お母さんはタヌキの山のポンポコポン
これも以前、アニマックス大賞やファミ劇大賞に送って、掠りもしなかった脚本を、多少三人称風に直したものですが直っていません。
水木一郎先生にも「審査員には私の意志を伝えたはずだ」と言われながら、声が出ない人がアニソン大賞を取ったり、100人同時に芝居をさせて、最高の声優を選んだアレです。
セピア色の回想話、母親が絵本を開いて、まだ小さい娘と息子に昔話をしている。
「昔々、裏山にタヌキの娘がいました。ある日タヌキは道路を渡る時、車にはねられてしまったのです。体中痛くて起き上がれないタヌキ。日が暮れて体が冷え、もう駄目だと思った時、親切な青年が現れたのです」
声色を使って、男前な王子様の声でしゃべる母、タマ美。
「ああ、どうしたんだい? こんなに怪我をして、すぐに助けてあげるよ」
「おうじさまだっ」
「ええ、それが運命の出会いだったのよっ、美しく格好が良い王子様、たぬきの娘は一瞬で心を奪われてしまいました」
手書きの絵本の挿絵と台詞が早送りになり、高速で動く。
意地悪な王子様の継母とか色々出てきて、タヌキとキツネの魔法使いも登場、タヌキが人間の娘にチェンジして王子様に接近。
戦闘シーンまであって、お城の頂上で日の出の光にペンダントとか差し出すと、魔女でイジワルな継母が滅びたりして大団円。身振りと声が元に戻る。
「こうしてお父さんとお母さんは結婚して、幸せにくらしましたとさ。おしまい」
「じゃあ、おとうさんがおうじさまで、お母さんはタヌキだったの?」
「そうよ、でもお父さんにばれてしまうと、私は山に帰らないといけないの」
「やだー、お母さん帰っちゃやだー!」
「お父さんには言わないって約束する?」
「約束するっ、するから帰らないでっ」
「ぼくもいわないから、かえらないでっ」
「はいはい、大事な貴方達を置いて、お母さんどこにも行ったりしませんよ」
子供達の頭を撫でて、泣き止ませる母。
7年後の台所
配色が戻って朝日が昇る。やたら恰幅の良くなった母親が、中学生の息子に纏わり付いている。
「ほらジュン、暑いからちゃんと帽子かぶらないと、日射病になるわよ」
「ベタベタすんな、ウゼーんだよっ、今どき学生帽かぶる奴なんかイネーよっ」
粋がって髪の毛を立たせて格好を付けているが、気の毒なことにタヌキ顔の息子。
高校生になった娘、マミも、息子だけを舐めるように可愛がっている母親を、気持ち悪がって注意する。
娘の方は母親に似ず、絵本の王子様に似ていた。
「ほっときなさいよ、母親が一緒にいるとカッコ悪いらしいから」
「なんでよ、お母さんなのよ。ほら、お弁当も持って」
「いらねーつってるだろ? それよりパン買うから金くれよ」
「そんなので栄養がとれる訳ないだろ、だからホウレン草入りのハンバーグ…」
「それが嫌なんだよっ、俺がクラスで何て呼ばれてるか知ってるか? グリーンマンだぞっ?「緑色のハンバーグってどこで売ってるんだ」って笑い者になるんだよっ! テメーが食えっ」
荒々しくドアを開け閉めして出て行く息子と、食卓で黙って見ていた父親。
絵本に出てくる王子様とは違い、若年ハゲで生え際も厳しくデブ。たぬき的には超美形らしい。
「あ、弁当、俺が持っていくから」
「二つも持って行ってどうするんです? 遅くまで置いといたら痛みますよ」
「いや、まあ冷蔵庫に入れといて、レンジでチンしたら大丈夫だよ」
新聞を畳んで出かける支度に入る、元王子様。
「あたしも行って来ます。お父さん、途中まで乗せてってよ」
「ああ、そろそろ出ようか」
玄関
家族を送り出した後、ぶつぶつ言っているタマ美。
