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レティーシア目線で話が進むため、当初は尊厳無視の表現となります。ご注意ください。
完結まで書き終わってますので毎日5000字程度で更新予定。15話程度で終わる予定です。
「きゃあ・・・っ」
「こいつが直系の王女です」
どさりと冷たい床に投げつけられ、レティーシアは顔を歪めた。それでも無様に転がっているのはプライドが許さなくて彼女はキッとすぐに視線を上げる。
すると、見ず知らずの男が目の前に立っていた。
「・・・・っ」
血のように赤い髪、襟足は短く切り揃えられているのにやたらと長い前髪から覗く温度を感じさせない鋭い紫の瞳。それでも彫りの深い整った顔立ちは、見るものの目をひきつける。
だが、レティーシアにはそれは恐怖の対象でしかなかった。
噂にだけは聞いている、隣国の“血の将軍”の容姿とまったく同じだったから。
男が膝を折って、レティーシアの頬を掴み取った。
大きな手は骨ばっていて、剣ダコが目立つ長く太い指は、力を込めたら女の細い顔などすぐに握りつぶされるのではないかと思うほどだった。
それでもレティーシアは睨みつける視線を弱めることはなかった。
殺すならさっさと殺せとその思いのままに見つめていれば、印象的な顔立ちがにぃっと目の前で笑った。
酷薄そうな唇から鋭い犬歯が除き、それは果たして笑みというべきものなのかもわからない凶悪さに思えた。
「・・・今日からお前は俺のものだ」
そして彼の鼓膜に響く低い声での死刑宣告とも取れるその言葉に、レティーシアは大きく目を見開き、そして、絶望にその赤い瞳を揺らした。
***
レティーシアはクリデミア王国の第一王女だった。
クリデミアは小国の上、周りを他国に囲まれているような大変厳しい状況にあった。
それでも独立を保っていられたのは、豊かな鉱山があり、隣国で軍事大国であるシグルン王国の後見があってこそだ。
だが、何を思ったのか、父王は突如乱行を行った。
レティーシアは詳しくは知らないが、どうも新兵器の開発に成功したらしい。
今まで友好的な関係を築いていたシグルンに突如攻め込んだ。しかし結果は火を見るよりも明らか。
数日のうちに戦況は片付き、奇襲をかけたクリデミアの国土は火の海に変わってしまった。
前線を務めた兄は戦死したと報告を受け、本国にいた父もとうの昔に拘束された。
避難させられていた女子供もすべて見つかり、引きずり出された。
王家の一人娘だったレティーシアもその中にまぎれていたのをシグルン兵にみつかったというわけだ。
いくら姿を汚しても、王族にのみ現れる朱色の瞳を調べらレティーシアは隠しようもない。
そしてこの男の前に引きずり出されたというわけだ。
レティーシアは気が強いと評判の切れ長の瞳をきつくして、男をにらみつけた。
「あんたのものって、どういうこと?」
「こいつ!ライザック将軍になんて口の利き方を!」
「・・・っ!」
後ろの兵士にぐい、と長い栗毛色の髪を引っ張らレティーシア、レティーシアは苦痛の声を上げる。
するとライザックと呼ばれた男が舌打ちをし、その兵士の腕を掴み上げた。
ギリギリと腕が反対に捩じ切れそうな力である。
「こいつに、触るな」
「は、は・・・っ、か、勝手な真似を申し訳ございません!」
兵士は顔色をなくして、腕を後ろに取られたまま跪く。そんな彼をライザックは容赦なく張り飛ばした。
「ひっ」
レティーシアの喉で悲鳴が鳴ったが、訓練されているシグルン兵たちは微動だにしない。
いや、むしろライザックの不興を買うことをなにより恐れているようだった。静まり返った広間に異常なまでの緊張感が漂っていた。
味方にすらそんなに怖がられている男は外見だけで見ればとてもそうは思えなかった。
体躯はたしかに軍人らしくがっちりとしているが、頬はすっきりとしていて、鼻筋は高く、顔の造りだけを見れば人々を魅了するほどの艶やかさだ。
ただ、男らしい眉と冷ややかな光を放つ、どちらかといえば目つきの悪い瞳が怖かった。
それでも虚勢を張ってぐっと震えを押し留めると、男は眉を寄せ、そして、じっとレティーシアを瞬きもせずに見つめた。それでもレティーシアが黙ったまま視線を外さないでいると、ふっと一度大きく息を吐き、喉奥で笑う。
「気が強いお姫様だな」
もはやレティーシアの国はないも同然だ。
それなのにその言葉をつかわれることは屈辱以外の何物でもなかった。
怒りに任せてレティーシアはますます瞳をきつくした。
