始まり
"あぁ…
ようやく終わる…"
とても天気のいい朝だ。空気は澄み、風も心地いい。
空も明るくなり始め、紺色だった世界が一気に彩りを増す。
"あぁ、今日は本当に人生を終わらせるにふさわしい朝だ…"
特別嫌な事があった訳ではないが、生きる事に嫌気がさした。代わり映えもしない景色を見ては何故生きなければいけないのかも分からなくなる。それならば終わらせてしまえばいい。そう考えた。
どうせなら最後に見る景色は綺麗なものにしたい。そう考え、理想通りの景色を探した。悲しいかな、最後の場所を探している時が一番生きている事を感じられたのだった。
そして見つけたこの場所からあの綺麗な水に向かって飛び込む。高さも十分だ。誰もいない橋の欄干に足を掛ける。
"さよなら…俺の人生"
さぁいよいよ空中に飛び出そうとしたその時だ。
「ねぇ、死ぬの?」
思わず振り返ると同い年くらいの女の子が無邪気に話しかけてきていた。いや、普通こんな状況で話しかけてくるか?かなり想定外な事態だ。驚きと拍子抜けが同時に感情を支配し混乱している。
「この高さからだと微妙かもねー」
こちらの事などお構いなしに話を続けている。何なんだ?こんな朝早く人気のない場所に何故?疑問しか湧き出てこない。
「ねぇ、結局死ぬの?」
「…うるせぇ。関係ねえだろ」
「ねぇ死ぬならさ、その命私にちょうだい」
"何を言ってるんだ…?"
「言ってる意味が分かんねえ。嫌だわ。俺の命だ。俺の好きにする」
「そのままの意味だよ?そっか。じゃあ、こうしようよ」
そいつは徐に欄干に足を掛け、俺と同じ場所に立った。
「一緒に飛び込んで2人とも死ななかったら私と一緒に来て」
言葉の強さとは裏腹に優しい笑みでこちらを見つめるその表情に、一瞬心を奪われかける。その笑み同様優しく握られた手に緊張を覚えた瞬間、
「じゃ飛ぶよ」
見えていた綺麗な景色と優しい笑みから一転、凄まじい勢いで近づく水面に反射的に瞼は眼球を覆い、優しく握られた手を壊してしまうのではないかと思われるほどに強く握り返していた。
"やばい…死ぬ…!"
同時に水面に叩きつけられた身体はそのまま水の奥底に吸い込まれていく。そして同時にその水面にまた舞い戻り、顔を出した。
「あっはは!生きてるね!」
そう言って彼女はまた笑った。
その笑顔は否応にも生が継続している事を感じさせられるものだった。
「この賭けは私の勝ちね。一緒に来て」
「…分かったよ」
嬉しそうな笑顔の彼女と生きながらえてしまった事に絶望する自分。
一体どこへ行くのか、そして彼女は誰なのか。
終わらせる予定だった人生の続きが始まった。