「もう、せっかく早く起きて作ったのに、お昼はどうするんだろう」
そこで呼び鈴が鳴り、来客に応対すると、タヌキ顔で高校生ぐらいの女の子が立っていた。
「はーい、どちら様…… あっ?(この子、タヌキ族の子)」
「あの、長老からこちらにお伺いするように言われたんですが、私こういう者で、タマ子と言います」
指に挟んだ葉っぱを見せ、頭に乗せようとする。
「はいはい、わかってますよ、お入りなさい」
居間で向かい合って座る二人、身振りを交えて話していて、途中から声が入る。
「それで、車にはねられて弱っていた私を助けて下さった親切な方を探して、どうしても恩返しがしたいんです」
「そう、私の時と同じじゃないの、今どき、怪我をしたタヌキを拾って面倒見てくれるなんて、親切な人がいたもんだねえ。私も協力させてもらうわよ」
「本当ですかっ」
「ええ、同郷のよしみもあるし、今は私が貴方みたいな子の窓口になってるから、暫くこの家に住んで、その人を探しなさい」
「あ、ありがとうございますっ」
「それにしても、恩返しだなんて貴方も古風ねえ、それとも「白馬の王子様」に出会えたから、結ばれて幸せに暮らしたい、な~んて思ってるのかしら? うふっ」
ニヤニヤして話すタマ美と、テーブルに「の」の字を書いて赤くなるタマコ。
「えっ? ええ、まあ、その……」
「じゃあ、貴方は私の親戚って事にしておくから、息子とお父さんには術をかけなさい、娘の方は事情は知ってるし、少しは術が使えるから、協力させるわね」
「はいっ」
夕方、娘が帰って来て靴に気付き、居間を通りかかった時に母親に声をかける。
「ただいま~、あれ、お客さん?」
「ああ、お帰り。この子ね、私の妹の息子の娘でね、結構近い血筋の子なんだよ」
「初めまして、タマコと申します」
顔の具合とか雰囲気で一瞬でバレてしまい、山の方を指差す娘。
「妹って…… もしかして裏山の?」
「そうよ、私と一緒で車にはねられた所を誰かに助けて貰って、恩返しに来たらしいから、お前も探してあげなさい」
「ほ、本物?」
「はい、一度山に帰ったんですけど、恩返しがしたくて化けて来たんです」
頭に葉っぱを乗せるタマコと、変な顔になって固まる娘。
居間
タマコの話を聞いて、ティッシュで涙を拭きながら聞いている二人。
「おじ様は弱っている私に、ミルクを飲ませて下さったり、暖かいお湯で傷を洗って、ペットボトルにお湯を入れてタオルで包んで下さったんです。怖いって聞いていた人間に、あんなに優しくして頂けるなんて、信じられませんでした」
「そう、良かったわねえ、今の人間もまだまだ捨てたもんじゃ無いねえ」
「怪我が治ってもずっと一緒にいたかったんですけど、会社の人が「汚い」と言い出して、おじ様に迷惑が掛かっていたので逃げて来たんです」
手首に巻いた首輪と、噛み千切って来たような赤い紐を見るタマコ。
「それが貴方の運命の赤い糸なのね~、わかる~」
何か娘の方もスイッチ入っちゃって、涙腺が決壊して泣きっぱなし。
「でも、結ばれなかったら泡になって消えるとか何とか、聞かなかったかい?」
「はい、それよりもう一度おじ様に会って、きちんとお礼をしたかったんですっ」
「命がけなのね、わかったわ、あたしに出来る事ならするから」
そこで息子が帰って来て、ドタドタと台所に向かって行く。
「ああ腹減った、何か食いもんあるか?」
「それよりお客さんだよ。ほら、従姉弟のタマコちゃん、挨拶ぐらいしなさい」
「初めまして、じゃなくって、久しぶりねジュン君。もう覚えてないかな? えいっ」
立って葉っぱを持ち、息子に術を掛けるタマコ。息子は見とれて呆然としている。
