第21話
「しかし、この能力は便利だな。」
飼育室を後にし、滝雄さんと待ち合わせをしている場所に向かう。
「確かにね。諜報としては役に立つと思うよ。……だけどね。」
弥生の目線の先には龍鬼の肩に乗っている生き物がいた。
「なんでこんなの連れてきたの!?」
「こんなのとはなんだ。こんなのとは。ちゃんとしたイグアナじゃないか。」
『うひゃあ、うるさい雌だぜ。なあボス?』
「言葉に気を付けろよグラス。」
『おーう、了解。』
グラスとはこの連れて来たイグアナの名前だ。飼育部屋の最奥にあったエキゾチックアニマルを扱っている場所で、何故か爬虫類の動物から懐かれた。話を聞くと、俺から強烈な力の流れが見えるらしい。
……力の流れってなんだよ。
それで爬虫類達が、俺をボスだ王だと好き勝手に言い始め、誰か供回りに付くべきという話まで発展した。しかし、彼らは自分の立場を理解しており、抜け出す訳にはいかないとの意見もあった。
そして連れ出しても問題ないこいつが選ばれた訳だ。グラスは元々実験、研究用動物ではなく、この研究所のとある研究者がペットが欲しいが、金を掛けたくなかったのか、経費で買われたやつだったようだ。
当然それは経理担当の職員にバレたらしく、その職員は左遷をくらった。
そして残されたグラスはここの研究動物として飼育されていたらしい。
動物達が世知辛い! 世知辛い! と叫んでいたのはなかなかにシュールだったな。
「……どうした? そんな顔をして。」
「んー? あんたと動物達がどんな会話をしてるか気になるのよ。」
不満そうな顔を見せる弥生。
「それは……まあ、あまり人前で言えたものじゃないな。」
「ふぅん。そんなこと話していたんだ。」
「いや、変な妄想はするなよ? あいつらは人間世界だけにあるルールなんてお構い無しだからな。」
蛇が真面目そうに猥談をしてくるのはちょっとびっくりだったぜ。
「ふぅん、まあそういうことにしておいてあげるわ。」
そうしてくれると助かるよ。
「で、今から何をするんだっけ?」
「もう! おじい………お爺様と中島さんを待たせているでしょ! 今からあの異能力を持つ人だけが集められる新しい学校に入学するまで、様々な体術を教えて貰うの! 」
「なんで体術なんか…………。」
「本当に何を聞いていたのよ………。いーい? 私達は学生でありながら清水財団の社員でもあるのよ。私達の仕事は世間を知らない学生達が悪い大人に騙されそうになったり間違いを起こした時に助けることよ。その時ならば実力行使も視野にいれないと、という訳ね。」
まぁ、あんたの能力はあんまり役に立たなそうだけど。と続けられた。
うん、弥生さん解析の能力あんまり精度よくないんじゃない?
「何よ? 文句でもあるの?」
「いや。合法的に異能力が使える立場を用意してくれた君のお爺様に感謝してただけだよ。」
白々しく答えて誤魔化す。
「はぁ、まあいいわ。それに、着いたわよ。」
弥生さんが扉を開けると、そこは体育館のように広い空間だった。剣道場のような板張りの場所から柔術用であろうか、畳敷きの場合もあったし、ボクシング、ムエタイ用のそれぞれのリングやレスリングリング……………ありとあらゆる体術、剣術、棒術が習えるような部屋であった。
「………凄いな。」
言葉が自然と漏れた。
「凄いでしょ? 清水グループにかかればこんな設備すぐ揃うわ。で? どれから習うつもり?」
弥生さんは両手を広げて、オーバーに聞いてきた。
ふむ、昔からやりたいと思っていた格闘技ならあったな。
叔母さんからめちゃくちゃ反対されてできなかったけど…………嫌なこと思い出したわ。やめやめ。
あの頃とはもう違うそうだろ?
