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俺の人生、ニューハーフ!?  作者: 喫茶店ラギ
第一話 『お前はどちらなのか』
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1-4

 俺にしては珍しく、その日は夢を見た。それも素っ頓狂な夢だった。夢の中の俺は数年前に去勢したニューハーフになっていた。しかも世界でも有数の美を持つニューハーフだ。そして夢の中の俺はその日、風の噂で、去勢されたはずの自分の何某が極秘ルートを伝ってクローン技術開発局に悪用されている事を知った。


俺としては自分の何某がそのような悪事に荷担しているなど到底許せる話ではないわけで、早速その開発局を襲撃、襲い掛かる大量の自分を蹴散らして遂に我が相棒の奪還に成功する。


だが悲しいかな、自分は既にニューハーフ。棒とはおさらばした身。俺は数年ぶりに再会した自分の何某を断腸の思いで海へと投げ捨てる。するとどうだろうか、俺の何某が沈んだ付近から白い泡が大量発生、それらは互いにくっつき合い、瞬く間に俺の父を作り上げてしまった。

 

この後夢の中の父が異世界転生をする話もあるが、それは長くなってしまうので割愛しよう。


こんな夢を見てしまったからなのか何なのか、夢から覚めた俺は黒光山高校の教育改革の事を綺麗さっぱり忘れてしまっていた。父も会社の手続きが忙しいらしく、転校に必要な書類以外黒光山高校についてはノータッチだった。


 それが幸か不幸か、俺は特に躓くことなく勉強を進めることが出来、万全の状態で編入試験当日を迎えることが出来た。既に引っ越しは終わっており、俺は新しく住むことになったアパートを出て父と共に学校へと向かった。


 黒光山高校はいわゆるマンモス高と呼ばれる類の所で、その生徒数は千に届きそうであるらしい。その為か校舎もまるで城のような風体をしており、前いた田舎高校の勘が抜けきっていない俺にとってはとても新鮮に感じられた。その反面少し怖くもあった。古びた校舎に慣れた俺にとって、コンクリートで囲まれたこの近代的な高校はとげとげしかった。


 この学校はA、B、Cの三つの棟から構成されている。それぞれの棟は四階建てになっており、真ん中のB棟はA、C棟を繋ぐ橋の様な位置にある。丁度上空から見るとアルファベットのHの形をしていることから、地元の間ではヘリポートなどと揶揄されているらしい。A、C棟は教室、B棟は職員室などの特別教室が多く配置されており、正門から見てB棟の奥にそこそこ大きな食堂があるらしい。


「さ、入るぞ」


 スーツを着込んだ父に背中を押され、俺は荘厳な校門をくぐった。鼓動が少しだけ速くなる。転校に慣れてはいても、新しい学校に一歩足を踏み入れるときのドキドキは変わらない。


 そしてそのドキドキは、校舎に入るなり早々打ち砕かれることとなる。


「――済みません、もう一度お願い出来ますか?」


 父は動揺をなんとか隠しながらそう尋ねた。俺は背筋が冷たくなるのを感じながら、目の前の男性――試験監督の言葉を待った。


「ええ……やはり、()(かま)ミズキさんの名前はこちらでは伺っておりません。ミズキさんの分の編入試験の席はございません」


 試験監督はさっき言った言葉を反芻した。俄に信じ難いが、なんのミスがあったのか編入試験受験者に俺の名前が見当たらないらしいのだ。怒りというか、絶句が俺達を包んだ。


「そ、そんなはずはない。きちんと手続きの書類は出したし、その確認書も貰った。そちら側のミスじゃないのか?」


 父は半ば叫び気味にそう捲し立てた。試験監督はそれを宥めると、頭を掻きながら校長に確認をしてみると言い、その場から離れてしまった。それを見ていた父は、不意に俺の背中を軽く叩いた。


「安心しろ。なんとかしてやるからな」


 父のこめかみにはうっすらと汗が滲んできていた。背中に添えられた父の手が微かに震えている気がして、俺は父へ頷いて返した。


 しばらくして、小走りで試験監督とスーツを着込んだ老人が廊下の向こうからやって来た。老人は俺達を見るとすぐに頭を下げて事情を説明した。


「いやはや済みませんでした。こちらの手配が足りませんでした。ミズキ君の編入試験は校長室でやることになっていまして、それをお伝えするのを忘れていた次第です。校長として、深く、お詫び申し上げます」

