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(株)ダンジョン  作者: Nob4
5/7

5 門出+門出=デジャブ

 自分でも突拍子もないことを言っている自覚はあるし、「ダンジョン」なんて素敵ワードは聞き慣れない人の方が多いだろう。

 だから、頭の中にクエスチョンマークがいくつも浮かんでいそうな彼に、俺がやろうとしていることを話すことにした。


 うーん、キツイ!この流れは予想していなかった。


 始めのうちは面白そうに聞いていたのに、表情が徐々に真剣になってきたな~と思っていたらプランの穴を指摘され始め、普段見せない視線の鋭さに「あっ、これマジなやつ…」と気付いた時には遅かった。

 退職の意思表示に来たはずが事業計画のプレゼンに状況が変化し、今は脳細胞を全力でぶん回しながら指摘事項の修正案を提示し続けている。

 極限まで集中している時は時間の流れが気にならないし、空腹すら感じなくなる。


 指摘される内容も無くなり「カフェオレ飲みたいな」と思ってジェームスから視線を外すと、窓辺に朝日が射し込む清々しい朝でした。


「…BOSS、朝ですね」

「私の見間違いではなかったんだな、HAHAHA…」


 目の下に隈を作った顔を二つ窓際に並べ、朝日に目を細める。

 BOSSも全力で俺に付き合ってくれたんだなと、ジェームスの顔を見て理解すると同時に、最後の最後まで部下に全力で指導してくれたことを理解した。


「最後の最後までお世話になりました」

「ユータ、君は優秀だ。正直に言うと手放したくない。だが、旅立つことを決めた若者を引き留め飼い殺しにすることが正しいとは到底思えない。旅立ちの時を迎えようとしている君を鍛え、最後に少し背中を押してやる。これがジェームス・マクレーン、君のBOSSからの、選別だ」


 涙が出そうだ、耐えろ。耐えろ。


「Mr.マクレーン。お世話に、なりました」


 握手を交わし、「佐伯裕太の原点」である日本に行くことを告げると連絡先の交換を提案された。

 最高の上司との縁を切りたくないし、断る理由は欠片もない。喜んで連絡先を交換した。

 連絡先を交換している時に、「”ボークンババネロ”が欲しくなったら連絡するよ」と言われて思わず笑ってしまったが、湿っぽくならないようにする配慮には下げた頭が上がらない。

