表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の人生、ニューハーフ!?  作者: 喫茶店ラギ
第一話 『お前はどちらなのか』
2/35

1-2

 その日の事はまだ鮮明に覚えている。まだストーブが欠かせないくらい寒い、二月下旬の事だったと記憶している。仕事を終えた父が珍しく父のまま夕飯を作ったのだ。俺はその時から嫌な予感がしていた。


 さっき説明したとおり、俺の父は母にもなる。普段は仕事中に男、家事をしているときは女、くつろいでいるときは気分次第で父にも母にもなるのが我が家の父のセオリーなのだが、何かしら厄介事がある時はその限りではなく、とても不安定な変化の仕方をする。特にそれは仕事絡みの事が多い。


 簡素だがそこそこ美味いチャーハンを二人で食べていると、急に父がレンゲを置き、居住まいを正して俺を見た。それだけで、俺には父に何が起こったのかを予想することが出来た。だが俺は何も言わずに父の言葉を待った。


「ミズキ」

「ん」

「大事な話がある」

「そうっぽいね」

「また転勤することが決まった」


 俺は父の言葉に一瞬だけ手を止め、そして再びチャーハンを食べ始めた。


「……そうっぽいね」

「本当は来月にでも移るんだが、会社側に無理言って少しだけ遅らせてもらった。お前の転校は丁度来年度からになる。済まんが、高二からは学校が変わることになる」


本当にすまん、そう言って父はテーブルに手をつき頭を下げた。チャーハンを食べ終えた俺は何食わぬ顔で食器を流しへと持っていき水を張った。


「別に気にしてないよ。それだけ父さんが頼られてるってことでしょ。で、今度は何処に行くんだ?」

(おと)()市だ。ミズキには、そこにある(くろ)(みつ)(やま)高校に転校してもらう」

「乙子市……ね。分かった」


 俺はそのまま流しを離れて自分の部屋に向かった。心なしか足が重く感じた。


「ごめん父さん。疲れたから部屋で休むわ」


 それだけ言い残して、俺は部屋のドアを閉めた。


 四畳半の俺の部屋の四分の一程を占めているベッドに寝転がり、俺は何をするでもなくスマホを開いた。友人からのメッセージが少し溜まっていたのでそれを流し読みする。数分後には忘れてしまいそうな程どうでも良い内容だった。俺は未読メッセージをざっと読んだ後、スマホを机の横のバッグの中へ放り投げた。脱力した四肢を広げて仰向けに寝て、ただ白いだけの天井を眺めた。


 転校なんて慣れたものだ。だからこれといって何も感じない。そんな自分がいつも嫌いだった。その土地に何の思い入れも無く、その土地で出来た友人とも転校してしまえばもう接点は消えてしまう。中高生の友情などそんなものだ。会えなければそれまでの関係。一年そこそこ程度の交友期間ではその程度が限界なのだろう。


 物が少ない自分の部屋を見渡す。これといった趣味の無い俺の部屋は本もCDも殆ど無く、病室の様な殺風景極まりない体をなしている。机の端に転がっている携帯ゲーム機も流行りのゲームを知っておくためだけのものだ。自分の部屋を見る度に自分が無趣味でつまらない人間だと思い知らされる。だが辛くはなかった。辛かったら、とっくに改善しようと努力している。


「荷造り、しなきゃな」


 俺の荷物だけであれば数時間もかからずに荷造りなど終わるだろう。ベッドから降りた俺は取り敢えず机へと向かった。そこで、部屋の隅にまだ開けてすらいない段ボールがあることに気付いた。別に荷造りなど今しなくても何も困りはしない。俺は暇つぶしにその段ボールを開けてみることにした。


 段ボールの表面は薄く埃を被っていた。ティッシュでそれを拭き取ってからカッターでガムテープを切り、こじ開ける。中には本が大量に入っていた。


 一冊を手に取ってみる。表紙を見る限り、どうやら中学校の時の教科書のようだった。他にも数冊確かめてみたが同じだった。つまりこの段ボールにはもう使わなくなった教科書類が詰め込まれているのか、俺がそう思いながら中身を引っかき回していると、教科書よりも大きく硬い物を見付けた。


 それは中学校の卒業アルバムだった。俺は懐かしくなり、ベッドの上にそれを広げた。もう殆ど顔など覚えていなかったが、捲っていく内に段々と当時の記憶が思い出されてきて面白かった。俺の記憶が正しければ、この中学校にいたのは最後の一年間だけだったはずだ。


 そう言えばこの中学校は何という名前だっただろうか。俺はふと気になり表紙を見やった。


「……乙子中学校」


 表紙にはそう印字されていた。乙子中学校。その文字の上には、ご丁寧にも乙子市立と書かれている。


 俺はアルバムの中で自分のクラスのページを開き、そこにある他の生徒の顔を見た。どうして今まで忘れていたのだろう。俺は二年前、この乙子市にいたのだ。俺が行くことになっている黒光山高校も乙子市だ。可能性こそ低いが、昔出会った事のある人間と再会するかも知れない。


 そう思うと少しだけ嬉しくなった。だが同時に不安や恐怖も感じた。その全てが愛おしかった。ここ最近、何かを待ち遠しいと思ったことなど無かったからだ。


 一つの事を思い出すと他の記憶も芋づる式に掘り起こされるもので、俺は転校するようになってからの各地での思い出を断片的に思い出しては、懐かしがった。もしかしたら他にもアルバムがあるかも知れない。俺は段ボールの中身を全部ひっくり返して探してみた。


 そうして俺はある答えを見つけ出した。


 どんなに転校しても、貰えるアルバムは一つしか無いのだと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