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俺の机は窓際に隣接しており、四月の初めであるこの時期は丁度良い塩梅の日光がそこから差し込んできては、俺をお昼寝へと誘っていく。その日も俺は睡眠欲を大いにむさぼる学校生活を送っていた。
そうして気持ち良いうたた寝を続けていると、不意に肩を叩かれた。目を擦りながら顔を上げる。そこには長身の美少女が俺の顔を覗き込むような体勢で立っていた。目鼻立ちのくっきりとした、まさに美人といった感じを匂わせる女である。彼女は俺が起きたのを見て顔を綻ばせた。
「ほらミズキ、起きて。次は移動教室よ」
その口から発せられた声は、男である俺よりもずっと低かった。
「ミズキは本当によく寝るなあ」
ケタケタと笑いながらそう言ったのは、俺の後ろに立っていた少年だった。身長は低めで、柔らかそうな黒髪と長いまつげ、大きい瞳が特徴の中性的な顔立ちをした男だ。このクラスにおける、俺の唯一の男友達だった。
目を擦りながら教室を見渡す。教室内には女子用の制服であるセーラー服に身を包んだ、男勝りな体格の少女達が我が物顔で闊歩していた。趣味の悪い悪夢を見ているような気がして俺は溜め息をついた。慣れてきたものの、嫌なものは嫌なままだ。俺は憂鬱な気分のまま重い腰を上げ、教室を後にした。
以上が、俺がこの学校に転校してから一週間程経った頃の心境だ。これを見ただけではただのハーレムに思えるかも知れないが、とんでもない。逆だ、逆。
まあ、それは置いておこう。まずは初対面なのに突然昔話をしてしまった事を謝らせて欲しい。きちんと理由はある。それも追々話していくとしよう。
俺だってただ不幸自慢がしたくって高校生の頃の記憶を蒸し返しているわけじゃない。あれだ。失ってやっと大切さに気付いたってあるじゃないか。丁度あんな感じた。多分君は中高生の頃、クラスの扉を開ければ同性の友達がいて、他愛の無い世間話で盛り上がることが出来る環境にいただろう。扉を開ければいつもの友達がいる。その現象に慣れすぎていて、それがどんなに幸せなことかを実感したことは余り無いと思うんだ。
いや違うよ。転校して友達が居ないまま高校生活を過ごしたとか、そんな事は無いさ。手前味噌にはなるが友達を作るのはわりかし得意な方だったからな。父親の仕事柄転校が多かったから鍛えられたんだろう。
まあそう急かすな。ちゃんと話すから。それで俺は高校二年生の始めに何度目かの転校をした訳なんだが、そこで少し問題が起こった。
所で話は変わるんだが、君はオカマというものをどう思う? ……ああ、それが一般的な意見だな。まあそれというもの、俺の父親はそのオカマとやらでな、幼い頃から父親と母親の一人二役を演じていたんだよ……だけど、問題はそこじゃあないんだ。
解ったって顔をしているな。ああ、多分君の想像している事が起こったんだよ。
それじゃあ初めから見ていこうか。俺としては恥ずかしい昔話だけど、きちんと伝えておきたんだ。
案外気付かない大切なものと、それを手に入れるのが、どれだけ奇跡的なものなのかを。