日来た伝令に、最近山賊が多く出るので困るという話があったのだ。それも姿から他国の者らしい。
スパイかもしれないと言われたので、その討伐に出ることになったのだ。
山賊は案外簡単に見つかった。
というかご丁寧に、出てきてくれたのだ。
もちろん、目を引くように豪華な積荷をみせていたのではあるが。
「へへへ・・・、その金目のものを置いてさっさとここから出て行け」
見たところ隣国の人間のようだった。貧しい位の寄せ集まりで、スパイとは思えない幼稚さである。
「・・・どうしましょうか?」
フェスは本国の疑いを疑問に思い、ライに声をかけた。
だが、ライは黙ったまま馬を降り、すらりと剣を抜く。
「ライ様?」
「証言は一人でいい。あとは邪魔だ」
「ライ様!」
確かにそのように伝令で伝えられた。
使者に会い、手紙を受け取ったのはフェスなのだから。
だが、無益な殺生は必要ないのではないか・・・。それはかつてライがとても嫌っていたことだったはずだ。
今日に限ってそう考えてしまったのは、昨日昔のライを思い出したせいだろうか。
「なんだ、邪魔をするならお前も軍務違反で切る」
「・・・・っ」
「こんなやつらすぐ片付く。文句があるのならお前は手を出すな」
ライの瞳は冷たい。そう言い捨て、フェスを拒絶した。
「何だ、こいつ!やっちまえっ!」
一斉にかかってくる山賊たちを、ライは無表情のままに切り捨てた。
荷駄を守る兵も争いを繰り広げる。
圧倒的な力の差を見せ付けられて、早々に生き残った山賊は逃げ出そうとした。
だが、その後を捕まえ、ライはあっさりとその命を奪う。
物色するかのように、身なりをまず見、興味がなくなれば刃を切り返して刺し貫く。
「ひ・・・ひぃ・・・!」
残り数人となったところで、またライは一人捕まえた。
地面に転がる男はまだ、若いように見えた。
彼は逃げるのに必死で武器すら捨ててしまっていた。
「お前も・・・違うな」
この山賊の上層部ではない、と判断したライは剣を振りかざした。
そのとき。
「やめてー!おとうちゃんをころさないでっ!」
その男の前に、小さな子供が飛び出してきた。茂み隠れていたのだろう。泥だらけで、葉っぱを頭につけていた。
「ば、ばか!なにしているんだっ!?」
「おとうちゃんをころしたらいやだぁ!」
薄汚れた子供は甲高い声で叫び、男の首に抱きついた。
うすい茶色の髪が首を振るたびにぱさぱさと揺れた。
「逃げなさい!ほら、はやく・・・っ」
「やだ、やだ、やだーー!おとうちゃんといっしょにいる!」
「ど、どうか!どうかこの子だけはっ!!子供だけは見逃してやってくれ、お願いします!!
