第24話
研究所で暮らして半年が経った。
巨大な樹が現れて、異能力者達が現れて、樹の中にある門からは人が出て来てと相次ぐビックニュースに世界は揺れた。
その熱は未だに冷めず、マスコミも民衆も東京に大挙して押し掛けた。それにより、東京の公共交通は連日満席満車で、一時期は自衛隊まで出動することになってしまった。
そして、巨大な樹の周りには今、超巨大な壁が建設されていた。壁の中には一つの街が開発されており、ここは異能力者達の為の街かつ、異世界の門からの人々を受け入れる為の関所でもあった。
異能力者は自己申告すれば新居、しかもかなりの好待遇で街に家族全員で入居可能だ。
最初この壁ができた時は政府が真実を隠そうとしているとマスコミが散々煽ったのだが、実際は各地で異能力者を排斥しようとする動きが日に日に増していたのでそれを保護するためだった。
排斥運動に発破をかけていたのもマスコミだが、彼らの厚顔無恥さは昔から変わらない。
政府がそう発表した瞬間にマスコミはしれっと手の平を返した。異能力者の保護に賛同したのが彼らのスポンサーだったからだ。
またそれに踊らされているとも知らず、いや悪のりしている人々は好き勝手に新たな時代を受け入れていた。
排斥運動にいまでも固執している者、それに噛みついてレスバトルを繰り広げることを楽しむ者、異能力者になれないか謎の修行をやりだす者と、様々である。
そして異能力者の中でも変身型と呼ばれる異能力者達は少し特殊な立場にいた。彼らは空想上の怪物になれたり、それに近い存在になる異能力者だ。彼らが変身して吠えたりするだけで天候を変えたり、地殻変動を起こしたり迷惑な能力が多いのだ。だが、これらは彼らが自身の能力を制御できていないだけだった。
制御すればそんなことも起きない。だが、制御の訓練をしていくにつれて彼らの考え方が少し変わっていった。
簡単に言えば彼ら変身型は短絡的な性格になりがちだった。特に戦闘になると倫理観ガン無視で勝とうとする。試合ならまだいいが、飯の取り合いとかになると急に本気でキレたりする。
これは中島教授らによれば変身する怪物のモデルに精神が引っ張られているのではと予想していた。
つまり、彼らのチームは現在カオスを極めていた。
「なあなあ! 散歩いこ!散歩!」
「はあ、ツリーハウスに住みたい…止まり木でも可!」
「飯食わせろ飯!」
「うるさい…神経がイラ立つ」
「ぐーすーぴー……」
「はあ、どうするのよこれ……」
弥生は頭を抱える。この半分ペットと変わらないマイペースな彼らをまとめることが最近の弥生の仕事だった。腹立たしいことに彼らは決してバカではない。
最初は彼らを猟犬のように扱えばいいと思っていた研究者がいたのだがそれは彼らの逆鱗に触れ、その研究者は片目と左足、そして右腕を失うことになった。
「さあな? 頑張ってくれ」
俺は知らん。
「あんたがリーダーでしょうが! 」
「いや? 俺は変身できねーしなー異能力だって弱いし」
「嘘つけぇ! 昨日ドラゴンの姿で飯食ってたじゃない!」
「俺の異能力は動物さんとお話できるメルヘンな能力だよ?」
「うるさい! 」
弥生は俺の脛を蹴りながら叫ぶ。
「あーもう! このチームはまるで動物園じゃない!」
「おーいいねーじゃあチーム名動物園で」
「さんせーい」
「いぇーい」
「よくなぁい!!」
弥生がまた叫ぶと俺たちはケラケラ笑った。
「スンスン…む、食事の時間かな?」
しばらくして雷を纏う狼の姿になれる異能力を持つ男の子がその優れた嗅覚で食事が運ばれてくるのを嗅ぎとった。
「飯!」
「お!」
「肉肉肉肉!」
「ぐーすー……はっ!」
他の4人も飯というワードに反応し、一気に騒がしくなった。
皆で談話室から食堂に移動する。
俺たちの食堂は元々物資搬入口だった場所である。物資搬入ゲートから超巨大なワゴンが運ばれてくる。そのワゴンの上には大量の料理や生の肉、魚、穀物があった。
この研究所の第7セクターは隔離研究室であり、危険性の高い異能力者は基本ここに住んでいる。
実験動物扱いはされない。
俺達が全力で逃げ出そうとすればこんなコンクリートと鋼鉄の壁など一瞬で破壊する。
今は住んでれば飯は出てくるし世間の目からも守ってくれるからちょうどいいのだ。
ワゴンに乗った10キロはありそうな肉をひっつかみ、ワニのように咲けた口でかぶり付く。
なんてことはない、食べにくいから一部を変身させているだけだ。
他の奴らも各々、だが豪快に食べていた。唯一大人しく食べていたのは鳥型の異能力者だろうか。木の実やドライフルーツの入ったお椀をカツカツと食べていた。
「相変わらずの食欲よねあんた達…」
「ハハハハ! 俺達は大食漢だからな。怪物には怪物相応の飯の量ってのがあるもんだ」
「むぐむぐっ、でもさー! リーダーが一番怪物っぽいよね!」
「そーそー! 弥生さんね!」
「ちげぇねぇや! うわぁっはっはっは! 」
「リーダーは鬼」
全員言いたい放題である。
「あぁ!? あんたら次言ったらオーブンの中に叩き込んで照り焼きにするわよ?」
「ひぇっ」
弥生が凄むと鳥の異能力者の少年だけ毛がぼわっと膨らませた。
「あー弥生さんがいじめてるー! 」
「動物愛護団体から怒られるー?」
「鯖うめー!」
他のメンバーはゲラゲラ笑いながら食事を楽しんだ。
「もうっ!!」
弥生は机を叩き、自棄になって目の前のワゴンに乗ったパンケーキをがっつく。このバカどもの担当になってからお腹周りがちょっと怪しくなってきたのは気のせいだと弥生は思っている。
「はぁ~、もうすぐ出来上がる新しい街の、学園の要がこんなヤツらで大丈夫なのかしら…」
弥生はため息をつく。
自分が言い出した治安維持を異能力者に任せるという案は滝尾や中島には受け入れられたものの、強力な異能力を持った能力者ほどあまりいい返事が貰えなかった。中には率先して入りたいと言ってくれた者も少なからずいたが、それでも不安であった。
そこで目を付けたのが普通の異能力者とはちょっと違う変身型。こいつらは何故か全員龍鬼にだけは素直に従う。話を聞けば、強いからとしか言わなかった。弱肉強食だろうか?
