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俺の人生、ニューハーフ!?  作者: 喫茶店ラギ
第二話 『性と生徒』
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2-1

やっと、色んなキャラが登場し出します。第二話開始です。

 後の祭りという諺がある。既に起こってしまった事実に対して今更何を言っても遅い、大体そんな感じの諺だ。学校へと足を運ぶ今、俺の頭の中にはその諺が浮かんでは消えている。気を紛らわそうと思って流した好きな洋楽も、イヤホンから飛び出しては鼓膜に弾かれてしまい俺の頭までは届いてくれなかった。


 キルケゴールだったかな。倫理の本に出ていた偉人の言葉に、絶望とは死に至る病である、的な事が書いてあった気がする。成る程確かにその通りだ。余りに深い絶望は当人の心を死に至らしめる。その時の俺も心を殺されて、無気力状態に陥っていた。何もする気が起きなかった。ただ馬鹿みたいに、不幸ここに極まれりと我が身を恨み続けていた。


 因みに面接は合格し、俺は晴れて黒光山高校の生徒となった。それからも忙しかった。新しい教科書を揃え、体操着を買い、簡単な学校見学をし、通学路を確認した。黒光山高校は俺の家から二駅離れた所にある。最寄りの駅から更に十分程歩くと辿り着く。


 黒光山高校の制服は黒いオーソドックスな学ランと、白地に水色の襟と朱色のリボンを付けたセーラー服に分かれている。シンプルながらバランスの整った制服は校外からも評判が高く、特に女子のセーラー服は圧倒的な人気を誇るらしい。


 とはいえ、俺はまだそのセーラー服を拝むことが出来ていない。転校生である俺は始業式後に学校に来るように言われている為、通学路に生徒がいないのだ。まあ、ある意味良かったかも知れない。オカマクラスの絶望に心を殺されてしまった俺には、普通のクラスに通う生徒は眩しすぎる。


 足下を見ながら歩いていると、いつの間にか校門を通りすぎていた。下駄箱を通り、職員室へと向かう。既に俺の話は回っていたらしく、職員室に入るなり留守番をしていた老年の先生が隣の待合室へと誘導してくれた。椅子と長机があるだけの簡素な部屋だ。


「始業式が終わったらクラスの子が迎えに来てくれるから、それまでここで待っててね」


彼はそれだけ言い残して待合室を後にした。部屋を出る間際俺の事を不思議そうな目で見ていたが、俺

は気付かない振りをしていた。大方、オカマクラスの人間が物珍しいのだろう。もしかしたら俺の事を女だと思っていたかもしれない、そう思うと身震いがする。


物音のしない部屋で目を瞑って時間を潰していると、遠くの方がガヤガヤと騒がしくなり始めた。どうやら始業式が終わったらしい。大量の人の声と、足音。それが段々と近づいてくる。


 耳を澄ます。どうやら大半、というか全部男の声であった。だが男共がガヤガヤしているにしては随分と声が黄色掛かっている。がはは笑いもない。いや、むしろウフフ笑いの声が聞こえる。嫌な予感がして、背筋が冷たくなり始めた。


 しばらくして、その集団が部屋の横を通り過ぎた。扉から見える廊下は、厚化粧を施しセーラー服を着込んだむさい男共でごった返していた。


 俺は気を失いかけた。




 邪教の集団が去って数刻、俺は扉がノックされる音で我に返った。びっくりして扉を見る。多分お迎えが来たのだろう、そう思った俺は半ば放心しながら扉を開けた。


 そこから入ってきたのは長身の女性だった。軽くウェーブが掛けられたロングヘアーは茶に染められ、高い鼻、切れ長の目は年上の美人を感じさせる。首や手は女性にしてはがっちりしているが、それもまた魅力の一つに見える。


 そうだ。俺は今日から共学の高校で新しい人生を歩むんだ。この人は多分俺が入る事になっているクラスの学級委員であろう。そうだ。俺はそういう学校生活を望んでいたんだ。仕事の出来る美人な学級委員がいて、ちょっとやんちゃな友人がいて、少しお馬鹿だけど憎めない幼馴染みがいて、そんな学校生活を送るんだ。