「お、俺、覚えてるよっ、タマコ姉ちゃん。久し、ぶり、だね……」
タマコを一目見てフォーリンラブ。背景に花が咲いてボカシが入る。がタヌキ顔なのでブサイク。
「覚えててくれたんだね、こんなに大きくなって、よしよし」
年上のお姉さんに頭を撫でられ、真っ赤になるジュン。
「お、俺、着替えて来るよ、じゃあまた後でっ」
呆れて嫌な顔をして見送る姉。
「あらあら、照れちゃってまあ、あたしらにもの言う時のムカつく態度とは大違いねっ」
「じゃあ、そろそろ晩御飯の支度でもしようかね、お父さんも帰って来るし」
「あっ、私も手伝います~」
自分の部屋に戻って、ドアを閉めて後ろ手に鍵を掛け、胸を押さえながら歩き、ベッドに倒れこむジュン。
(タマコ姉ちゃん、あんな綺麗になって…… 確か従姉弟って結婚できたよな)
枕に顔を埋めて、撫でて貰えた頭を触って、うっとりした表情になる。
夜、父親が帰って来て、まずタマ美が出迎える。
「ただいま」
「お帰りなさい。どうしたんです? そんなにしょんぼりして」
「ああ、実は先月、車にはねられたタヌキを拾ってな、会社で世話してたんだけど、若い奴らに虐められたのか、紐を噛み切って逃げちゃったんだ」
とても見覚えがある赤紐の片割れを見せられ、青ざめて行くタマ美。
「昔だったらみんなで可愛がってやったのに、全く最近の若い奴らは」
「そ、そうだったんですか、あの、それとですね、私の妹の娘が遊びに…」
背後で皿が割れる音がして、会話を中断させられる。
もちろんタマコが廊下の端に立っていて、 両手で口を抑えながら、信じられないとでも言いたげに首を振って、震えながら二人を見ている。
「おじ様……」
「「へ?」」
「おじ様っ! 会いたかった~~!」
泣きながら父親の胸に飛び込むタマコ。それでも葉っぱも出して背中から術をかける。
「そうか、大変だったね、お父さんもお母さんも事故で亡くなってしまって。お葬式が終わったら、うちで暮らすんだったね」
「え? アレ?」
急に話が変わってしまい、呆気にとられるタマ美。騒ぎを聞いた息子も出て来た。
「何してんだよっ、親父っ! タマコ姉ちゃんから離れろっ!」
「何を言っとるんだ、大変な事があった後なんだから、泣いたっていいだろう」
後ろ手に葉っぱを振り術をかけるタマコ。息子の目と首がグラついて納得する。
「そ、そうだったな、泣かないでくれよ、タマコ姉ちゃん。これからは俺が守ってやるからさ」
さりげなく肩を触る息子を押しのけ、自分の部屋から来た娘が無言でタマコの襟を掴んで、後ろ向きのまま引きずって行く。
「あっ、何するんですか? 離して下さいっ、おじ様、おじ様~~っ」
娘の部屋
椅子に座って背もたれに両手を乗せて詰問する娘マミ。
サディストの目で睨まれているので、タマコも逆らう余地が無い。
「は~い、そこに正座~」
「ハイ…」
、反論する余地が一切なく、タマコはその前に正座。
「で? 貴方の王子様ってのは、うちのお父さんだったわけね」
「はい、こんなに早く出会えるなんて、これはもう運命なんですね」
星の瞳に涙を浮かべ、少女漫画風の飛んでいるが、回転椅子回し蹴りで撃墜される。
「いや、あたしはいいんだけどね~、うちとしては困るわけよ~。今更お母さん山に帰しても、あの腹で狩りなんかできないだろうし、近所の手前、新しいお母さんなんて無理~」
「私なら、耐えてみせますっ、それに術を使えばきっと」
「そういう話じゃないのよ、世間体とか~、地元の微妙なパワーバランスとか~、裏山の狸でも分かってよ」
三白眼のサディストの前だが、タマコはトリップしているので気にならない。