隣でアホみたいな量の肉を食べている龍鬼はたしかにとても強そうに見える外見はしている。
ぼわっとした背中まで伸びる黒髪に、その間から生えている赤黒い双角。身長も2メートル以上ありシャツの内側から筋肉がこれでもかと自己主張して金色に輝く目は常に周囲を警戒しているよう。
元は赤髪だったようだが、最近の実験で黒くなっていったらしい。ちょっと見た時は四方八方からのガトリング砲に耐えていたが、何の実験をしているのだろうか?
「はあ、都市内での警備は大丈夫と……思いたいわ」
「大丈夫だろ、俺らがダメな時はもうおしまいってことだ」
「その時はどうするつもり?」
「んー、まああのデカイ木の中に逃げるかね」
龍鬼が言うデカイ木とは、彼がかつて初めて未知の文明、種族と交流者になった原因の木である。連日ニュースを飾っているこの木の中には門があり、そこで日本政府との交渉、交流が始まっているとかいないとか。
世界各国はもちろん一枚も二枚もそれに噛みたがった。それに煽りを受け、インターネット上や世間では日本が新たな富を独占する悪者のように扱う人も現れたくらいだ。
だが、それはあくまでも憶測や希望的観測がかなり含まれている。本当のことは祖父レベルの大物しか知らないだろうと弥生は思った。
更に言えば龍鬼は今もニュースで言われる程の重要人物だ。そんな人物が門の先に逃げるなんてことがあればどんな化学反応が起きるかわかったもんじゃない。
「……あんたが逃げる時は私も逃げるわ」
面倒なことしか起こる気がしないならば一緒に逃げるのもアリだろう。なんなら二人での逃避行なんてのも…
「勝手にしな」
龍鬼はそう言って琥珀色の液体が入った瓶を口にした。
「あっ! あんた何しれっと酒呑んでんのよ!! 」
「世間様じゃ俺たち変身型は人間扱いしないらしいからな。動物であるなら法律は守る必要も罰されることもねーってな! 」
「「「言えてる! わはははははは!!」」」
「それは一部のコミュニティが言ってるだけでしょうが! 悪用するな!! 」
「有効活用と言ってくれたまえ」
「だまれ!! 」
「おおっと! ここまで来れるかなー? 」
弥生は龍鬼の手から酒を奪おうとしたが、翼を広げられ空に逃げられた。届きそうで届かない場所で酒を呷りながら龍鬼は弥生を煽る。
「ほーらほらほらのんじまうぞー?」
龍鬼はコップに琥珀色の液体を並々と注ぐと、わざとゆっくり口を近付ける。
「残念! 飲んじゃいま…グハッ!」
龍鬼は飛んできた何かにぶつかり、撃ち落とされた。
「調子のるな! 」
「痛いなー刺さってるじゃん」
なんと弥生はパンケーキを食べていた時のナイフを龍鬼の頭に投げつけたのだ。
「未成年飲酒はダメよ! リーダーたる私が認めません!」
「ルール作るの好きだねぇ」
眉間に綺麗に刺さったナイフを引き抜きながら龍鬼は文句を言う。
「あんたらが言う事逐一聞かないからでしょうが!!」
「だれだって勝手に決められたら嫌だと思うが? 」
「じゃあ認めらるように行動なさい! 」
「わかったよ」
「本当に?」
弥生は疑いの目を向ける。
「バレずに上手くやれってことだな!」
龍鬼は親指を立てながら自信満々に言った。
「アホかぁ!!」
弥生はニッコリと笑うと壁際にあったバットを掴み、龍鬼を殴り飛ばした。