第1話
今度はエタりません!
────ピピピピピピ!
朝の目覚ましが俺の健やかな睡眠に終わりを告げる。
「うーん、もぅ朝ぁ?」
ベッドから這いつくばるように抜け出し、五月蝿い目覚まし時計をとめる。時刻は午前5時。普通の人ならばまだ寝ている時間である。
俺は寝ぼけた頭を覚ます為に窓を開けた。
「ひゃー、やっぱ1月の朝は寒みーな。」
1月の冷たい空気が俺の体から急激に体温を奪っていく。この感覚が俺は好きだ。正に目覚めの朝、と言った所だろう。
頭をすっきりさせると、ジャージに着替え窓から外に出る。
屋根の上に乗るとギチ……と音が鳴りちょっと怖いが、最近は慣れたものである。
屋根から掛けてある梯子を降りて、草むらに隠していた靴を履くととぼとぼと散歩に出かける。
一時間くらいだらだらと散歩すると、頭の働きがよくなる気がするので毎日してるのだ。
俺の家は東京の都市部からちょっと離れた田舎街にある。学校へは電車やバスを乗り継いで行くのだが通学に一時間以上かかるのがちょっとマイナスポイントである。
今は冬休みだからそんなこと気にしないでいいが、これが終わるとまた楽しくない学校生活の始まりだ。
「はぁ、朝から気が滅入ること考えても無駄か・・・うわっ!!?」
そんな下らない事を考えていたからだろうか。山道の石ころにつまづいてしまい、俺は道を外れて落っこちてしまった。
「うわああぁあああ!!」
バキバキッと小さな枝や朽ち木にぶつかり枝の折れる音を聞きながら、目の前がぐわんぐわん回って急な山坂を転げ落ちた。
「わあああああ!!……ぐぺっ!」
運良く何かにぶつかって止まったようだ。
「痛たた……。」
身体中をさわって調べたが、幸い特に怪我はしてなかった。しかし、ジャージは摩擦で切れたのか腕や足の一部分に穴が空いていたり、切れてしまっていた。
「まぁ、仕方ないか。しかし、どうやって登ろうか…………。」
上を見上げるとうっすらと朝日が差し込むいつもの山道がかなり高い場所にあった。登ろうかと思ったが、腐葉土のせいで直ぐに足場が崩れてしまいとても登れそうになかった。
「うーん………スマホは!……………割れてやがるか。」
助けを呼ぼうといつも持ち歩いていたスマホはまるで旧式携帯のように二つに割れてポケットの中に入っていた。
「これは一旦山を下るしかないかなぁ。」
本当はもし山で遭難したら山頂を目指すべきであるのだが、ここはあまり高くない。そのうち別の山道でも見つかるだろう。
「・・・えっ」
俺は山を下る為に振り替えって驚いた。
「木………いや扉?………でも、何でこんな所に……。」
そう、俺がぶつかって止まったのは大きな木に埋まった扉だった。
扉は目測でおよそ、高さ10メートル、幅が4メートルはある。それを包むようにしてある木は幹だけでも、一周するのにかなりの時間を要するだろう。
というか、日本にない品種だろう。どうみても樹高30メートル超えてるし、多分屋久杉軽く超えてる。こんなファンタジーに出てくる扉も初めて見る。
扉には世界史で習った文明にも似て非なる文字や絵が描かれており、とても現実味を帯びてなかった。
「………これは、あれか?映画のセットか?」
そうだ、映画のセットだろう。そう、考えるのが無難だ。それならば近くに轍があるはずだ。
ホッとした俺はこのセットをちょっとだけ見学することにした。まだ朝だし、見つかっても謝れば許してくれるだろ。
「しっかし、デッケー扉だなあ。これはあれか?中に秘密結社の基地があるとか系のセットかな?中にエイリアンの巣があったり?なんて……な。」
扉をしげしげと眺めながらそんなアホなことを言っていると、朝日が登ってきたのだろうか、木漏れ日が段々と指し始めて扉を照らし始めた。
「ん?」
扉の周りを見ていると脇に何かの台座があった。
何だろうと近いて見てみると、そこには赤色に光るハンドボールくらいの玉が置いてあった。
「なんだこりゃ?」
ツンツンつついたり撫でたりしても、普通のガラス玉と対して変わりのない玉である。
「多分これが動力源とかだろうな古の宝玉の力により扉は開かれる!とかの設定なんだろうな。ちょっと帰ったらパソコンで調べてみよ。」
俺はその赤い玉をペチペチ叩きながら呟いた。
さっさと帰って映画でも、探してみよう。
「じゃ、そろそろ帰ろうかな。多分この先に道があるだろうし。じゃあな赤玉。」
俺はその赤い玉を台座から取り外し、日の光に当てながら呟いた。
【・・・・・ザッサザ・・・・】
「?なんだ?」