「私は日陰者でも構いません、おじ様と添い遂げられるなら、どんな苦労でもっ」
「なんでそんなとこばっか詳しいかな? この際はっきり言うわ。今すぐ出てって」
「どうしてそんな酷いことを、協力して下さるって約束したじゃないですか?」
「それとこれとは別なのよ、一般家庭のささやかな幸せを壊さないでっ」
そこで息子がドアの向こうに立ち、ドンドンと叩き始める。
「姉ちゃん、何してんだよ、タマコ姉ちゃん虐めてるんじゃないだろうな?」
「黙りなさい」
娘が術をかけるとドアの向こうの息子が沈黙。ついでにタマコも喋れなくなる。
「…………(息も詰まる)」
「貴方が術にかかってどうするの? 何で本物がハーフのあたしより力が弱いのよ?」
「はぁ、はぁ、それは私が、まだ2歳だからです」
「はぁ?」
「タヌキ年齢では二歳ですが、ドッグイヤーでタヌキ年で、人間にすると十六、七でしょうか、でもまだ力が」
「たった二歳の小娘が、人様の家の大黒柱寝取って、家庭崩壊で一家離散させてようって言うの? 大した度胸ね」
仁王立ちで怖い顔をしている娘に睨まれ、小さくなるタマコ。そこで父親の声も聞こえた。
「どうしたんだ? 晩飯ができてるから食べよう、話し合いならそこでしようか」
「チッ、一時休戦よ」
台所
父親の周りをうろうろして給仕するタマコ。タマ美も反対側から、おずおずと給仕する。
「は~い、おじ様~、おビールをどうぞ~」
「いいから座りなさい。タマコはこれから、うちの娘として育てる、異論は無いな」
息子とタマコは嬉しそうにする。タマ美は立場上反対できず、娘はそっぽを向く。
「どうして駄目なんだ、この子はお前の母方の従姉妹なんだぞ」
「どうかしら? そのへんの裏山から湧いて出た、泥棒猫かタヌキじゃないの?」
娘が術を使うと、父親の首がグラつき、目付きが変わる。
「あれ? 母さんの妹って、どんな人だったかな? 姪っ子って会ったことあるかな?」
「おじ様、忘れないで下さい、おば様とは五つ子、いえ、双子の妹ですよ」
「ああ、そうだったな、母さんにそっくりで、見分けがつかないような人だった」
「へえ? あ た し は 初耳だけど?」
術の掛け合いに成り、そのたびに父親の首がガクンガクン揺れる。
「いいえ、おじ様は私の名付け親でもあるんですよ~」
父親が左右に揺れだして、タマ美が怖い顔をして二人を睨み、首を振ると術の綱引きが終わった。
「なんだか今日は疲れたよ、タマコも遠慮しないで食べて、ゆっくり休みなさい」
「「は~い」」
息子だけが常時ご機嫌で、タマコに注いでもらえるので、飯も味噌汁も何度かお替わりした。
居間
夜、タマ美と娘狸が、タマコに向かい合って座っている。
「父さんと、あのバカは眠らせたわ、今ここでキッチリ話をつけようじゃないのっ」
「お前、何もそこまでキツイ言い方しなくっても」
「お母さんは黙っててっ、自分が追い出されて山に帰る羽目になるかも知れないのに、よくもボケボケっとしてられるわねっ」
「だけど、お父さんだって言ってたじゃない、この子は娘として育てるって」
「いいえ、この女はそれで満足するようなタマじゃないわ、見たでしょ? 泣いてる振りしながら術を使って、お父さんとバカを上手く丸め込んだ魔女よ」
「違いますっ、あれは長老が下さった葉っぱに込めてあった念がそのままっ」
「へえ~、あたしならあんな状況で、術なんか使えないけどね~」
サディストの目で、思いっきり嫌味の篭った言い方をされ、涙目でうつむくタマコ。
「だって、お父さんと添い遂げないと、この子死んじゃうかもしれないんだよ?」
「そんなの知ったこっちゃないわっ」