 また、空港で見送りをしたいらしく、飛行機の予約をしたら発着時間を教えるように言われたので約束した。

 本当に良い人だ。


 デスクの私物をカバンに詰め込みオフィスを出ていく。

 セキュリティ・ゲートを通り過ぎた瞬間、ミクロソフトに未練はないはずなのに思わず寂しさを感じてしまう。

 サブウェイの出入り口から次々と人が吐き出されてくる。

 昨日までは自分もその一部だったが、今はその人々の流れに逆らうように地下への入口に向かって進んでいることに、今までとは違う道を歩き始めたという実感を強める。


「…やっと家に着いたけど、とりあえず寝よう」


 自宅のドアを開け、後ろ手にロックをかけると一気に気が緩んでしまった。

 ショルダーバッグをベッドに放り投げ、自分の体もそのままベッドに投げ出すように俯せになる。

 帰国に向けて荷造りも進めなければならないが…


「今日は、いいだろ…」


 囁くような呟きを最後に意識が途切れた。



「体が痛いな…どんだけ寝てたんだよ」


 泥のように眠り、目が覚めてから体を伸ばしつつ窓の外を見ると、既に薄暗くなっている。

 長時間食事をしていないせいで空腹感が強い、というよりも、空腹が過ぎて痛い。胃酸が食事の代わりに胃を溶かしているような気すらしてくる。


「18時か。9時前には帰ったはずだから9時間以上か、流石に寝すぎだろ」


 どれだけ疲れていたのかと苦笑してしまう。


「腹も減ってるし、荷造りついでに冷蔵庫の中身を減らすか」


 普段は社内の食堂で食事していることもあり、元々冷蔵庫の中身は少ない。冷蔵庫自体も単身者用の小型の物だ。

 フライパンをコンロで火にかけ、ベーコンを広げて中火で焼く。

 ベーコンに火が通ったら卵を落として少量の水を入れて蓋をする。火力は弱火に変更だ。

 今のうちにお皿と食パン2枚を用意しよう。

 食パンには片面ずつケチャップをかけておく、自分で食べる分だし適当でいいか。

 お?フライパンの音が変わったな。コンロの火を止めて蓋を取る。

 湯気の中から出てきたのはカリカリベーコンエッグ、卵はちゃんと蒸し焼きだ。

 こいつを食パンで挟んで…


「完成だ。うん、美味い」


 お手軽サンドイッチを一気に食べ終え、ミネラルウォーターで喉を潤す。

 レタスがあれば歯応えの変化も楽しめたが、野菜は常備していないのでしょうがない。


「さて、腹も膨れたし始めるか!」


 荷造りから始まり、8月の暑さ四苦八苦しつつ慣れない雑多な手続きに頭を悩ませる。帰国後について思いを馳せながら実家への連絡やSNSでの近況報告を済ませ、もちろんジェームスには航空便の発着時間を連絡する。

 意外だったのは、実家にいる父と電話で話した時だ。小言の一つや二つは覚悟していたが、「後悔のないように頑張りなさい」と一言だけだった。俺の意思を尊重してくれたのが嬉しかった。


 スーツケースをゴロゴロ転がしながら向かった空港では、元BOSSのジェームスをはじめパトリックやキャシー等のチームメンバーに見送られ、感傷に浸りながらも別れを告げてゲートの向うへ歩を進める。

 何としても日本で事業を成功させ、ミクロソフトの皆と再開する時は胸を張っていられるようにしたい。

 そして、俺が勝手に「もう一人の父親」認定したジェームスに成長した姿を見せてあげたい。

 お世話になった人々の姿を思い描き、感謝を捧げ、飛行機はアメリカを離れていく。



 成田に降り立った俺は、飲み物でも買おうかと売店を探すために周囲をぐるりと見渡し、パニックに陥った。

 ブレーンシティのシナプスストリートでニューロン族が「ブドウ党」決起集会をしてそのままサエキ王国は転覆ユータ王は捕縛され愛馬のシーホースとともに髄液責めの刑に…

 帰ってこい、俺!現実を見ろ!理解しなくていいから!ていうかなんで拷問されるんだよ!


「先輩、元気ないデスね?」


 デジャブだ。


「…き、気のせいだよ。少し喉が渇いてるだけ。エミリーは日本で何してるんだ?」


 デジャブだ。


「私デスか?先輩が会いに来る予感がしたのでココで待ってたんデス」


 デジャブ、っていうか怖いんですが。


「…本当は?おい、目をそらすな」


 前にも言ったねこのセリフ。 


「ジェームスさんが、先輩が日本でやろうとしていることと飛行機の発着時間を教えてくれたので、私も退職して先に日本に来て待っていたんデス。因みに、飛行機の発着時間を私に教えるために先輩から予定を聞き出したそうデス」


 んん?デジャブじゃない?


「先輩が退職した翌日に呼ばれて、”ユータのやろうとしていることには君が必要だ。君にとっても面白い話だと思うが、どうかな。ユータと一緒に日本に行ってみるかい?”と聞かれたので、もちろんデス!と返事をしました」

「なるほどね、ちょっと待って」


 俺はエミリーに一言断りを入れ、スマートフォンをジーンズのポケットから取り出した。ロックを解除したら先日登録したばかりの番号に発信する。


 プルルルルルルル、プッ


『HEY!ユー…』

『ジェームスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!』

『What?!』

『感謝します!!』


 ホントに感謝します。

読んでいただき、ありがとうございます。

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