第9話
「全く、お前さんも若いのにやっちまったよなぁ。」
「いや、あの。俺勘違いで逮捕されたんですけど……。」
「ハハハ…みんなそう言って逃れようとするのさ。でも、君は駄目だ。だって現行犯逮捕だもん。」
「……………。」
警察に勘違いされ、連行された俺は取調室にて聴取を受けていた。俺は刑事さん達に何度も自分の能力を秘密にしつつも説明したのだが、全く信用してもらえなかった。
「だから!何度も言ってるでしょ!痴漢したのはトレーナーの中村って人だよ!」
「君も粘るなぁ。あのジムからは君しかいなかったんだよ?機材もボロボロにしちゃってさー。その中村って奴はジムの奥で機材の下敷きになって死んでいたしね。」
「は!?」
「いやはや、鑑識の判断では首の動脈静脈が両方とも潰れてしまっていたから、機材の転倒による即死だろうってさ。」
まさかあれ、絞め落としたんじゃなくて潰しちゃったのか!?
やっベー、初めて人殺ししちゃったのかよ。
「………………でも!俺は認めないですからね。」
「ハァー、お前さんも固いな。ま、諦めの悪いことは若い子の特権でもあるかな、いい意味でも悪い意味でもね。しばらく留置所で頭を冷やしな。そのうち面会でもするだろうさ。」
刑事さんはそう言って部屋から出ていってしまった。
◆ ◆ ◆
「お疲れ様です、島津警部。」
「ああ。」
外で待機していた警官に挨拶を返し、島津警部と呼ばれた男は自分のオフィスに向かった。
(あの少年は不思議な感じだったな。普通あの年の人間ならあの尋問にもかなり辟易する筈なのに、かなり落ち着いていたな。顔は自信のなさそうな顔してる割には頑として自分の主張を曲げなかったし、何より話をそらそうともしなかった。被害者からの報告書も見たが…………これはやっぱり冤罪だよなぁ。やっぱりあの男が痴漢をして、彼はそれを助けたのが妥当か。)
島津警部としては端からあの少年が犯人とは思っていなかった。ここ二、三日で急増している不可解な事件の憐れな被害者だと思っていた。
自分のオフィスにある椅子に腰掛け、溜まりに溜まった事件簿を開く。
────銀行強盗、コンビニ強盗、殺人、誘拐、空き巣、車上荒らし、自動販売機荒らし………etc.
その犯人は八割方現在も不明。全てが人間技では成し遂げれない、それこそ物語に出てくる超能力でもない限り無理なような事件だった。
(普通、犯人は痕跡を必ず残す。しかし、今は違う。一体どうやったのか。あのジムの残骸だってまるで金属シュレッダーにかけたみたいにボロボロだった……………………………。)
ふと顔を上げると、天井から吊るされているテレビに映る巨大な樹が見えた。
「……………まさかな。」
島津警部は自分の頭を過った考えを払った。
◆ ◆ ◆
「あー、腹へったわー。」
俺はあの警部?刑事?警察の位はよくわからないが、そんなオッサンと話をした後、この部屋に連れてこられていた。
部屋にあるのは三角机、布団セット、トイレ、洗面台、そして壁に埋め込まれたデジタル時計だった。
「全く、俺は冤罪だっつーのに。」
そう思うが、こうなったら最早時間に任せるしかないのである。
そこで俺は自分の変わり果てた姿と現実離れした、あの力について考えていた。
中村は十キロはあるバーベルを片手で楽々振り回していた。あれは普通のトレーナーができることではない。必ず少しはよろけたりするはずだ。
「なぜだろうな……。俺が寝ている間に、世界が変わってしまったみたいだ。」
ふと心の中からあの時の答えがやって来た。
【………悩んでるのか?】
(それはそうだ。こんな下らない自問自答を始めるくらいな。)
【そんなことはないさ。私は元は別の生物だった。】
(は?)
【私はかつて、ここよりも自然に溢れた森に住んでいた。そこにいた一匹の龍だった。大半を寝て過ごし、腹が減ればそこらにいた人間を喰らったり、動物を狩っていた。そしていつの間にか人間達からは龍神として崇められたり、恐れられたものだ。】
心のなかにいるそいつはそんな事を抜かした。最早俺は少しおかしくなったのかもしれない。
(馬鹿馬鹿しい。そんな事が信じられるか。)
【信じる信じないはお前の自由さ。私はお前に感謝もしている。私はお前に協力したい……共存したいと思っている。】
(???……話が見えないな。)
【私は力はある。それこそ世界の要を何柱か食い殺した程度にはな。ただ、私には知性がなかったのだ。他の仲間達のように言葉が操れず、知能は低く、力だけは一級品。それが私だった。】
そいつの少し悲しそうなニュアンスが伝わってくる。
(読めたぞ……つまりお前は、俺の知能を知る変わりに力を貸すと言うことだろう?)
つまり取引である。俺はそれを確信して、頬が歪むのを感じた。
こんな腐れたつまらない人生と龍の力を自由に扱えるのなら、誰だってそうするだろう?
しかし、そいつは別の提案をしてきたのだ。
【いや、取引ではない。私は融合の同意を求めている。私とお前はまだ不完全な状態で繋がっている。融合は2つの生き物が一つの生き物に成り変わること、これをすれば私とお前は消えて、新たな生物となる。私は既にそれに賛成している。後はお前が望めば…な。】
(融合………か。それを承諾すれば、俺は俺でなくなるのか。)
俺はたじろいた。……が、直ぐに決断した。
元々俺は望み薄と言われ、家族に疎まれ学校でもいじめを受けた。そんな下らない事をする大人やクラスメイトには疑問と失望しかなかった。それも今日で終わりだ。
「賛成だ。お前と俺で面白可笑しく生きてみようじゃないか。」
【そうか。それは楽しみだな。よろしく頼むぞ。】
その声を最後に、俺の意識は闇に落ちた。
「そういや、お前いつから俺の中にいたんだ?」
【ん?お前があの台座からアカタマを抜いた後だ。あれは龍の宝玉なんて言われてるが我等はアカタマと呼ぶ。】
「アカタマ?」
【そう。あれは私のキ◯タマだ。】
「おい、倒された理由ってまさか!?」
【………去勢による失血死だ。】
「………………………聞かなかったことにするわ。」
【………………………そうしてくれ。】