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バーチャル神社と同じ

 電気・水・二酸化炭素。

 それらを化学反応させて、人工の小麦粉を作る。それが今の食糧生産の基本だ。もちろん、それだけじゃ人間は生きていけない。ミネラルも足りないし、マイクロバイオータを考えても、他の栄養供給源が必要なのは明らかだ。

 残りは室内の野菜工場、そして、ほとんど昆虫の養殖によってまかなっている。

 昆虫の養殖は、畜産とは比較にならないくらいに効率が良い。エネルギーも、水も、随分と少なくて済むのだ。しかも、雑草や生ゴミで育ってくれる。

 今日はイナゴだった。僕はイナゴがあまり好きじゃない。昨日は柔らかいアブの幼虫だったから良かったのに……

 

 地球温暖化によって激化し、発生時期も長くなった台風で破壊されてしまう為、農地で作物を育てる事はほぼ不可能となってしまった。

 そこで人類は安全な室内で食糧を生産できる体制を整えた。コストがかかり過ぎる畜産業はそれに伴って衰退し、昆虫食が主流になったのだ。

 海の生態系の荒廃も深刻で、魚介類も今じゃ高級品。滅多に食べられない。最後に食べたのは一体、いつだったっけ?

 僕のお爺ちゃんやお父さん達は、「どうして、こんな状態になるまで放っておいたんだ?」と未だに責任の擦り付け合いをしている。

 僕にはまったく分からないのだけど、その昔は豊かな自然の下で育った動植物達を使った料理をいくらだって食べられたのだそうだ。あまりにたくさんあるからか、少し古くなった程度で捨てたりだとか。

 自然環境の破壊をこのままし続ければ、やがてとんでもない事になるという警告はずっとされていたらしいのだけど、皆、それほど深刻には受け止めていなかったらしい。

 

 「――もりという漢字はね、実は漢字発祥の地の中国ではなく、この日本で生まれたものなんだ。そして、字面を見れば想像がつくかもしれないけど、これは神社と、つまり神道と深く結びついている。自然がいかに神道にとって重要なのかがよく分かるだろう?」

 

 そう、自称エセ神主の草原さんは僕に語った。

 それはバーチャルリアリティーの世界に創られた森に囲まれた神社の中で、僕はそこに遊びに来ていたのだ。

 皆は戦争ゲームや、ファンタジーや、女の子や男の子と仲良くなれるような世界で遊ぶのが好きみたいだからあまり来ないのだけど、僕はこの神社によく来ている。

 なんだか、落ち着くような気がして。

 それに、ここで観られる合成映像の虫達はやたらにリアルで見ていて飽きないんだ。思わず食べてみたくなってしまう。

 その場所で、僕は草原さんと知り合いになった。草原さんはこのバーチャル神社で神主さんをやっている。

 ここは、形だけ似せてあるだけのバーチャルの神社。そこの神主だから、草原さんはエセ神主を名乗っているらしい。

 「神道というのはね、自然崇拝の宗教なんだ。だから自然を護る。こう聞くと、綺麗事を言っているだけのように思えるかもしれないけれど、違う。

 持続可能な社会の実現というのは、遥か昔から人間社会にとって重要だったんだ。そして自然と関わる事で、その一部となり、その持続可能な社会を産み出す重要な役割を神道は担って来たのさ。

 自然を破壊し、蔑ろにすれば、風雨から防いでくれなくなって河川は荒れる。農地の栄養はもちろん、海の栄養も枯渇する」

 そう説明する草原さんは、どこか悲しそうな表情をしていた。それがどうしてなのか、僕には分からなかった。

 「その昔、この日本では“伝統を重視しよう”と主張する政治家が政権を担っていたんだ。神社にお参りに行ったりしてね。

 でも、彼らには信仰心はなかったのだろうな。日本の伝統の価値の意味も分かってはいなかった。もし信仰心があったなら、地球全体の自然環境の悪化を受けて黙っているはずがない。

 “神道はやはり正しかった。自然を蔑ろにすれば、しっぺ返しを受ける”と主張して、自然環境問題解決の為に積極的に動いていたはずだよ」

 それから草原さんはそう言った。

 「でも、儀式に参加したり、神社を護ろうとしたりはしていたのでしょう?」

 そう僕が疑問を口にすると、草原さんは肩を竦めた。

 「そんなものはね、ただの飾りだよ。このバーチャル神社と同じさ」

 そして、そう言ったのだった。

 

 人間が現実から逃げ込む為に創った、このバーチャルの世界は、とても心地良く、だけどそれだけに、なんだかとても空虚だった。


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