第23話
「ふー食った食ったー!」
『俺はそーす? はちょっと苦手だがはんばぐうまかったです!』
食堂からの帰り道、俺とグラスはご機嫌だった。
「だろー! 夜はステーキでも食うか!」
『いいですね!』
「『ワッハッハッハ!』」
「あんた達、ハンバーグ4キロにライス5キロ食べるってどういうことよ……胃袋は化物級ね。それにあんなに食べて気持ち悪くないの?」
笑っていると一緒にいた弥生に呆れられた。そんなに食べただろうか? たしかに腹5分ぐらいだって食堂のオバチャンに言ったら顔ひきつっていたが…。
「ん? 全然だぞ。 なんならもっと食える。」
『流石我が王だ! 食う量も桁違いです!』
「バカね。まあいいわ、食休みがてらに散歩にいきましょ。いい公園を知ってるの。」
「えー昼寝したいんだが。」
「だめ! あんなに食べてそのまま寝たら消化に悪いでしょうが! 」
仕方ないので付いて行く。
公園はあの地下施設から山を降りてすぐの麓にあった。
湖を囲むように散歩コースとなっており、木陰を抜ける風が気持ちよかった。
「ママーあのお兄ちゃん肩にトカゲ乗せてるー!」
「そんなわけ…あらほんとね。」
遊具があるエリアの近くを歩いてる時にはそんな会話があちこちから聴こえるのは少々うんざりしたが、活気があるのはいいことだと割りきった。
たまにグラスを触ろうと寄ってくる子供がいたがグラスが『噛むぞ』と脅したので、やんわり断った。
「ふぅ、ちょっと休憩しましょ。」
「そうか? 」
歩いてるだけではあまり疲れないものである。
湖が一望できるベンチを見つけ、座る。
午後の日差しと木漏れ日を作る優しい風がそよぎ、湖面に波紋を作り、耳を澄ませば鳥のさえずりが聴こえてくる。
「のどかだな。」
自然とそんなことを口にしていた。日差しが心地いい。
「……そうね。」
しばらく二人の間には静寂が訪れた。
「ねぇ。」
「なんだ?」
「あなたの能力って巨大な龍になれるって本当なの?」
「…さあな。」
はぐらかした。話す理由がなかった。
自分が異能力者であることは確かだ。いかなる生物とコミュニケーションができるのは人間の能力だということである。
「そう。なんかあなた変わったわね。」
「そうか?」
「病院にいた時はもっと熱血ぽい感じだったわ。」
「あれは…まあテンションが上がってただけさ。異能力が自分にもあるとわかって、舞い上がらない訳がなかった。」
「それはわかるわ。私だってびっくりしたもの。」
弥生はフフっと笑う。
「だけど、異能力があっても悪用するやつは出てくるわ。舞い上がって、今まで不満を抱えていた人程ね。」
「そうだな。俺だってそう思うこともある。」
弥生は祖父の滝尾から異能力者が起こした事件をいくつか聞いていた。
いじめられっ子が火の異能力に目覚め学校を学生もろとも焼き付くしたり、ニートだった男性が洗脳系の異能力に目覚め見るに耐えない濡れ場を作り上げたり、セクハラを受けていた女性が電気系の異能力に目覚め勤め先にいた社員もろとも感電死させた……等々。
「だから私は異能力者達による治安維持のための警察組織みたいなモノを作るべきだと思ってるの。」
事情は同情はすれども罪は罪。だがネットの住民達のように好き勝手に私刑を下す訳にはいかない。だから組織化された異能力者、それも戦闘力に特化した集団による治安部隊の設置。それが弥生の考えだった。
「だからあなたに参加してもらいたいわ。」
「断る」
「なんで!?」
「…俺は社会的に見れば最低ランクの異能力者だぞ。そんなやつが実力揃いになるであろう異能力者の警察に入ってみろ、邪推が入るに決まってるし、異能力に目覚めなかった連中からの突き上げが俺に集まるだろう」
「そんなことは私がさせないから!」
弥生は食い下がる。
「それでもさ。人はとりあえず目に見えるモノを信じる。だから他の連中を誘えばいい。」
「……」
弥生は悔しそうで泣きそうにこちらを見る。
仕方ない、妥協案を出してやるか。
「まあ、組織には入れないが、お前個人の頼みとしてなら助っ人という形で貢献できるだろうさ。」
「それって…」
「ま、呼ばれても気分が乗らなきゃいかないだろうけどな。」
「ちょっと! 期待させといて何てこと言うの!」
弥生はバシバシと肩を叩く。だが、先ほどまでの悲壮感はもうなかった。
「あーあなんだか喉渇いちゃったし、飲み物を買ってくるわ。あんたは何かいる?」
「ピーマン&チョコソーダ」
「おぇ、あんたってけっこう悪食なのね……。」
弥生は味を想像したのか顔をしかめた。
「けっこう癖になる味だぞ? あの鼻に抜ける苦味と弾ける炭酸のダブルコンボが気絶するほどエグ味を加速させてトドメの甘い香りが脳をバグらせ………。」
「そんな危険な飲み物あっても買うわけないでしょ!」
弥生はプンスカしながら歩いて行ってしまった。
結局俺も付いていくことにして、自販機にあったそれを弥生に飲ませたら全力で殴られた。なぜだ。
「国王様、報告いたします!かの巨神龍バハムートの心格宝玉が完全に消滅したと観測隊から連絡が!」
こちらは異世界のとある場所。門を開いた国の会議の間ではその国の重鎮達が、これからの取引の為に情報のすり合わせを行っていた。だが、そんな会議も飛び込んできた伝令によって大騒ぎとなった。
「なんだと!? そんなバカな!」
「警備の奴らは何をしていたんだ!」
「静まれ!今はそんなことをいう時間はない!」
国王が一喝すると会議の間は静まる。いつもニコニコしている優男からの怒鳴り声は威圧感があり、まさに国の長たるオーラを纏っていた。
「報告を続けよ」
「ハッ! 古代遺跡の調査に当たっていた隊により、急に台座から浮き上がり、空に消えていったとのことです!」
「浮き上がった?」
国王は頭を捻る。すると自分の背後に立つ勇者が口を開いた。
「おそらく、バハムートが復活しようとしている」
勇者は仮説だがと前おき、話をした。
「門を開く為の宝玉は起動するためのきっかけ、だから台座に魔力を取られた後に廻り始めた魔力を逆に吸収して回復したから逃げたのかも」
「そう思った理由は何だ?」
「世界樹を守ってる龍が言ってた。龍は不死身だって、世界が生まれたときに産まれて、世界が滅びる時に死ぬんだって。人が殺したと思っても別の場所に同じ記憶を持った龍がまた生まれる」
「つまり、彼の龍の話が本当ならば宝玉がその龍本体であると?」
「それはわからない」
勇者は首を横に振りながら答えた。
「そうか。門はまだ開いているのか?」
国王は門さえ開いていれば後はどうでも良かった。国の利益の為に敵にもならない龍一匹に構っている理由がなかったからだ。
「はい、門は問題なく動いており、あちらからの接触もありました。ただ…」
「ただ…?」
「言葉が通じませんでした!」
兵士はあり得ないことだと言わんばかりに叫んだ。
逆に会議の間にいた為政者達はなんだそんなことかと胸を撫で下ろした。
「翻訳の魔法を使える奴を送ってやれ。交渉は…私が直接出向こう」
「ハッ!」
国王の決断により、世界は動く。それは地球でも変わらない。日本の政府も門の存在とその先から別世界の人間がいたことを明かし、2つの世界は新たな時代へと動き始めた。