その玉の中に何か光が見えたかと思うと、俺の意識はそこで途絶えた。
◆ ◆ ◆
巨大な扉の前に幾人もローブを着た人々が扉の前で忙しなく作業をしていた。そのうちの一人は責任者なのか他のローブを被った人達に指示を出していた。
「急げ!先程国王様の馬車が到着なされた。勇者様が例のモノを持ってくる!それまでに作業を終わらせるんだ!」
「オオ!!」
「了解!隊長、第3魔導陣の復旧は十分間に合いそうです!」
「それはよし!」
「隊長!第4魔導陣に少々魔力のムラがあります!」
「魔導回路2番と8番が逆だバカタレ!」
「すいません、すぐに直します!」
「隊長!第3師団より魔報アリ!勇者様が世界樹の神殿を見たいとのことなので到着が遅れるようです!」
「よし!聞いたかテメェら!急いで終わらせるんだぞ!これが終わったら俺が晩飯奢ってやる!」
「うぉおおぁ!ナインテール焼き食っていいっすか!」
「おうとも!」
「じゃあ、俺は骨魚の箱鍋スープで!」
「いいぞ!」
「えーと、えーとじゃあ私は………」
「後から聞いてやる!今は仕事だ!」
「おう!」
隊長と呼ばれた男はどら声で叫ぶと、他の隊達は元気良く返事をして作業を開始した。
「解読は進んでるか?」
隊長は扉の横にある石板文字を解読していた隊員の一人に話しかけた。
この扉は世界樹と呼ばれる巨大な樹に埋もれていた遺跡から最近発見された。彼は、この隊で考古学に長けているため、今回斡旋された人物だ。
「はい。大体9割は解読完了してます。これは所謂一種の転移装置だったようで、古文人はこれで異世界の人々と交易していたようです。」
「そうか、起動することは?」
「問題ありません。……と言いたい所ですが、実際の所わかりません。何分かなり古いものですから、文字が欠けてしまって。」
「行き先とかわかるか?」
「はい。古文人の文献によると『地球』と呼ばれる世界に行っていたそうです。」
「起動するにはやはりあの台座にエネルギー体を置かないと駄目か。他の考古学調査班と同じ答えだな。」
「これが上手く行けば、我々は大手柄ですね。」
彼は純粋にそう思っていた。しかし、隊長はため息をつく。
「お前は純粋だな。…………まぁ、そうだといいな。」
「?」
「ああ、いいんだ。気にしないでくれ。………それよりも、国王様もよく許可出したなぁ。」
首をかしげる彼に、隊長は慌てて話題をそらした。
「そうですね。これが繋がれば他国から舐められることもなくなりますからね。」
「だなぁ。」
そう話をしていると、他の団員から連絡が来た。
「隊長。そろそろ………。」
「よし!全員整列!」
隊長が号令をかけると、隊員達は一斉に作業を止めて集結した。そして遺跡の入り口から現れた人物を見るや否や、全員が跪き頭を垂れた。
入り口に現れたのは銀髪碧眼の優男と、完全武装した勇者の二人だった。
この男は見た目は優男そのものだが、実際はこの国の王である。
やはり人は見た目で判断はできないものであると隊長は心の中で思った。
「第7魔導部隊長エリック。調子はどうだい?」
「準備、全て完了いたしました。後はあの台座にエネルギー体を置くだけでございます。」
「そうか、ご苦労様。褒美は後から送ろう。」
「ハッ、有り難き幸せ。」
国王は勇者に持たせていた箱から赤いハンドボールくらいの玉を取り出すと、エリック隊長に渡した。
「勇者殿が狩った"巨神龍バハムートの心格宝玉"だ。これならばエネルギー体として十分だろう、今すぐ起動しろ。扉が開く瞬間が見たい。」
エリックは国王が持ってきたものがあの伝説の龍の宝玉だと知って、国王の本気さを知った。
「………かしこまり………ました。」
エリックは手に乗る宝玉の重さとは別の重さに耐えながら台座へと乗せた。
「始めろ。」
国王の合図で隊員達は魔導陣に魔力を込め始めた。
魔力が宝玉に浸透すると宝玉は鼓動を始め、赤い光を放つ。
扉の文字が赤い魔力に侵食され強い光を放ち始め、パズルのように形を変えてゆく。
「おお………、美しい。」
その光にあてられた国王はふらふらと開かれてゆく扉に近付こうとした。
隊員達とエリックは慌てて引き留めた。
「魔力計測不可です!魔力波動嵐がおきてます!」
「陛下!危険です!もっとお下がりを!」
いつもは無愛想な勇者も流石に危険だと感じたのか、国王の腕を掴むとグイッと引き寄せた。
そして扉が完全に開ききった。扉の先にはこことは違った見たこともない森がうっすらと見えた。
「扉が…………開いた……………!」