第4話
特別病棟のカフェは落ち着いた雰囲気の店で、観葉植物が席の仕切りの代わりになっていた。壁際の席では埋め込まれたアクアリウムで泳ぐ魚を見ながら食事やコーヒーを楽しめる席になっていた。
中島教授と俺は壁際の一席に座ることにした。すぐ横を泳ぐネオンテトラが綺麗な席である。
「さっ、好きな者を頼みなさい。君の入院費用や食事代は病院持ちだから、遠慮することはないよ。」
中島教授は俺にメニュー表を渡しながらそう言ってくれた。
「そうですか。実はちょっと心配してたんですよね。こんな豪華な場所の食事代とか高そうだなぁって。」
「ハハハハハハ。確かにそうだなぁ。でも、ここはそこまで高いものは無いよ。一番高くても一杯5800円のコーヒーだからね。因みに僕はそのコーヒー嫌いだけどね。」
「そうすか。なら………すいませーん!」
腹が減って、もう我慢の限界近かかった。
俺は早速店員を呼んだ。
「まず、三元豚のカツサンドが三人前、それとズワイ蟹のパスタ二人前と、A3和牛のハンバーグランチセット二人前それにアボカドサラダ五人前、あとは三種のチーズと季節のキノコグラタン四人前。それからここのピザ全種類二人前ずつお願いします!」
「え、あ、あのお客様………?それは少々多すぎる気がするのですが?」
何を言っているんだ?俺はこれくらい食わないと足りないのだ。むしろ後からもっと注文するつもりであるが……。
「問題ない。」
「いや、あの竜鬼くん?僕もそれは食べきれないと思うけど…………」
「問題ない。」
「えぇと、竜鬼くん?」
「あぁ!?俺がそんなに少食だって見えるのか?」
ついつい大声を出してしまった。しかし、腹が減って仕方ないのである。
「ヒィッ!?」
ウェイトレスの女の子は俺の剣幕にドン引きしていた。
「…………仕方ない。君、一応さっき頼んだ量の在庫はあるのかい?」
「は、はい。あの量でしたらまだありますが………。」
「彼は少し過食症の気があるかもしれない。一応検査ということで頼むよ。もし食べきれなかったら余りは持ち帰りにしてもらえないかな?」
「は、はい。教授がそう言うのなら。」
おお、流石教授。大人の対応である。
「いやはや、君は存外まともだと思っていたんだがやはり人間はどこか欠点はあるんだなぁ。」
うるさいやい。そんな事をぼやいていると、早速料理が運ばれて来た。まずは三元豚のカツサンドである。
「おや?意外と早いんですね。」
「サンドイッチ系は作りおきしてる店は多いからじゃない?もっとも、君の場合はさっさと食いたいってオーラが駄々漏れで、最早ある意味殺気になっていたからねぇ。厨房の人も焦ったんじゃない?」
「まぁ、食えたらどうでもいいや。いただきます!」
そう言うと俺は食パン二枚分はあるカツサンドにがぶりついた。
うん、旨い!ソースをよく吸ったカツの衣とパンが旨い!キャベツもシャキシャキしてて食感も素晴らしい。カツも、普段学校の購買で食べてたやつよりも柔らかくてパサついてない。文句無しの旨さだ!
「いやぁ旨かった!」
旨すぎてがっついているとカツサンドは直ぐに無くなってしまった。
「早いなあ!ちゃんと噛んで食べないと消化に悪いよ?」
「それよりも次はまだですかね?俺まだまだ足りないんですが。」
「まぁ、待て。落ち着きなさい。慌てても飯は逃げないさ。それに待つことも楽しむものだよ。ほら、コーヒーでも飲みな。」
教授に差し出されたコーヒーを飲むと、程好い苦さと香りが俺に落ち着きをあたえた。
冷静になると先程の行動を思いだして、とても恥ずかしくなった。
(なんであんなに頼んだんだよ俺!しかもあんなに噛みつくように言い返すこともなかったじゃないか!うわー、黒歴史だ。)
悶えていると教授はニコニコ笑いながらそっと肩に手を置いた。
「教授……。」
おお、慰めてくれるのか。
「若いっていいねぇ。うんうん、そうやって失敗して学ぶ。青春の一コマだねぇ。」
「…………殴っていいっすか?」
低い声でそう言うと、教授は椅子から転げ落ちて、後退りした。
「えっ!?いや、あの…ね?ジョークよ。ジョーク。ほ、ほら!新しい料理が来てるよ!?早く食べないと冷めちゃうよ!?」
余りの焦り様に、俺は可笑しくなってしまった。
「ハハハハハハ!冗談ですよ、冗談。ほら、立って下さい。」
手を差し出して教授を引っ張り上げると、俺は次の料理の攻略に取りかかった。
「ふぅ。ん?……すまない用事が出来てしまった。お会計はしておくから、ゆっくり食べなさい。」
カニパスタを頬ぼっている俺に教授はすまなそうに言った。
「んふ?おぼがりばさばいがにじなん?(えっ?じゃあ俺は何をしたらいいです?)」
「飲み込んでから話せよ。そうだなぁ、二階にスポーツジムがあるからそこに行ってみるといい。これは君の病室のカードキーだ。失くすなよ。」
教授はテーブルの上に緑色のカードキーを置くと、立ち去っていった。
◆ ◆ ◆
僕の名前は中島 四平。この大学病院に勤め、幾多の研修生を見てきた教授だ。3日前、僕は日本医師会と政府の役人からいきなり、あの世界を騒がせた門の近くに倒れていた少年の面倒を見るように通達が来た。
納得いかなかった。何故僕なんだと思った。しかし、断れば自分の教授資格をすると脅された。僕はやるしかなかった。
そして、先程呼び出されたのはおそらくあれのことだろう。
3日前の事を思い出しているといつの間にか会議室の前に来ていた。扉を叩き、中に入るともう既に全員集まっていた。
「失礼、遅れて申し訳ない。」
「いやいや、急な召集をしたのは私の方だ。」
一番奥の席に座る髭面の男がねっとりした声で言う。たしか、彼は日本科学会の財務会計をしている葉倉 重井だ。僕は彼の顔を見て大体理解した。
「で?僕に何の用です?僕は貴方方から言われている仕事に忙しいので、手短にお願いします。」
さっさと言え、この狸どもが。
「いやね。あの少年のことなんだが、意識が回復したらしいじゃないか。」
「そうですね。今日の朝11:35分に意識が回復してます。様々な検査は追々やっていきます。今は彼に考える時間が大切ですから。」
「いやね。二日前に彼から筋組織と皮膚片、あと髪の毛を採取したって報告してただろう?」
「それがどうしたんです?DNA検査でもしたんですか?」
「そのとおり、そして我々は驚ろかされた。よく聞いてくれよ、中島教授。彼…古橋 竜鬼は人間ではない。彼は別の生き物だ。」
「は?」
その言葉に中島教授は、しばらく固まってしまった。