立って娘の頬を叩くタマ美、娘は驚いて母を見上げた。
「私はそんな子に育てた覚えは無いよっ、一体誰に似たんだいっ」
「何で? どうして泣くのよ、自分が追い出されそうなのに」
「そこまで言わないと分からないのかいっ、わたしゃ情けないよっ」
眼の前で、自分のせいで家庭崩壊してゆくのを見て、耐えられないタヌキ。
「ああっ、ごめんなさいっごめんなさいっ、私のせいでこんな事に」
涙目で居間を出て行こうとする娘。タマコはオロオロして、どちらに行くか迷う。
「ふんっ、好きにしたらっ? 山にでもどこでも、帰ったらいいのよっ!」
翌朝、台所
息子が間抜け面でタマコと母親を手伝っている。
娘は目線も合わさず通り過ぎるが、通り過ぎる前に嫌味が籠もりまくった声で罵った。
「あ~ら? まだどっちが出て行くか決めてなかったの?」
母には何か刺さるが無視。
「タマコちゃ~ん、お皿並べて頂戴」
「は~い(冷や汗)」
「全く、どこかの薄情な娘と違って、タマコちゃんはいい子だねえ」
娘にも何か刺さるが無視。
「フンッ、誰だって自分の居場所を譲るようなバカにはなりたくないわ」
「朝から何をやっとるんだっ、タマコの前で、みっともないっ」
「みっともないのは父さんとジュンでしょ、若い子が来たらデレデレしちゃって。あんただって急に手伝いなんか始めて、恥ずかしくないのっ?」
「俺にやつ当たりかよっ、嫌ならお前が出てけよっ!」
「やめて下さいっ、出て行くなら私がっ」
「だめだよっ、タマコ姉ちゃん、他に行く所無いんだろ?」
「フンッ!」
朝食にも手を付けず、鞄を持って出て行く娘と、追いかけるタマコ。
「待って下さいっ、どうかおば様と仲直りして下さい、これじゃまるで私が…」
「そうね、ヤルんなら徹底的に殺るわよ、あたしが帰るまでに、これ読んどきなさい、続きは机の上に置いてあるから」
漫画の単行本を渡され、戸惑うタマコ。表紙に「魔~冥土ビッチ」と印刷してある。
「ほっときなって、姉ちゃんいつもいつもヒスってるからさ、何日かしたら忘れるから、それよりこの弁当のおかず、タマコ姉ちゃんが作ってくれたんだろ?」
「はい、いつものホウレンソウハンバーグです」
「やった、クラスで自慢してやれるぜっ!」
そのセリフを聞いて、開いた口が塞がらない母。
「お前、どの口でそう言えるんだい? 全くうちの子はみんな……」
台所
家族を送り出した後、二人で洗い物をして、皿を棚にしまっている。
「あの、私、近所のキツネさんの所へ行って、相談してくるよ」
「そうですか、それじゃあ私、お洗濯とお掃除しておきますね」
「そうかい、あんたって、うちの子と違って本当にいい子だねえ、出て行っちゃだめだよ」
「はい……」
恋敵同志なのだが、お互い人、というかタヌキが良すぎて、相手を陥れられない。
木常家、玄関
キツネの家を訪ねたタマ美。袋入りの茶菓子をコンビニ袋で持ちながら呼び鈴をならす。
「留守だよ~」
大音量で掃除機をかけながら居留守を使えるぐらい、神経が太いキツネ。
諦めずに何度も呼び鈴が鳴り、仕方なく掃除機を止める。
「留守だって言ってるだろうがっテメェ、またNHKかっ?…… 何だ、お前か、何しに来たんだ?」
「(涙目)あの、折り入って相談したい事があって」
無言でドアを閉めるが、また呼び鈴が鳴り始め、ドアの前で肩を落とすキツネ。
洗い場
洗濯機を動かした後、手持ち無沙汰になり、娘に渡された漫画を出して裏を見る。
(なになに? 意地の悪いマーメイドのビッチが、良家のおぼっちゃまに恋をしたからさあ大変。冥土の世界の魔道具で、嫌な同僚や上司を叩きのめす、痛快サクセスストーリー?)
