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4.人形の墓

 看護師のいつもの小言は、耳に入らなかった。

 病室に入ると、祖母は驚いてベッドから降りてきた。

「どうしたの、そんな泥だらけで」

 祖母が驚くのも無理はない。わたしはお墓で土を掘り返したそのままの姿で訪れたのだ。どおりで、電車でもバスでもちらちらこちらを見る人がいたわけだ。

 だけどわたしには、そんなことを気にする余裕はなかった。

 くるんだ上着をひらき、ミナコちゃんの頭部を、人形のかしらを見せる。

「おばあちゃん。これ、ミナコちゃん」

 祖母はじっとそれを見、手を合わせた。

 手を合わせて、拝んだ。


 ミナコちゃんは、人形だった。

 姉が生まれるとき、喜んだ祖父が大きな市松人形を作らせたのだそうだ。

 姉の出生予定日に合わせて人形は届けられたが、姉はそれから一週間も経ってようやく生まれた。六月予定が七月まで延びたために、つけるつもりだった名前が合わなくなってしまった。

 七月生まれの姉の名は、文月(ふづき)

 そして六月、水無月(みなづき)から採った水無子(みなこ)という名は、先に届いた市松人形に与えられた。

『だから水無子ちゃんは、文月のお姉さんだったのよ』

 懐かしむように、いとおしむように、祖母は水無子ちゃんの髪をなでた。

 水無子ちゃんは、ひとりっ子だった文月の姉であり友達だったのだろう。子供の頃の文月は、いつも水無子ちゃんと一緒だった。ちょうど写真に残っているままに。

 わたしが生まれても、水無子ちゃんは姉と一緒だった。というのも、水無子ちゃんは大きな日本人形であったので、幼いわたしの手に余った。

 そんな日々が、あるとき終わった。

 両親を一度に喪い、わたしたち姉妹と水無子ちゃんが祖母の手に残された。わたしはまだ四歳、姉も中学校に入学したばかりだった。

 両親を墓に納めたあと、水無子ちゃんの墓を作ると言い出したのは、姉だ。

 祖母の反対を押し切り、姉は水無子ちゃんを埋めた。

 姉とも友とも思い、生まれてこの方ずっと一緒だった人形を葬ったのだ。

 姉の部屋で、小泉八雲の本を数冊見つけた。その中に、人形の墓という話があった。同じ年に家族が二人死んだら、三人目を連れて行かれないようにわらで人形を作り、丁重に葬るという風習のある地域があって、けれど貧しさのために人形を葬れないまま三人目も亡くし、一家離散した娘の話だった。

 姉は、本好きのおとなしい子だったという。実際、中学校の図書室で姉の名の残った図書カードをいくつも見た覚えがある。

 十二、三歳の多感な時期。姉がそれまでに読んだ本の話に影響されたとしても不思議ではない。

 姉は恐れたのだ。

 わたしと姉と祖母。この中の誰か一人でも欠けたら、もう家族でいられなくなるのだと。

 だから姉は、水無子を葬った。

 姉である水無子を犠牲にして、わたしたちを守ろうとしたのだ。

 それなのに。

 わたしは愚かだった。

 確かめもせず、思い出しもせず。ただ姉を(いと)うた。

 姉は、わたしにたくさんの愛情を注いでくれていたというのに。長いあいだ、黙ったまま、ずっと。

 香月(かづき)というわたしの名も、姉がくれたものだった。

 二月に生まれたわたしの名を、両親は随分悩んだらしい。如月では女の子らしくない、でも姉の文月と関連性を持たせたい。そんな折、八歳の姉が言ったのだそうだ。

 わたし、二月は好きよ。

 だって、水仙も梅も沈丁花も。香りのいい花は二月に咲くのだもの。

 それで決まりだった。

 姉は、わたしが生まれる前からずっと、わたしを愛し、守ってくれた。

 それなのにわたしはこどもで、愚かだった。

 わたしは、姉が苦手だったのではない。姉が恐ろしかったのだ。人形を埋める姉の姿を、こころのどこかで覚えていたのだ。記憶の外で姉を忌避していたのだ。

 そしてそのまま、喪った。


 昨日、文月の四十九日を終えた。姉は正式にあの世のひととなった。

 それに併せて、水無子ちゃんを葬り直した。

 宝石箱はクラレット色のベルベット張り。お気に入りのそれを骨壷に見立て、水無子ちゃんのかしらを納めた。水無子ちゃんをくるむ桃色ちりめんの着物は、ポリエステルだけど、祖母とふたりで縫った。

 二十年もの間、土の上と下とで会話していた姉たちは、いまや同じ墓石の下に眠っている。墓石の下で、ふたりの姉はどんな会話を交わすのだろう。

 そして。

 わたしはようやく姉の部屋を片付け終えた。

 この部屋には、姉の記憶は最早ない。すべてわたしが持ち帰る。

 でも、空っぽの部屋の鍵を掛けようとした瞬間。


 閃いたのは、光ではなく影。

 揺れたのは、想いでなくこころ。


「おねえちゃん」

 届かないと知りつつ、姉を呼ぶ。

 こたえを求めて姉を呼ぶ。


 もう届かない。

 もう声は返らない。

 もう扉は開かない。

 彼女は振り向いてくれない。

 こたえてはくれない。

 でも。


 もしも。


 また同じことが起きたら。



 わたしは、そのとき。

 どうするだろうか。


                  <Fin.>


ホラーというより、怪談風味でした。

(だってホラー怖いし! スプラッタ怖いし!)


小泉八雲の「人形の墓」を読みたくなってくださったなら、幸いです。

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