「・・・どうせ亡国の王族よ。さっさと殺せばいいでしょう?」
「殺す?そんなことはしない。・・・お前は、な」
「どういうこと?」
「父王はまだ生きておられる。彼の命はこの俺の采配一つというわけだ」
「な・・・っ」
「まあ、このままいけば当然死罪だがな。だが、本国は俺にこの跡地をすべてお与えくださるとのお達しだ。お前が従順ならこの国の民も、あまつさえは父親も救ってやってもいい」
「・・・・」
「だが、お前が逆らうと言うのなら・・・王家の血を少しでも受けている人間は全員、民の前で絞首刑にしてやろう。俺は女子供には手を出すつもりはなかったが、反乱でも起こされたらたまったものではないからな。ちょうど良い薬になるだろう」
「な・・・・っ!」
卑怯な脅しに、レティーシアは気は強いが美しいと評判の顔を歪めた。わなわなと唇を震わせ、怒りに身を焦がす。
自分ひとりならあきらめがつく。元凶を起こしたのは父だ。とっくの昔に死を与えられる覚悟はしてきた。
だが・・・、まだ幼い従弟妹たちを思うとうかつな行動は取れない。
「つまり私に・・・何を、しろと・・・?」
血が出るほど唇をかみ締めた後で、レティーシアは問うた。すると感情を感じさせない威圧的な紫の瞳が弧を描いた気がした。
「言っただろう?俺のものになれ、と」
「・・・結局、それは・・・?」
「ものはもの、だ。お前のその気高い瞳も、美しい肢体も・・・命でさえも俺のものだということだ」
「――っ?!」
恐ろしげな宣告に、気丈だったレティーシアの瞳がもろく崩れるような色を浮かべた。
結果的に侵略者となった男に身を落とすなどいっそ死んでしまいたい、とそう青ざめた顔で思いつめる。
すると・・・何故か傲慢に命じていたはずの男の表情が、ふっと曇った気がした。紫が揺れている、ように見えた。
(・・・え・・・・?)
凍えそうだった胸に何か奇妙な感情が浮かんだ。
だが、戸惑いがにじみ出たせいなのか、すぐにライザックは無表情の支配者のそれへと戻った。
「嫌か?だが、お前に選択肢はない。兄君はお亡くなりになって直系はお前だけでも、まだ従姉弟たちがいたな。それもほんの子どもの。血のつながった叔母君もご存命で・・・それらをすべて見捨てるか?己の矜持とプライドのために」
「く・・・!」
勘違いだった、とレティーシアは戸惑いをもってしまったことを後悔した。
この男はどんなに冷酷なことも簡単にやり遂げるだろう。
ほんの一瞬でも傷ついたような感情を見て取ってしまったことが、レティーシアは許せなかった。敵なのに。
「・・・わ・・・かった・・・」
レティーシアはその燃えるような瞳を伏せて、かすかに頷いた。
その肩は屈辱に震えていたが了承をとった男は、レティーシアをひょい、と腕に担ぎ上げる。
ぎょっと目を見張ると同時に暴れ出したが、屈強な男の腕はびくともしない。
「やだ・・・下ろして・・・っ」
「約束を違えるのか?」
嫌がって目の前の胸を押し返すが、そう言われては大人しくするしかなかった。
(・・・みんなの・・・ため、なんだから・・・・っ)
ともすれば折れてしまいそうな心を保つために、レティーシアは必死でそう自分に言い聞かせた。
***
レティーシアには婚約者がいた。
先の戦いで戦死したとの報告だけが来ていたけれど。
8つ年上の兄のような人。
公爵家の長男で、兄の治世になれば政治の中枢にいたであろう人物だった。
レティーシアとも幼い頃から知り合いで、可愛がってくれていた。
その間にあったのは恋や愛と言ったものではなかったけれど、レティーシアも家族としての情を持ち、慕っていたから、穏やかに一生を遂げられると思っていたのに。
操をささげるべき人はもうこの世にはいない。
いや、父王の余りにも愚かな選択のために一体どれだけの人が命を落としたのか・・・考えるだけで胸が痛んだ。
(お父様も私も極刑を賜るべきだろうに・・・)
王家の者としてけじめをつけることこそがレティーシアの望みだった。
本当は王城から逃げるなどしたくなかった。
愚かな王族の一人として最後まで見届けたかった。
それでも、幼い従兄弟たちを逃す人手のためにと市井に降りたのだ。だから見つかったときから処刑される覚悟はあった。・・・いや、むしろ安堵さえしていたのに。
与えられるのはそれ以上の屈辱かもしれなかった。
女ながら、レティーシアは王女として潔癖なまでの志を持っていた。