「やだあ、おとうちゃんといる!」
子供だけは逃がしたい親と、すがりつくその子供。
泣きながらぎゅうぎゅうと男にすがりつく薄茶色の髪の子供を見て、ライは振り上げていた剣を下ろした。
「・・・行け」
「な、にを・・・?」
「俺の気が変わらないうちにさっさと行け!」
「ひっ!」
怒鳴りつけられて、男は子供を抱え上げたまま急いでその場を逃げ出した。
ライはそれを見送って、ぎゅっと目をつぶる。
空っぽのはずの彼の中に、遠い記憶が戻ってきた。
まだ、ろくに剣なんて扱ったこともないような子供の頃の話。
だけど、たったひとつ、とても温かな・・・。
そんな感傷に浸っていたライは、殺気を感じてはっと振り返った。だが、それは一瞬遅い。
「-っ!」
背中に焼け付くような痛みが走った。
肩越しにみた向こうには、いままで見た中では一番身なりのよい男が舌なめずりしそうに笑っている。
これでライをやったと思ったのだろう。
だが、あいにくとそんなに彼は甘くはない。
「お前、でいい」
「な、なんで・・・!」
ライは切り付けられたこともものともせず、動揺した男の喉元に自分の剣の柄をめり込ませた。
一瞬で男は泡を吹いて倒れる。
「・・・痛・・・っ!」
それを見届けるとずきずきと刺された傷が急激に痛み始め、彼はその場に膝をつく。
痛い、と思うのはなんだか久しぶりな気がした。
もっと深い傷もも何も感じなかったのに。
「・・・ライ様?!」
「・・・・フェ・・・ス・・・?」
遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
だが、その姿を見つける前に、彼はすっと意識を失った。
“お兄ちゃん、わたしのことわすれないでね”
昔、そう言った少女がいた。
“わたしは絶対お兄ちゃんのことわすれないから。また、会おうね!そうしたらまた、笛吹いてね”
大きな瞳でまっすぐに自分を見つめていた。
少女といると、大嫌いな自分の瞳も少しは好きになれそうな気がした。
何もできないと思っていた自分の笛の音を手を叩いて、とてもよろこんでいた。
あんなに必要とされたのは初めてだった・・・。
(笛・・・か。そんなものを吹いていた頃も・・・あったな・・・)
今は笛の代わりに、剣を振る毎日だ。
ふっとライは目を覚ました。
見慣れた天幕の天井。
そこに、心配そうなフェスの顔があった。
「・・・大丈夫ですか?」
「お前・・・?俺、は・・・」
「刺された傷のせいで、熱を出して2日ほど意識がありませんでした。どうやら毒物を塗られていたようですが・・・目を覚ませば安心とのことです」
「・・・そうか」
ライはまた目をつぶった。
「また・・・俺は死ねなかったんだな」
「ライ様?」
フェスが訝しむ表情になった。最近のライはちっとも「死にたい」と言っていなかったから。
そもそも“願望”というものをすべてなくしていたようだった。
「生きていたいと・・・思ってない人間ほど助かるものだな」
「ライ様?何を・・・」
「フェス」
「は・・・はい!」
ライに久しぶりに名を呼ばれた気がして、フェスは背筋を緊張させた。
紫の瞳がフェスの表情を捕らえる。
「お前が運んでくれたのか?お前の・・・声が聞こえた気がした」
「は!私がちょうどあの場を見かけましたのですぐに・・・」
「そうか・・・」
ライは目を細めた。
「・・・ありがとうと言うべきなんだろうな」
「・・・ライ・・・さま?」
フェスはこれ以上ないくらいに目を見開いた。
「お前の好意のおかげで、助かった。それには感謝しなければならない」
「・・・・・」
「だが、もう俺を助けなくていい。お前の命はお前のものだから。俺を助けたりして危険な目にあいそうになることだけは、するなよ」
昔、ライが隊員たちに言った言葉だった。
そしてあのときと同じ、少し眉を寄せた真剣な表情。
「あ・・・」
ライだ、と思った。
フェスが知り合った頃の、まだ感情を持っていた頃の。
「・・・っ私は・・・あなたを守るための・・・兵ですから」
「・・・お前は、お前を大切に思う者のために戦うんだろう?だったら生き残ることを考えろ。・・・前も言った気がするが」
「ええ・・・聞きました」
「だったら・・・フェス?」
ライが不思議そうに瞬きをした。