だから前を向いて自信満々に言った。
「とりあえず、全部かな。」
「………あんたって本当にバカね。」
なじられた、解せぬ。
「やぁ! 竜鬼くん、待ってたよ!…………そのイグアナは?」
こちらを見つけた中島教授が手を振りながら近づいてきた。
『グラスだ! 間違えんな! そして触るな!』
中島教授がグラスに手を伸ばそうとしたが口を開け、鋭く息をはくような威嚇音を出され、手を引っ込めた。
「………飼育室で懐いてしまいまして、それで連れきちゃいました。」
「君らしいねぇ。まあ、格闘技を習う場だ。ちょっとは離れて貰わないと、ね?」
中島教授はそう言って、近くのスタッフにバスケットを持ってこさせた。
中に入れとけということだろう。
「グラス、しばらくこの中に入ってろ。今から体を動かす。」
『主の言うことなら仕方ないな。このじじいと一緒に見とくぜ。』
グラスは肩からバスケットの中に入り、ちょこんと頭だけを出した。
「中島教授、こいつを頼みます。」
「凄いね、そのイグアナはなかなか人の話を聞かないって有名だったのに。君の言葉を理解してるみたいだ。」
「当たり前でしょ、こいつの異能力は『あらゆる生物とコミュニケーションができる』なんたから。」
弥生が小バカにするような声で言う。しかし、中島教授は不思議そうに首を傾げた。
「え? 竜鬼くんは変身型の異能力だよ? 弥生くん。」
「え?」
弥生さんが固まった。
「そ、そんなことはないはずよ?」
「でも、こっちは映像データや変身後のサンプルもあるしなぁ。」
「あり得ないわ! 私の分析が間違っているというの?」
「いや、それはないと思うよ。弥生くんの『解析』の異能力はちゃんと認めている。…………ふむ。これは滝雄に相談かな。」
竜になる異能力とコミュニケーションの異能力、2つあるということか?
「あ、竜鬼くん。君は気にしなくていいからね! 考察や研究は我々の分野だ。君は能力を使いこなす訓練をしなさい。えーと、そうだね………ああ! あそこから初めてたらどうだね? おーい柏原くん!」
「はーい!」
中島教授が声をあげると、板張りの道場で座っていた一人の男性がやってきた。
めっちゃガタイがいいな。背は小さいけど。
「竜鬼くん、この人は力技を元にする格闘技の先生、堀 大和先生だ。」
「どうも! 堀 大和です。」
「古橋 竜鬼です。ガタイがいいだけのケンカもあんまりしたことがないヒヨッコですがどうぞよろしくお願いします。」
堀先生は俺の体つきを見てから満足そうにうなずいた。
「………うんうん! 君はいい筋肉のつきかたをしている。これなら僕の流派が一番習得しやすいかもね! 」
「そうですかね?」
「うん! 僕の家系は代々体が常人よりかなり丈夫だからね。だから呼ばれたんだけど……………。」
堀先生が視線をずらした先にはあの集会に集められていた少年少女達がボクシングのリングで殴りあったり、柔術のレッスンを受けていた。
なるほどね、花形の格闘技が人気だと。
「………まあ、殴り合うのに特化した異能力ならいいのでは?」
「それもそうなんだけど……僕の流派に身体が追い付かない人が多いからねぇ。どうしても。っと! しんみりしちゃったね! 君は身体の構造的に期待できるよ! さあ付いてきなさいレッスンを始めよう。」
堀先生は朗らかに笑って、広い場所に移った。そして、急に振り返り様に顔をめがけ拳を突き出した。
「おわっ!?」
反射的に避けた。この身体は本当に便利だな。
「ふむ、今のを避けたか。やはり君は素質があるね。」
堀先生は先程とは違う無機質な声で笑う。そして、堀先生の身体がブレた。
「急に何を……ォオ!?」
勘で寒気がした方向から転げるように逃げると、空気を切り裂くような音のあと、先程まで自分が立っていた場所の板が割れていた。
マジか! 床板が割れる音すらしなかったぞ!?
「そうだ、これが僕の流派の真骨頂。音もなく強烈な破壊力を生む。君には覚悟はあるか? これを習得したいというのなら殺しの技を身につけることと同じだ。」
堀先生の言葉は凍てつくような気迫を持っていた。
「………教えてください。俺はもう弱いままでいたくないです。」
そう言って頭を下げる。
「そうか……ならば教える訳にはいかないな!」
「ぐはっ!」
頭に強い衝撃を受け、床に叩きつけられた。
めっちゃいてぇ!
「ふん! そんな軽い気持ちで教えてくださいたぁ、無理だ! まあそうだな、僕に膝を付かせたら認めてやる。」
「……ぐぅう! やってやる!」
痛む頭をおさえつつ堀先生に立ち向かった。