パラパラとめくるが、本気になって最初から読み始める。
木常家、居間
タマ美がお茶を入れ、居間に運んで来るのを、ソファーで偉そうに座って待つキツネ。
「で? 何の話だい」
「実は、かくかくしかじかで、若いタヌキが恩返しに来てしまって、娘とも折り合いが悪くなって、もうどうすればいいか?」
「要はそいつを叩き出せばいいんだな? 尻尾を丸焦げにしてやったら一発だ」
手から狐火を出し、尻尾どころか体全体焼きそうな勢いで燃やす。
「そんな物騒な、実家に顔向けできなくなるので、もう少し穏便にお願いします」
女同士の揉め事で色話を聞いて嬉しそうに、面倒事に首を突っ込む魔女キツネ。
「面倒だなあ~? 何なら、自分から帰るように仕向けてやろうか? んん?」
迷いながらも、小さく頷くタマ美。それを見てキツネがニヤッと笑う。
「じゃあ、イイモノを見せてやろう、この通りやればイチコロだ」
棚からビデオを出しタマ美に題を見せる。「嫁姑戦争、頂上決戦、死ぬのはお前だ!」
娘の部屋
漫画の1巻を持ってウルウルしているタマコ。机の横の本棚に漫画の続きが並んでいる。
「こ、こんなに沢山」
椅子に座って読み出すと、4冊目ぐらいで大泣き。時計の長針が2回転する。
木常家、居間
画面を見ながら笑うキツネと、大きな音が聞こえる度、怯えているタマ美。
「何だい、このホコリは、育ちが悪い娘は掃除の仕方も知らないんだねえ」
「あら? お義母様が触った所だけ汚れたんじゃないですか、厚化粧が崩れて」
「何だって? うちの可愛いボクチャンを誘惑した泥棒猫が、何を偉そうにっ」
姑の怖い顔でキツネ大笑い。タマ美、怖くて画面を見れず目を隠している。
「ハハハッ、この通りやったらどんなタヌキでもイチコロ、って、ちゃんと見ろ」
「だって、ホラーは苦手なんですよ」
「何がホラーだ、こんな面白い番組、他でやってないだろ、ハハハッ」
「あんたみたいな鬼、この世にはいないよっ、さっさとあの世に帰れっ」
「ヒッヒッヒッ、最高のほめ言葉だよ、でもあの世に行くのはお前なんだよ」
「イヤーーーーーーーッ!!」
タマ美、目も耳も塞ぐが、キツネ相変わらず大笑い。
娘の部屋
最終巻まで読んで泣いていると、目の前のぬいぐるみが立って喋り出す。
「何を泣いているの、ビッチ」
「ああっ、その登場の仕方は「メガビッチお姉さま現る」の巻と一緒ですね」
「わかってるじゃない、最後まで読んだのね」
「はい、素晴らしいお話でした。今の私の状況にぴったりで、思わず読み切ってしまいましたけど、もしかして見張ってたんですか?」
「貴方が終わりまで読んだ時、知らせが来るよう術をかけておいたのよ」
「そうだったんですか。それより、どうして4巻の終わりで意地悪な継母を追い出した後、二人は結ばれなかったんですかっ?」
「(引く)詳しいわね、それは人気が出たからよ。5巻からキャラも一新、王子の本当の母親と婚約者が現れて、ビッチの仲間も追加されたのよ」
「そうでしたか、でも仲間だった従姉弟のトート君が5巻から裏切るなんて、酷すぎます」
「そーよねー、でもそれはビッチを好きだから王子に渡したくなかったのよ。じゃなくて、今の貴方の状況と、うちの家族を当てはめてみなさい」
タマコの頭の中で、家族と漫画の配役が繋がる。
「弟は必ず貴方を裏切るわ、それにマザコン王子、つまりお父さんは母親を大切にする余り…」
背景が暗転して、タマコの顔が少女漫画風になり、目が真っ白になる。
「じゃあ「意地悪な継母」を追い出すには、どうすればいいか分かってるわね?」
タマコの目の下に悪役線が入り、黒いオーラも出る。
「ええ、メガビッチお姉さま」
学校、裏庭
息子がうろうろして何かを探しているが、タヌキの声が聞こえると慌てて駆け寄る。
「よう、怪我の具合はどうだ? 食い物持って来てやったぞ」
弁当の残りを葉っぱに乗せ、ガツガツ食べる様子を見て目を細める中学生。