「校長室で? なぜウチの子だけ特別扱いなのですか」

「分かります。その気持ちは分かります。ですがその……世間体というものも考えると仕方が無いのですよ。ご理解ください」

「世間体? 何の事です」

「まあまあ、詳しくは校長室でお伺いしますので」


 校長はそう言ってお茶を濁すと足早に校長室へと向かった。俺と父は怪訝な表情のまま、校長を追いかけるしか出来なかった。


 流石私立と言った所だろうか、校長室の造形はやけに凝っていた。茶色をベースとした色使いの室内は典型的な校長室としての作りを保ちつつ、そこかしこに細かな意匠が見て取れた。目の肥えていない俺でもここに置いている調度品が大分高価な物であることは感じ取れる程だ。


その中央に置いてある木製の机の上座に校長は座り、俺達を対面に座るよう促した。ソファもふかふかだ。余りの座り心地の良さに、俺はここに来た理由を軽く忘れそうになってしまった。


 校長は付き添っていた試験監督を現場に戻らせると、長い溜め息を付いた。それからこちらを向いた。


 見事なビール腹をスーツで締め付けている校長は、俺達に茶を勧めた後、その口火を切った。


「まずそちらの尾鎌ミズキさんですが、今日はここで面接をする事になっております。学科試験は免除、面接だけで編入の合否を判断させて貰います。ああ、ご安心ください。ここにはあなた方と私しかおりません」

「面接?」


 父が怪訝な表情でそれに応じる。校長は視線を俺へと移した。年相応に霞んだ瞳が俺を覗き込む。威圧感のあるその視線を目の前に、俺は全身が強張るのを感じた。


「お名前を聞いても宜しいかな?」

「……尾鎌ミズキ、です」

「ふむ、本名を名乗るのか。常識があって良い子だ」


 どういう意味だ、そう問うより前に、校長が質問を続けてきた。


「ミズキ君は、今の自分に満足しているかい?」

「……質問の意味が分かりません」


 本当に意味が分からなかった。それともこういった答えの無い質問をする事で思考力を見ようとしているのだろうか。もしそうだとしたら今の返答は大分マズいではないか。


 いや、それより、さっきから何かが引っ掛かって仕方が無かった。高校側の不手際はあったにしろ、こ

こまで話が噛み合わないのはおかしい気がする。学校側が何かを隠しているのか、それとも俺達が何かを誤って理解してしまっているのか。


 そう言えば俺は父が受け取った学校側からの書類をきちんと読んでいなかった。見落としがあるのかも知れない。だがそれを父に伝えようとした時、それを遮る様に校長が口を開いた。


「ごめんね、分かりにくかったかい。きちんと言い直すよ――ミズキ君は、今の自分の性に満足しているかい?」


 その言葉を聞いた瞬間視界がぐらついた。喉は誰かに絞められているかのように呼吸をしてくれなかった。性? 性だと? 過去の記憶が悪寒となって俺を襲った。気付けば俺は額に汗を滲ませながら立ち上がっていた。


「それは……と、父さん!」


 急に名前を呼ばれた父がびっくり様子で反応した。


「な、なんだ?」

「書類。学校から貰った書類。今すぐ見せて!」


 俺は叫ぶようにそう言うと、父が鞄から取り出した封筒をひったくるようにして取って、中身を机にぶちまけた。片膝を付いてしゃがみ込み、ぶちまけられた紙の束を物色する。これは校長からの手紙、違う。これは学校紹介パンフレット、違う。こっちの小さいのは領収書、全然違う。


 この少し固めの紙は――俺が編入するクラスなどについての書類、これだ。


「これだ……これに全部書いてある。ええっと、生徒番号は072145、出席番号は07、そして所属クラスは――Oの1! ……ゼロのいち?」

「ああ、紛らわしいけど、それアルファベットなんだ。大文字のオーだよ」


 俺の奇行に戸惑いつつも、校長がそう指摘してくれた。汗が頬を伝う。O? それは何かの頭文字なのか? ダイイングメッセージか? 犯人の名前か? 地下から現れる巨大ロボットか何かか?


「オー? 何の?」


 校長は何かを察したらしく、優しく微笑むと俺に着席を促した。叫び疲れた俺は乱れる息を整えつつゆっくりとソファに腰を下ろした。隣の父は突然の俺の行動に腰を抜かしたのか、口を開けたまま俺を見

ていた。そんな父を一度睥睨して、俺は校長へと向き直った。


 校長は俺達二人を確かめるように見た後、一つ咳払いをした。


「――オカマの、Oですよ」


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