「こんにちは。あなたが転校生のミズキちゃんね。歓迎するわ」


 だが美人な学級委員の声は、俺よりも数倍低くて渋みのあるものであった。


「アタシはOの1の学教委員、ラ・フランスよ」


 美人な学教委員は人間ではないらしい。


「皆からは姉御と呼ばれているわ。どうぞ宜しく」


 差し出された手は、女性にしては随分と骨張ったものであった。


「さ、早くクラスに行きましょう。皆オカマクラスは千客万来、いつでもメンバー募集中よ」


 少し強引に手を繋がれ、俺は扉の外へと引っ張られた。そのまま走り出すラ・フランスに手を引かれて、俺は足をもつらせながら前へと歩き出した。


 ああこれだ。そうなのだ。出会いはこれくらい強引な方が良い。ほら前を見てみるんだ。彼女が走る先は、こんなにも光り輝いている――


「――わけあるかぁ!」


 唐突に正気に戻った俺は彼女の手を払うと、ふらつきながらも目の前にいる少女を睨んだ。


「危うく騙されたまま一生を遂げるところだった。危なかった」

「どうしたのよいきなり」

「どうしたもヘチマもあるかボケ。化粧男と繋ぐ手なんざ、持ち合わせちゃいないんだよこっちは!」


 怒鳴りつけられた少女――の姿をした男は、理解が出来ないと首を傾げた。


「お前のことを言っているんだよ女装男!」


 俺が指を差して罵倒すると、やっと納得がいったのか手を叩いた。


「まあ、化粧男ってアタシの事だったのね。そうよね。男の人はお化粧なんてしないから、薄化粧でもケバく見えるのよね」


 今度はこちらが首を傾げる番だった。


「あなたの姿に比べたらアタシもまだまだだけど、でも、他人の事をそういう風に言っては駄目よ。見た目の善し悪しはあれどアタシ達は仲間なんですから。助け合わないと。アタシより化粧の濃い女の子だってウチのクラスには沢山いるもの」


 ちょっと待て。何か重大な誤解を受けている気がする。


「オカマクラスは圧倒的に女子が多くてね。みんな待ちわびているのよ。男の恰好をした子が来てくれるって」


 こめかみを冷や汗が流れた。目の前の女装男子ラ・フランスは、天使のような微笑を浮かべている。


「改めて歓迎するわ、尾鎌ミズキちゃん……いいえ、ミズキくん。運命に抗い男の姿を選んだあなたは、もう立派にアタシ達の仲間よ」


 瞬間、俺は踵を返し、ラ・フランスとは反対側に向けて走り出した。とにかく逃げたかった。


 どうやら俺は男装女子だと勘違いされているらしい。ここで彼女、じゃなくて彼について行ってしまったら、俺はもう取り返しがつかなくなってしまう。けどだからといって面と向かって実は書類ミスでしたなんて言えない。結果、パニックに陥った俺は現実逃避に走ってしまったのだ。

 

 息を切らしながら全力で廊下を走る中、不意に、視界の端に何かが映り込んだ。


「あら追いかけっこ? アタシも追いかけっこ好きよ」


 声にならない悲鳴をあげる。隣では笑顔を張り付かせたラ・フランスが涼しい顔で併走していた。こちとら息も絶え絶えだってのに、野郎眉一つ動かさずにぴったり真横についてきているのだ。


 もう足が駄目になってもいい、そう覚悟して更に速度を上げようとしたその時、俺の目の前の風景が反転した。一歩遅れて体に掛かる重力も逆さまになる。投げられた、そう気付いたときには既に、俺は背中を床へと叩き付けていた。


 強烈な背中の痛みですぐには目を開けられなかった。廊下の床で丸くなり、痛みに悶絶した。しばらくして多少痛みが引くと、後ろから肩を叩かれた。涙目になりながらそちらを見やる。


「でも、廊下は走っちゃだめだぞ」


 中腰になってこちらに手を差し伸べながら笑顔で注意してくれるラ・フランスを前に、俺は敗北を認めざるを得なかった。

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