「うまいか? それ俺の従姉弟のすっげえ美人の姉ちゃんが作ったんだぜ」
食べ終わったタヌキに催促され、ポケットからソーセージも出して食べさせる。
「そうだ、うちで飼った動物はみんなタマって名前なんだ、親父が会社でタマの五代目まで飼ったから、お前が六代目。お前今日からタマローな」
「きゅーん」
邪悪な顔をして嗤うタヌキ、明らかに普通のタヌキではない。
居間
掃除しながら、タマコが術でカーテンや壁紙を自分色に替えている。
肩には娘の縫いぐるみが乗って、あれこれ指図している所に、タマ美がキツネを連れて帰って来た。
「タマコちゃんお待たせ、この人ね、ご近所のキツネさん。えっ?」
部屋を見て驚く母、タマ美。既に自分の家は愛人色に染め替えられていた。
「てめーか、こいつの旦那横取りしようってぇ、太え奴は」
娘が指示すると、タマコは付箋が付いた漫画を見て、棒読みでセリフを読む。
「あっはっは、この家は私色に染めてやったわ、貴方の帰る場所なんて無いのよ」
「ええっ! そんな……」
「何ヘコんでんだっ、言い返してやれっ」
「ええと、何だいこのホコリは? 育ちが悪いと掃除の仕方も……」
「そ、そんな……」
軽いジャブの応酬で、双方とも大ダメージを受けて膝を着く。
「何してんの、言い返してっ、ほら、ここ」
「ええと、あんたが触った所が汚れた…… ごめんなさい、こんな酷い事言えませんっ」
手を着いて頭を下げるタマコ、タマ美も手を着いて謝る。
「私の方こそ、ごめんなさい」
「ふん、どうせタヌキだから、こんなこったろうと思ったけど、余計なのがいるな」
「あら、おばさん久しぶり。おばさんの所のツッパリ小僧が変な詩をポストに入れて行くんですけど、気持ち悪いんでやめるように言ってもらえませんか?」
「何だって? あれはあの子のラブソングなんだよっ、素直に喜べっ」
「へえ? 死ぬだの生きるだの書いてあるから、てっきり呪いだと」
「ふざけんなっ、あの子の「ママへのハッピーバースデー」は世界一の名曲なんだっ! あれを聞いて泣かない奴はどうかしてるっ」
「あら、どうかしてるのは、おばさんの方でしょ? ご近所にも恥ずかしいから、窓の下で歌うのだけは止めさせて下さいね」
「てめえ、うちの可愛いボクチャンを誘惑した泥棒猫のくせに、よくもっ」
キツネが手から炎を出すのを見て、凄い力で縋り付くタマ美とタマコ。
「もうやめて下さいっ」
「争いごとなんて、まっぴらですよっ」
「「く、苦しい……」」
力だけは異様に強い二人に組み敷かれ、タップする二人。
台所
作り置きのそうめんを啜っている一同。娘とキツネは目を合わさない。
「で? 本当の所はどうなの? お母さんの話は人魚姫と一緒になってたからよく分からないけど、どうせタヌキの力なんだから、ヌル~い決まり事しか無いんでしょ?」
「ほら、目的を果たせないとだめとか、色々あるんだよ。ねえ、タマコちゃん?」
「えっと、この体は長く持たないので、それまでにおじ様に恩返ししたり、願いを叶えないといけないそうなんです」
「あらヤダ、私の時とはルールが違うのねえ」
「はい、今は数が少なくてタヌキの力だけでは人間になれないので、キツネとかイタチとか、森の仲間達に力を貸してもらうんです」
「ふーん、そうだったの」
「だから~~、願いが叶うまでに追い出された時は~、この家に大きな災いが~~~」
黒くなって行くタマコの表情を見て、後ずさりする二人と、平然と聞くキツネ。
「ほう、キツネの力か。だったらお前の命じゃなくて、クソ生意気な娘とか、腹が出っ張ったタヌキを生贄に出してもいいんだろ?」
「そうかも知れません~」
赤く光る目でタマコに睨まれ、抱き合って震える母親と娘の縫いぐるみ。
「そ、そんな、もっと建設的っていうか、平和な解決方法があるでしょ、ねっ?」
憑き物が落ちて、元に戻ったタマコ。
