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DIYな彼女  作者: 春野きいろ
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前編

 週末のプレカットルームは、結構な順番待ちだ。木材をカットして引き渡すだけじゃなくて、家庭には置けないベルトサンダーやバンドソーを置いてあるし、ジグソウや丸ノコも使えるようになっているので、工作室みたいになっている。もともとは使い勝手を確認して買って貰おうって意図だったらしいけれど、今はもう『ご自由にお使いください』状態でプレカットルーム内ならば好きに使える。さすがに大勢入ってしまうと危険だから、一回につき一時間を目安にタイマーを持ってもらい、それなりに秩序は保たれている。

 そして今日も、彼女は来ている。さすがに四週間で八度目となれば、ずいぶん機器の扱いにも慣れてきた。はじめは腰が引けていたサンダー掛けも滑らかになり、角が丸くなったことを確認する手つきも変わった。

 

 俺はと言えばプレカットルームの隅で言われた通りに木材をカットするのが仕事で、作業台の上に置いた丸ノコと仲良しだ。自分の家に工具のない人は珍しくないから、ちゃんと寸法を出さないと組み立てられなくなる。家具の組立キットじゃ満足できないけど、家に本格的な道具を置きたくないお客さんのために、俺は木屑と粉塵にまみれるわけだ。

もちろん彼女だって、ゴーグルと防塵マスクで色気のないこと甚だしいんだけれど、最初に木材の相談を受けたのは俺だから、ちゃんと顔は知ってるんだ。二十代後半、胸は大きめ。


 昨今のDIYブームで、ホームセンターには客が増えた。バラエティ番組は短時間に端折られているから、手軽にできるって手を出して挫折する人も多いけど、面白さに目覚めてはまりこんで行く人も多い。

 けれど四週連続で来る人は、そうそういない。俺だってこんな仕事をしているくらいだから、工作はけして嫌いじゃない。彼女はきちんと図面を起こして持ってくるから、もともとこういうことが好きなんだろうと予測はできるけど、ちょっと熱心過ぎってくらい熱心で、ここで加工した木材を持って帰ったら、休日は終わってしまうだろう。それとも家には旦那さんがいて、彼女が持って帰った部材を組み立ててたりして。

 うん、ありそう。ってか、そっちの可能性の方が高い。


 今日もまた、彼女の名字が書かれた伝票と木材が運び込まれた。今日は結構な大物らしく、ちょっと加工の手伝いが必要かなって大きさだ。こういうときは、男が一緒のほうがありがたい。加工もそうだけど、搬出口で渡すときに、台車へ乗せる作業があるから。車は貸出の軽トラックがあるから持ち帰りはできるけど、たとえばマンションなんかだと、家に入れるのも大変なんじゃないかと余計なお世話をしたくなる。まして女の人だ。


 彼女がプレカットルームに入ってきたとき、俺はまだ木材を刻んでいなかった。切ってしまえば返品は利かないので、余計なお世話でも自力で家に搬入できるかどうか訊いてからにしようと思ったんだ。

「申し訳ありませんが、作業前に確認をしたいと思いまして。ご自宅への搬入は、旦那様か誰かがなさいますか」

 定型文の質問のつもりだったけど、彼女は不機嫌な顔になった。

「既婚じゃありません」

 しまった! この言い方が地雷の人は確かにいて、踏んだのかも知れない。 


「既婚じゃありません。そう言いたくて、 毎週来てたんです。なかなか言う機会がありませんでした」

 なんだか斜め左後方の答えが来た。

「壁材買ったときに、塗り方を教えてくれましたよね。それで、手が届かない場所は旦那様にでもっておっしゃいましたよね」

 そんな接客をしたことがあっただろうか。毎日の接客なんて、よほどのインパクトがなければ忘れてしまう。

「あのとき既婚じゃないって言えなかったので、探してたんです。そうしたら、買わなくちゃ会えないような場所の担当なんて、あんまりだわ」

 なんのために。言葉では絶対おかしな人だと思うけど、表情も見た目も至って普通だし。

「申し訳ありません、了解しました。ときどき、物理的な意味で無理な依頼もありますので、つい」

 無難な言葉で頭を下げるのは、接客テクニックってやつだ。


「おかげで組み立ての済んでいないキットが、家の中に山積みになってます。さすがに今日で終わりにしなくちゃと思っていたので、タイミングが良かったです。搬出搬入は大丈夫。私、力持ちなので」

 今日で終わり、つまりもう来ないってこと?

「ずいぶんたくさん材料を作られましたね」

 客とはあまり、突っ込んだ会話はしない。話し込んでしまえば仕事に支障が出るし、個人的に親しくなったつもりで無茶な依頼をぶつけてくる人が出てくるからね。けれど、彼女はそういうのとも違う気がする。

「古いマンションを買ったので、セルフリノベーションしてるんです。あれ以上ボロにはならないんで、やりはじめたら止まらなくなりました」

「あ、面白そう」

 これは俺もやってみたいと思っていたことだ。一戸建てをリノベーションするなら電気工事士と配管設備士が必須になりそうだけど、形も部屋の用途も決まっているマンションなら、自分でどうにかできそうな気がする。


「わからないことがあればいつでも声をおかけくださいって言ったのに、店内探してもいなくて」

 マスクを外しながら、彼女は言う。

「何か困ったことが?」

 それは俺に限ったことじゃなくて、どの店員にもって意味だ。

「困ったことじゃなくて、わからないこと。質問です」

 そしてこちらをまっすぐに見て、ものっすごく真面目な顔でこう言った。

「独身ですか」

 人間、あまりにも予想外なことがあると笑いだしたくなるものだ。ご多聞に漏れず俺も笑ってしまう。

「独身ですが、売り場とまったく関係ないですよね」

「わからないことを聞いてくれっておっしゃっていたので」


 そんな話を続けていると彼女の持ち時間がなくなってしまうので、慌てて木材をカットする。そして彼女が作業に入ったタイミングで、新しく客の木材が持ち込まれてきた。こうなってくると休日のプレカットルームは、工作機械の音でいっぱいになってしまう。

 それにしても、こんな中途半端な会話のまま接客を終わらせるわけにいかないじゃないか。まして今日で来るのを終わりにすると言っている人に。けれど客に待っていてくれと言うわけにもいかず、困っているうちに彼女の持ち時間が来た。

「お時間です。終わらないようでしたら、再度申し込みをして順番待ちをお願いします」

 声をかけると、彼女はゴーグルを上げてこちらを見た。

「作業はほぼ終わりました。もうひとつ、わからないことの質問に答えていただけますか」

「はい、お答えできる範囲で」

「フルネームと連絡先がわかりません」

 答えましたよ、もちろん。

「ご連絡、お待ち申し上げております」

 俺の返事には嘘はないし、接客としては満点でしょう。


 彼女に興味がわくのかどうかは、話してみないとわからない。おそらくお友達からってところだけど、こちらから客にプライベートで連絡することはできないから、彼女の出方に合わせるしかない。

 Do It Yourself、あなたのお好きなようにって、ホームセンターの存在価値のような言葉で、連絡を待ってる。

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