幼い頃から兄の真似をし、勉学にも励み、そして、民を愛した。ただ血を継ぐお飾りの王族ではなく、王位を継ぐ兄を支えられる力を身につけたかったとまで思っていた。
父はいい顔をしなかったが、兄や婚約者は男勝りのレティーシアを笑って受け入れてくれていた。
けれど、彼らはもういない。
そうして、レティーシアは生きるべき道を失ったのだ。
「・・・何を考えている?」
ぱさりとマントを脱いだ男が、ベッドに下ろされたときのまま動かないレティーシアの顔をのぞきこんできた。
だが、ふっと唇に息がかかって、彼女は慌てて手を上げた。
ぱちん、と乾いた音がする。
「あ・・・」
とっさにやってしまったことにレティーシアは狼狽の色を浮かべた。
逆らってはいけないのに、とすぐに青ざめるものの、男はくっと皮肉気に笑っただけだった。
「じゃじゃ馬だな」
「痛・・・!」
ぐっと両手を一まとめに掴み取られて、レティーシアは小さな悲鳴をあげた。
どさっと思い切り背中からベッドに叩きつけられる。
何故か男はレティーシアを王宮の・・・彼女の部屋につれてきた。
あれほど人がたくさんいた気配はもはや失せ、今は見る影もなく枯れた花だけがむなしくこうべを垂れて花瓶にささっている。
慣れているはずのスプリングさえもがまったく違うものに思えた。
真上から威圧的に見つめてくる男から顔を背けて、強く目をつぶる。
するとライザックがまたぐっと頬をつかみあげて、自分の方を向かせた。
現実を直視しろ、とでも言うように。
「お前は俺のものだと言ったはずだ。俺に逆らうのは・・・許さない」
レティーシアの視線がきつくなる。数秒にらみ合いが続いて、結局、根負けしたのはレティーシアだった。
広間では本気ではなかったのだろう。
探るような視線とは違い、今はただ支配するために睨みつけられている。
戦場での名をほしいままにしている男とではやはり格が違った。気がついたら闇の深みにのまれていそうで恐ろしい。
だかそれでも屈したくなくて、レティーシアはぼそりと呟いた。
「・・・やはり逃げずに・・・自決すればよかった。あの方が死んだと聞いたときにでも・・・」
そうすればこんな屈辱的な扱いをされずにすんだのに、と。
すると今まで余裕めいていたライザックの雰囲気ががらりと変わった。
頬をつかんでいたはずの手が、首にかかった。
恐ろしさに喉が鳴る。死んでもいいと思うのに、ぴしぴしと冷気のようなものが肌を刺してそのせいで震えが止まらなくなった。
「死んだ方がよかった・・・だと?」
一段と男の声は低い。なにかが彼の逆鱗に触れたのだろう。また同じ脅し文句を吐かれた。
「だったら、全員同じように殺してやる」
「・・・・ひ・・・」
本気だと思わざるをえなかった。紫色の瞳が静かに怒りをたたえる。
「命までも俺のものだと言った。お前には死の権利すらない。ずっと・・・俺のものだ。他の誰でもなく俺の」
ぎらりとした瞳の色に、腹の底から冷え切った。
恐怖から耐えていたはずの涙が零れ落ちた。
「・・・・・俺のものだと誓え」
「・・・・・・・」
「誓わなければ、どうなるか目の前で見せてやろうか?」
「・・・・っ・・・あ・・・あなたの・・・もの・・・です。私は・・・あなたの・・・、もの、・・・ぅっ」
ぼろぼろと涙を流しながら、レティーシアは掠れた声で隷属を口にした。
「あなたの・・・もの・・・だから・・・。誰も、こ・・・ころさな・・・で・・・」
「俺の命には・・・逆らわないな?」
「・・・・・はい」
「ちゃんと言葉にして誓え」
男はどこまでもレティーシアを貶めるつもりのようだった。唇を噛み、それでも彼女はささやかなプライザックドを明け渡す覚悟をした。
「わたし・・・は、あなたのもの、だから・・・あなたの言葉には、逆らいませ・・・ん・・・」
「あなたじゃない。ライ、だ。そう呼べ」
「・・・ライ・・・さま?」
「様はいらない」
「・・・ライ」
「そうだ。・・・・レティ」
なぜ突然愛称で呼べと言われたのかわからないが、レティと低い声が呼ぶことに違和感がなく、どうしてか不思議な気がした。
しかし、その理由を探る前に、また唇が近づく。
震えたけれど、レティーシアは今度は拒絶しなかった。
「・・・・ん・・・」
軽く触れるだけの口付け。
それでも目の前のライザックは満足そうだった。
「これでお前は俺のものになったんだ」
印象的な紫の瞳が、きらりと光った気がした。
掲載を迷った話ですがまあせっかく書いたので…。
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