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(株)ダンジョン  作者: Nob4
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3 エミリー・クラーク

 入社後、俺はVR開発チームに配属され、仮想の世界が映し出されるゴーグル、所謂「VRゴーグル」を開発している。

付き合いやすい上司や、気のいい同僚に囲まれながらチャレンジングな日々だ。


 この分野は世界中の企業が参入し、現在の状況は過当競争ではないかと思っている。

そう遠くない未来、体力のない企業や他社との明確な違いを打ち出せない企業の撤退が始まり、業界の再編が進むだろう。


 業界や勤めている企業の思惑はさておき、自分のミッション「ゴーグルの薄型化」に取り組む。

 ラップトップのキーボードを叩き、チームメンバーのキャシーやパトリック他数名と意見交換を交わす。

煮詰まった時は、気分転換にOSやネットワークはたまたハードウェア等、他部門の友人に会いに行き、気分転換と同時に自分の知らない分野の知識を身に着けて視野を広げることにしている。


「先輩、元気ないデスね?」


 AI開発チームのオフィス前を通り過ぎようとした時、背後から流暢な日本語で話しかけられた。


「気のせいだよ、気分転換に散歩していただけ。エミリーは廊下で何してるんだ?」


 エミリー・クラーク。

 肩までのミディアムボブに緩くパーマのかかったブロンドに碧眼、”ブロンドヘアー”に”碧眼”と日本人が欧米人に夢想するステレオタイプな外見、少しタレ目なのが髪型にベストマッチしてかわいい。

だが、なぜか俺のことを先輩と呼び、驚異的な語学力で1ヶ月で日本語をマスターした天才だ。

AI開発に役立つかもと、脳波測定用の器具を装着して日本語習得中の自分脳波をモニターしながら勉強したらしい。

 ふんわりとした雰囲気とは裏腹に、少しばかり頭のネジが飛んでいるタイプだと個人的に思っているが、フレンドリーなので社内のほとんどの人間と交流がある。


「私デスか?先輩が会いに来る予感がしたのでココで待ってたんデス」

「…本当は?おい、目をそらすな」

「ジェームスさんに”うめー棒めんたい味”を握らせて先輩の位置情ほ…」

「BOSSゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


 スナック菓子で部下を売り渡したジェームスの髪(神)を毟ろうと、駈け出そうとしたが止められた。


「ジョークデス!ジョークデス先輩!」


 エミリーは上目遣いにシャツの裾を掴んでいる。


 うん、かわいい。

 いやいや!落ち着け俺!BOSSの仕掛けたハニートラップに違いない!


「ふー…、一体何なんだ?」

「ジェームスさんに頼まれたんデス。先輩に元気がないように見えるから、日本語で相談に乗って欲しい、と」


 BOSS。毟ろうとしてしまった俺を許して下さい、あなたは最高のBOSSです。

 英語での会話に支障はないけれど、やっぱり母国語での会話って落ち着くから話しやすくなったりすることもあるんだよね。

 BOSSの心遣いとエミリーの優しさに少し、甘えることにした。


「エミリーは毎日が充実しているか?」

「そうデスね、色々と新しいことに挑戦できるので充実していると思います」


 社内のカフェスペースに移動し、丸テーブルにカフェオレを二つ置いて三人掛けのソファーに二人で腰かけている。

隣のエミリーはゆっくりと、言葉を選びながら俺の目を見つめて答えてくれる。


「魂は震えているか?」

「?…先輩の言ってることはよく分からないデスけど、多分違います。確かにAIは私が興味を持っている分野デスけど、ココでAI開発をしているのはあくまでビジネスなので、やり遂げた時に達成感や充足感はあっても、先輩の言う”魂が震える”という感覚ではないデス」


 エミリーは凄いな、そう、大事なのはそこなんだよ。

 俺も「Second World」の影響を受けてこの世界に進み、興味のあるVRに携わっているが、BOSSをはじめチームのみんなと困難なミッションをやり遂げたら達成感や充足感に満たされる。

でも、そこで終わりなんだ、その先がない。


「俺もエミリーと同じだよ。その時々は満たされるけれど、それ以上がない。上っ面の感情であって心の底から燃えているわけじゃない、魂が震えていないんだ」


 恥ずかしがらずに自己表現するのはアメリカ暮らしで慣れた、どんどん言っちゃおう。


「BOSSは気付いていたみたいだけど、今の俺は燃えていないし魂が震えていない。VRじゃダメなんだ」


 よーし、言っちゃた、ついに悩みを打ち明けたぞ、それにしても態々お悩み相談に付き合ってくれるなんてエミリーはいいやつだな。


「因みにデスけど、」


 俺の目から視線を外さないでいたエミリーが、少しばかり目に力を入れて話し始めた。何か決意をしているように見えなくもない。


「実は、私は心の底から燃えて魂が震えているものがあります」


 え?マジで?エミリーに興味が湧いてきた。


「聞かせてもらっても?」

「はい。日本のアニメと漫画デス」


 エミリーはオタクでした。

 これはあれか?俺を先輩と呼ぶのも日本のサブカルの影響で、俺が社内で唯一日本語を話せる男性だからか?

 OK、俺よ、COOLに決めろ、キリッとな。


「そうか、なるほどね、納得がいったよ」

「馬鹿にしないんデスか?」

「特にエミリーが馬鹿にされるような話ではなかったと思うけど?多分だけど、エミリーが日本語を覚えた理由もそこにあるんじゃないかな?だとしたらそれは本物の情熱と愛だよね、別に悪いことをしているわけじゃないし、人を貶める理由にはならないだろ?」


 一気に言い切ったあと、無言が支配する。

 エミリーはといえば、瞬きを忘れてしまったかのように両目を見開いて俺を見つめている。

 これは多分あれだな、馬鹿にされたことがあって周囲には隠していたんだろうな。

 心の内を晒した俺に触発されて自分も言いたくなっちゃったんだろう。


 俺の悩みを聞いてもらう場じゃなかったっけ?

 ま、すっきりしてもらってから流れを戻せばいいかな。


「個人的な意見だけどね、そもそも何故アニメや漫画を馬鹿にする必要があるんだ?絵本・小説・詩・演劇・映画・ドラマ・音楽・絵画、他にも色々あるけど全部同じじゃないか。」


 エミリーは右手を顎に当て、右肘を左手の平で支えて真剣に考えている。

 かわいい。


「表現者が思い描いた世界を様々な手法でこの世界に生み出した、作品だ」

「表現手法の違いデスね?」

「正解。どの手法で作られたものでも、駄作・良作・傑作がある。俺は今、VRという手法で俺の世界観を表現することに限界を感じている状態なのかもしれないな」


 …?ちょっと強引に俺自身の話題に持っていこうとしたら、自分の言葉に何か引っかかった。


「先輩、付いて来て下さい」

「え?」


 意識を自分の中に向けていたら、エミリーが左腕の袖を引っ張り始めた。

 なになに?あざいけどかわいいから許す。

 だから、袖と一緒に俺のチェリーハートを引っ張らないで欲しい。


「あ、カフェオレ…」


 俺の呟きは無視され、小柄なエミリーに引きずられるようにソファーから引っ張り上げられてしまった。

 

 二人がいなくなったカフェスペースの丸テーブルで、しばらくの間二筋の湯気が揺らめいていた。

エミリー「かわいいデスよね?」

裕太「読んでいただき、ありがとうございます。励みになるので、よろしければ評価もお願いします。」

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