フェスがうつむき、唇を震わせていたから。
「どうした?」
「いいえ・・・いいえ。なんでもありません。早く、よくなってくださいね。あなたがいなければ生きて帰ることが難しくなりますから」
「どこかで聞いたな、それ」
ライは小さく笑った。とても久しぶりに。
フェスはこらえきれずに立ち上がった。
「どうかもう少しお休みください。後のことは私たちでやっておきます」
「ああ。・・・あいつらはスパイじゃない、だろうな。ただの難民・・・殺さなくてもよかったな・・・」
「・・・では」
ぽつりと呟いた言葉にまた胸を揺さぶられたフェスは、足早にテントを後にした。
一歩外に出た途端、こらえていた涙が一粒こぼれた。
昔の彼が戻ってきたことが嬉しくて。だが、それと同時に最後に呟いた言葉に彼の苦悩を見たことが苦しくて。
これから彼はまた理不尽な苦しみに襲われるのだろう。
そうしてまた同じように感情を消した方が楽だと思ってしまうのだろうか・・・。
「・・・ライ様・・・」
同情すればいいのか、なんなのかわからない。
国から捨て駒としか見られていない平民のフェスが過去所属していたどの上官より幼くて、強くて、部下思いだ。
それでも彼は国から厭われ、見捨てられ続けている。
だから、悲運な運命の彼を守ろうと心に強く決めた。
そう思う人間を彼のそばに少しでも集めよう、と。
優しい彼を慕う人間は決して少なくないのだから。
そうして、ライはまた"死ねなく"なった。
「ライ様、それは?」
「・・・なんでもない」
「笛だ」
「へえ、ライ様に楽の才能があったとは」
「意外」
「なんでもできるんすね」
「・・・」
なんなんだ、とでも言いたげな、鋭い視線をうけても彼らは怯まない。年若い彼の照れ隠しとでも思っているのだろう。
いくつもの死線を乗り越えてきた彼らはライにもどんどん遠慮がなくなってきていた。
その気やすい人数は一人減り、二人減り、時にはまとめて減り、それでもいつしかまた増えている。
ずっとそばにいたフェスが寡黙なライの代わりに勝手に心情を通訳し、それにライが反応を返すようになったことも大きかった。
「なんか一曲吹いてくださいよ」
「は?」
「いいじゃないすか、野郎しかいないんで潤いないんすよ」
「お前に楽を嗜む高尚な趣味ねえだろ」
「違いねえわ」
勝手に盛り上がっている彼らにライは大きくため息をつく。
「うるさい。明日本隊と交戦なんだ。よくそんなふざけてられるな」
「だからっすよー、笑ってなきゃやってらんねえ」
「思い残すことなくしたいじゃないですか」
「なにせ大将が頭から突っ込んでくからなー」
「・・・ついてこなくていいと何度も言っている」
「まーそういうわけにも?」
「頭失ったらオレらも烏合の衆ですしね」
「ライ様、よくやってると思いますよ。こんな落ちこぼれの寄せ集めばっかでさ。だからあなたがいないと次の行動わかんねえし」
「どうせこの状況で逃げ落ち延びられるとは思えませんしねえ」
「まっ、逃げたい奴はもう逃げてんだろ」
「・・・」
カラカラと笑う彼らは何故かいつもライを庇う。
もうやめてくれ、と言っても聞かないし、だったら勝ち残るしかない。
ライは手の中にある小さな笛を胸元に閉まった。
「いや吹いてくれるんじゃないんすか」
「明日、生き残ってたらな」
ヒュウ、とだれかが口笛を吹いた。
「じゃ、大将に勝ってもらえるようオレらも頑張りますか」
「寝よ寝よー」
ゾロゾロと離れていった一団の代わりに近づいてきたのはフェスだった。
「あいつら、なんで俺に構うんだ?俺のこと怖くないのか?」
「怖い?敵なら戦わずして逃げますけどね。戦場であなたに相対したくはありません。味方なら心強いですよ」
「お前もいつまでも軍にいなくてもいいのに」
「ここ以外で生きる場所がそうそう見つかりませんからね」
「そうか?これだけ俺のそばにいたなら十分に金は貯まっただろうに」
「・・・それより、ライ様も早く休んだ方がいいですよ。彼らもわかっててやってますが、かなり厳しい状況に変わりないんですから」
「死ぬなよ」
「それはこちらの台詞です。お願いですから一人で敵陣深くまで行くのはやめてくださいね」
にこりと笑ったフェスが死んだのは、その次の日だった。




