言葉にこめた心。
「あなたは次の舞踏会で殿下に断罪の上、婚約破棄されます」
「えっ…」
「婚約破棄を止める人は誰もいません。王やあなたの家族、友人すべてが賛成します」
目の前の占い師にきっぱりと言われ、私は言葉を失う。
買い物をしに王都の市場周辺を訪れた時、道の外れに異国風の格好をした占い師を見つけ、物珍しく立ち寄れば先程の言葉を得た。
「なぜ私が断罪されるの?」
「あなたの日頃の行いが良くないからです」
「日頃の行い?」
「平民を虐げ、居丈高に行動し、殿下の周囲に悋気をまき散らし攻撃的な態度をしているからです」
そう言われ、私はため息をついた。
殿下と私の不仲は市井でも有名みたいだ。
しかも不仲の原因が私の行動らしい。
女好きの殿下が原因ではないのが納得いかない。
王族であれば子孫繁栄が必須なので、女好きは歓迎される。泰然と構えていなさい。
そう教育係に言われ、殿下の不貞には目をつぶってきたけれど…。
「なんだか馬鹿馬鹿しくなったわ」
気持ちや考えを押し殺して、国のためにと自分を抑えていた結果がこれなら、私はもう我慢をやめよう。
「断罪から逃れる術はあるの?」
「ありません」
『今の状況だと、全ルートで悪役令嬢バッドエンドが確定ですから』
占い師は知らない言語で何か呟いた。
なにか良くないことを言われているのはわかる。けれど、それを追求しようとは思わなかった。
断罪されると分かれば、こうしてはいられない。
「わかったわ。占い代金をお渡しして」
侍従に命じればすぐにお金を渡し、侍女が私の手を引く。
「お嬢さま、参りましょう」
「そうね、新しい服が欲しいわ」
「えぇ、お買い物をすれば戯れ言などすぐにお忘れになりますよ。どのような服にしましょうか。デザイナーを呼ぶのではなく、こうして街の中を見て歩くのも楽しいですわね」
私の気持ちをもり立てようとしてくれる侍女には悪いが、買いたい物は決まっている。
「お嬢さま、どちらへ?」
「あの店に入るわ」
「お嬢さまっ?」
驚きに目を丸くする侍女を引き連れ、私はそこで気前よく散財した。
翌日から私は殿下の姿を見ても無関心で過ごす。
同じクラスなので朝と帰りのあいさつだけは形式上完璧なものをしたが、それ以外……殿下と女生徒の笑い声が聞こえようと、当て擦った皮肉を言われようとも、すべて黙殺し続けた。
私の周囲に集うおだやかな人たちと、波風の立たない交流をし、授業が終わればすぐに家に帰る。
そこで諸々の下準備をしていく。
一度王城に上がって色々な手続きもした。お父さまのおかげで用意した書状もすんなり受理され、殿下と会うことなく帰宅。
過去には、殿下と少しでも関係改善せねばと私からお願いしてお茶をしたこともあったけれど…厭われているなら今さらだ。
無理矢理お茶に付き合わされたと不平を言う殿下を見ることないから、気楽。
「さぁ、いよいよ準備は整ったわ」
今日は舞踏会の日。
ドレスは殿下から贈られていないし、事前にエスコートの話も出ていない。
きっと私のことは念頭にないのだろう。
今までのドレスも殿下の周囲の人が用意したものだし。
招待状には体調不良のため欠席と書いて、家人に届けてもらえば完璧。
「本当にいいんだね?」
「はい、お父さま」
「準備はすべて整っているのよね?」
「はい、お母さま」
両親はさみしそうに私をぎゅっと抱きしめてくれる。
二人は着飾っているが、私は冒険者が着るような服だ。
これは占い師と会った日に購入した服。動きやすく、性別の分からないもの。
両親との抱擁を終え、荷物を背負って玄関を出る。
「お嬢さま……」
「落ち着いたら顔を見せるわ。みんな元気でね!」
涙ぐんで見送る侍女ら家人に手を振り、愛馬にひらりとまたがる。
「いってきます!」
秋の透き通る空を見上げ、私は馬の腹を蹴った。
意を受けて走り出す愛馬の手綱をしっかりと握って、振り返らず前を見る。
護衛の乗った馬と歩調を合わせて……目指すは隣国。
私はこの国を出る。侯爵令嬢という身分を捨て、独り立ちを目指す。
今後は人に合わせて自分を殺すような生き方も捨てしまおう。
少し冷たい風が私にぶつかり、どんどん後ろに流れていく。
それはまるで私からいらないものを削ぎ落としてくれるようで、心が弾んだ。
