吾輩はアンデッドである
吾輩はアンデッドである。たぶん名前はまだない。
どこで死んだか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でガサゴソ自分の骨を集めていたことだけは記憶している。さきほど吾輩はこっちに来てからは始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは冒険者というファンタジー界では一番オーソドックスな設定の種族であったそうだ。この冒険者というのは時々我々を退治して食いぶちを稼ぐという話である。しかしその当時はそういう発想はなかったから別段ヤバいとも思わなかった。ただ彼女の体力が低下して命がフワフワした感じがあったばかりである。
先日までしがない会社員をしていた気がするのだが、気付いたらこの世界にいた。自分の体が骨だったので死後の世界かとも思ったが、特に案内もなかったのでとりあえずその辺を歩いてみることにした。それにしてもゾンビじゃなくてよかった。彼らを差別するわけではないが、わたしの経験上、女子は臭いと薄毛には厳しい。体が腐っていて髪も半分抜けているとか、絶対に話してもらえない。スケルトンなので薄毛は解決していないが、半端に生えているよりむしろ清々しいと、わたしは思う。さてここは恐らく暗い洞窟の中なのだが、何故かよく見える。何なら背後の方も見えている気がする。眼鏡どころか眼球も要らないとは、画期的である。そしてそんなことを考えながら適当に歩いていたら、洞窟の外に辿り着いてしまった。太陽がまぶしい。すごくまぶしい。少し外を歩いてみたが、とてもダルい。生前もインドア派で体力はなかったが、ここまでじゃなかった。いったいこの骨のどこでダルさを感じているのだろうかと思うが、ダルいんだからしょうがない。やっぱりアンデッドが昼間普通に歩いちゃダメなのか。ベタな設定だ。とりあえず日が暮れるまで洞窟の中を歩いてみることにする。
そんなこんなで洞窟に戻り、冒頭の彼女と出会った。彼女はいきなり瀕死である。
「大丈夫か?」
わたしは一体どこから声を出しているのだろう。
「君も冒険者か?すまないが目もやられてしまってよく見えない。気を付けろ。その辺にまだ敵がいるはずだ」
「敵ってまさか、あの犬?」
「油断するな!奴の武器は牙や爪だけじゃない。火を吐いてくるぞ」
確かに犬と言ったが、ちょっと大きい。大型犬か。そして今にも襲い掛かってきそうな形相でガルガルしている。
「あ」
「どうした!?」
「いや、何でも」
腕の骨を取られた、とは言えない。どうしよう。とりあえず追いかける。嚙まれても痛くはない。
「返せ。この」
ゴツン、と鈍い音がした。軽くしつけするつもりだったが、なにぶん骨なので硬い。犬もちょっと痛そうだ。後ずさりして威嚇している。と、本当に口から火を噴きだしてきた。デカい。昔見た大道芸人の火よりデカい。どういう原理なんだ。いや、そんなこと言っている場合ではない。火葬されてしまう。でも意外と熱くないし、意外と燃えてない。ちょっと焦げ臭い気もするが、たぶんセーフだ。しかし犬が火を吐けるぐらいだ。こっちだって何か出せてもいいんじゃないか。手をかざしてみる。何かよく分からないが、何か出せそうな気がする。と思ったらなんか出てきた。すごく禍々しい感じの何かが。いや、よく見ると出てるというより、手の方に入ってきている気がする。犬の元気がどんどんなくなっていく。もしかして吸い取ってないか?生命力的な何か・・・
「すまん、犬。殺すつもりはなかった。ん?」
犬は起き上がった。良かった。しかもなぜか懐いている。ちゃんと骨も返してくれた。偉いぞ、犬。そうだ、彼女は大丈夫だろうか。しかしよく考えると骨のまま彼女を助けるのは無理がある。冷静に考えると全裸だ。わたしはそういう性癖ではない。その辺に倒れている故人の鎧を拝借しよう。何故か都合よく、薬のようなものも持っている。回復を使う前に死んでしまったのか。わたしも生前、それはよくやった。気持ちは分かる。
彼女の元に戻り、謎の薬を傷口にかける。しまった、飲み薬だったらどうしよう。何故わたしは外用薬だと思い込んでしまったのか。あの狩猟ゲームでも回復薬は飲み物だったじゃないか。と思っていたら彼女は起き上がった。
「死ぬかと思った。礼を言う。え!?」
わたしの外見に驚いている訳ではない。拾った鎧は実に都合の良いフルプレートメイル。これでただの重装備の人にしか見えない。そう言えば死ぬと亡者みたいな見た目で復活するゲームがあった。あれも重装備にすれば問題はなかった。原理は同じだ。
「どうしてケルベロスがおとなしくしている!?」
ケルベロス?この犬が?頭が一個しかないのに?でもそういう設定のゲームもあった気がする。そこはいいことにしよう。今日からこいつはケルベロスのケルちゃんだ。それより問題は、彼女に何と答えるかだ。
「人望ですかね」
「はは。人望で魔獣がおとなしくなるなら苦労しない。きっと凄腕のテイマーなんだな」
テイマーか。そんな説明でいいのか。次誰かに聞かれたらそう答えよう。それより・・・
「ところでずっと疑問に思ってたんだが、その鎧って防御力あるのか?」