「あれっ? 私、変な事言いませんでしたか?」
「「ううん、言ってない、思い出さないでいいのよ~、それは悪い夢だから」」
葉っぱを出して、全力で術を掛けるタマ美と娘。あきれて見ているキツネ。
「で? てめえの願い事ってのは何だ?」
「え? 私、おじ様に洗ってもらうのが大好きだったんです。自分で掻けない所をブラシで擦ってもらうと凄く気持ち良くて、だからまた洗ってもらいたいな~、なんて」
足が背中を掻くように条件反射で動き、気持ち良さそうにするタマコ。
「浮気よっ、私というタヌキがいながら、こんな若いタヌキの体を洗うなんて、どうかしてるわっ」
「どうかしてるのはお母さんでしょ、誰もタヌキ洗いながらそんな事考えないって」
「じゃあタヌキに化けて旦那に洗ってもらえ、それで解決だ」
「でも、恩返しは?」
「ここの旦那はタヌキでもキツネでも、助けて飼うのが趣味なんだよ、美味そうに飯食ってたら、こーんな顔して見てるだろ」
目を細めて、父親の幸せそうな顔を真似るキツネ。
「そうだったわねえ、キツネさんも助けられて、会社の若い人と…」
「うるせえっ(///)」
「あっ、あたしの本体と、バカが帰って来たわね」
玄関
「ざけんなよっ、姉ちゃん。何でタマコ姉ちゃんと仲良くできないんだよ」
「あーあーあー、聞こえない」
言い争いながら娘と息子が帰って来ると、後を追うように美形の少年が入って来る。
「ジュン、助けに来たよ」
「えーと? 誰だっけ?」
「僕だ、タマローだよ、君を助けるために生まれ変って来たんだ」
手を握ったり、男同士なのにやたらベタベタするタマロー、抱き付いて術を掛ける。
娘の方はタマローを見て赤くなり、一目でフォーリンラブ。
「あっ、素敵な…… 人」
「あ? ああ、従兄弟のタマローか、よく来たな」
「ちょっとあんた、何してんのよ、タマローさんから離れなさいっ」
「俺じゃねえっ、こいつが抱き付いてくるんだよ」
「君か、僕のジュンを苦しめている姉というのは、許さないぞっ」
「ちっ、違います、今度の騒動は全部あの子が」
「お前かっ、今すぐジュンの家から出て行けっ!」
「ええっ? そうなんですか、私なんですか?」
術の掛け合いになり、なんとか防御しているタマコと、攻撃するタマロー。
「違うっ、タマコ姉ちゃんは悪くないっ」
「また変なのが増えたな、お前の旦那の家系は、息子までこんなのに取り憑かれやすいんだろうなぁ」
「すいません、娘もです」
キツネの息子に片思いされ、今度は息子が連れてきたホモタヌキに一目惚れ。息子は6代目たまに慕われている。
そこでまた呼び鈴が鳴るので、騒動の中、タマ美が応対すると、外に猫っぽい老人の僧侶が立っている。
「わたくしタマと申す者ですが、ご主人様はご在宅でしょうか?」
「いえ、まだ帰っておりませんが、ごらんの通り、立て込んでおりますので、今日の所はご勘弁下さい」
「左様ですか、悪い動物霊の気配が濃くなったので、御祓いに参ったのですが? おや? 貴方からもタヌキどもの匂いがしますな、もしや?」
「い、いえ、違うんですよ」
「悪霊退散っ!」
「「「「ひいいっ!」」」」
数珠を持った僧侶が中に入っても、ドアの外からの風景。中の騒ぎだけが聞こえている。
「てめえっ、何しやがるっ、怪我したらどうするんだっ」
「何と、キツネまでおったか、大恩ある主のため、祓ってくれようぞっ」
「おもしれえ、やれるもんならやってみなっ(炎の音)」
「ねえタマローさん、こんなのほっといてぇ、あたしの部屋に行きません? 今日から寝る場所とかぁ、あっ、お父さんの書斎の荷物放り出しちゃえばそこでも」
「僕はジュンとずっと一緒だ」
「離せっ、ベタベタすんなタマロー! 俺は男だーーーっ!」
「うふっ、知ってるよ…… チュッ」
「アッーーーーーッ!」
「ああっ、どうしてこんな事にっ、おじ様っ、早く帰って来て下さーいっ!」