日没になる直前に次の街に着き、そこで宿を取る。
食堂で出されたシチューは冷えた体を隅々まで温めてくれた。
「色々ありがとう、さすがに一人では不安だから助かるわ」
今回の件を煮詰めているとき、唯一お父さまに言われたのは護衛を一人連れていくこと。
迷うことなく彼を選んだ。
彼も私の指名に一も二もなく頷いてくれた。
幼い頃、馬の乗り方など、色々なことを教えてくれたのが彼。
昔から私は令嬢には必要のないことばかり知りたがり、彼に教えを請うていた。
主家の娘だからだろう。彼も厭わずていねいに指導してくれた。
「本当に私について来てよかったの?」
「もちろんです」
対面に座る彼は当たり前のことのように頷く。
「でも家族や友人、国からも離れるのに」
「友人たちは背を押してくれました」
「私は世間知らずよ。独り立ちできるまで、面倒ばかり掛けると思うわ」
そう言うと、彼は目を細める。
「お嬢さまを面倒などと思うことはありませんよ。今までもこれからも」
年上の彼は笑うと目尻に少ししわが寄るようになった。
でもそれが生来の相貌の鋭利さをやわらげてくれる。
侍女によると、そのしわは私の前でだけ現れるらしい。
その顔で微笑まれると、胸がぎゅっと痛む。
「私は…こう見えて箱入り娘だから、たくさん手数をかけるわよ」
「お任せ下さい」
「あなたしか頼れないけど、寄り掛かるのは嫌なの」
「はい」
「ちゃんと自分の足で歩くから見ててね」
「お心のままに」
あっさり頷かれ、私は不満を顔に出した。
「お嬢さまの膨れっ面は久しぶりに見ました」
「あなたのせいよ」
「何がでしょう?」
「ずっとよ? ずっと側にいてほしいと言ってるの。それがどういう意味か」
「分かっています」
言葉を遮られ、私は彼を見た。
目の前のおだやかな笑みは崩れていない。
けれど目は強い意志を持って私を射貫く。
「分かっておりますよ、お嬢さま」
目元のしわが深まる。
節くれ立った大きな手が私に伸ばされた。
「殿下は愚かだ」
「えっ」
「こんなにも美しい人を手放すなんて」
少し硬い手の平が私の頬を包む。
愛おしげに指を動かされ、背筋がぞくりとした。
「先程、私に国を離れて、とおっしゃっていましたね」
「え、ええ…」
「私の生国は隣です」
「えっ」
「あなたのように一人で生きたくて飛び出しました。侯爵家に職を得てからは帰国していませんが、隣国には私の伝手がたくさんあります。あなたに不自由な思いはさせませんよ」
もう休みましょう、と彼は優雅に立ち上がり、私に手を差し出す。
「あなたこそお気付きですか?」
「な、なにを…?」
「部屋は一つしか取っていません」
「えっ」
彼の言葉を理解する前に自然なエスコートで立ち上がらされ、部屋へ促された。
私の腰を支える手に余裕を感じ、そうだ彼は私よりはるかに大人なのだと実感すると同時に手足が震える。体が熱い。
そんな私に彼は微笑した。
「何もしませんよ、まだ」
「ま、まだっ?」
「同じ部屋で寝泊まりしておけば、あなたを守りやすい」
万が一、殿下の気が変わって追ってこられても面倒だ。
そう呟く彼の声の低さに、言葉にこめられた冷たい怒りに足が竦む。
すると彼は私をさっと横抱きにした。
「きゃ…」
「恥ずかしいですか? 子供の頃はよく私に飛びついてくださったのに」
「あれは子供だったから…っ」
「えぇ、あの頃は可愛い子だとしか思いませんでしたが、まさかこんなに魅力的な女性になるとは」
部屋に入ると彼は私をベッドに座らせ、床に跪いた。
「あなたを一生お守りします」
「……本当?」
「はい。大切にしますので、私の妻になっていただきたい」
目尻にしわが見えない。
眉に、瞳に遊びのない真剣な表情。
どこか心細げにひきつる頬は、私の返事に対する不安を現して……。
「いいわ、なってあげる」
「ありがとうございます」
真っ赤な顔で頷く私の手に彼がくちびるを落とす。
殿下の面倒くさそうで乱暴なものとは大違いの、洗練された仕草。
うれしそうに、大切そうに私を見る目尻にまたしわが入る。
「さきほど、まだ何もしないと言いましたが」
「え、ええっ」
「キスとハグくらいは許していただけますか?」
彼から発せられる大人の色気にくらりとめまいを起こし、私は返事もできぬまま大きな腕の中に倒れ込んだ。