3.弾劾の標
翌日。わたしはお墓に向かった。
お墓は、昔すんでいた家の近くの高台にある。そこには、父と母、それと会ったことの無い祖父が眠っている。
そしてつい先日、そこに姉の骨を納めた。
墓地は静かだった。
団地のように並んだ墓石の群れの中に、我が家のお墓はちんまり坐っている。
金ぴかの仏具、白い卒塔婆とくっきり黒い墨書き、まだ形のはっきりした線香の灰。角が立って刻み込んだばかりと一目でわかる文字。
誰もが、ここに新たな死者が入ったことに気づいただろう。といっても、そんなお墓はここに来る度に何基も見た。
人が死ぬことはさして珍しいことではないのだ。人が生まれるのと同じくらいに。
そう感じた。
ためいきをついたのは、荷物が重かったためだ。お墓参りには、結構腕力と体力が要ると気づかされた。
手桶に水と御花、手提げには線香とロウソクとライターとお供物と。
そして、きょうは。近所の百円ショップで、小さなスコップを買って持ってきていた。
何人か遠くを歩く人の姿は見かけたけれど、我が家のお墓のあたりは、誰もいない。心のどこかで安堵しながら、わたしは荷物を降ろし、掃除を始めた。
砂と埃を払い、灰を除き、供花を換えた。水を注ぎ、買ってきたオレンジを供えると、結構さまになった。あとはお線香をあげるだけ。
ロウソクを立て、ライターと線香の箱を並べて置いて。
わたしは、スコップを手に取った。
昨夜、夢うつつで思い出したのだ。
姉が掘っていた白い玉砂利。あれは、この墓地、この墓の傍だったのだ。
その、夢とも記憶ともつかぬ光景の指し示したところには、小さな供養塔が建てられていた。供養塔は小さいけれど、手を抜いた様子はない。寧ろ小さい分、非常に繊細にできている。
これだ。
わたしは確信した。
これがミナコちゃんの『お墓』だ。
夢のなかにない供養塔は、記憶の中であるとき突然出現した。といっても、盆と彼岸の年に三回しかお墓参りしない親不孝者の記憶だから、あまりあてにならない。ただいつだったか、お墓が非対称になっておかしいなと思ったことは覚えている。
わたしは供養塔の足元の玉砂利をかき寄せ、スコップで穴を掘り始めた。
玉砂利の下は、湿った真砂土だった。
新しい墓地はこんなものだろう。斜面を切ったり畑地を埋めたりしたあと、真砂土を敷いて平らに均す。上に墓石と石灯籠をレイアウトして、砂利で周りを敷き詰めれば完成だ。広告で見るようなきれいなお墓ができあがる。
といっても、そこまでにはあれやこれやと一杯書類を書いたりなんだりしなければならないらしい。本当はいろいろと面倒なことがあると聞いた。
穴を掘りながら、つらつら無駄なことを考える。でないと、なんだか自分がおかしくなりそうで。
だって、わたしはおそろしいものを掘り出そうとしているのだもの。
土が固まっているせいか、スコップが小さいせいなのか、穴はなかなか掘れない。百円のスコップは握りもしっくりこなかった。ちゃんとした園芸店で使いやすそうなものを探すと、どうしてあんなに高いんだろう。そう思っていたけれど、それにはそれなりの理由があるらしい。
遅々として進まぬうちに、日が傾いてくる。暮れ始めれば暗くなるのは早い。夜の墓場に長居はしたくない。
どうしよう。
そこそこ深く掘ったけれど、なにも出てくる様子はない。
わたしは、間違っていたのかしら。
そう考えると、へんな気がした。
間違っているほうがいいのだ。見つからないほうがあたりまえなのだ。
だって、わたしが見つけようとしたのはミナコちゃんの遺体、つまり姉の犯罪の証拠なのだから。
わたしは何をしているのかしら。
見つからなくて、よかったのだ。
そう、そうだ。だからこれで終わりにしよう。なかった犯罪の証拠など捜す必要はない。きっとあれはわたしの記憶違いなんだ。ミナコちゃんは引っ越して別の学校に入ったのだ。
わたしは何をしていたのかしら。
掘った穴を埋めようとスコップを動かし。
着物の裾を、掘り当ててしまった。
その瞬間。
わたしはパニックを起こしていたに違いない。
手で泥を払い除けた。指で土を掘り返した。
ごめんね、ごめんね、ごめんね。
忘れていて、ごめんね。
冷たかったね。苦しかったね。ひとりぼっちでさみしかったね。
ずっとずっと土の下で、掘り出される日を待っていたのね。
着物は泥にふやけていたけれど、金糸の刺繍はしっかり残っていた。着物の色も花柄もはっきりわかった。おかっぱの黒髪も、泥まみれでそこにあった。
わたしは、ミナコちゃんの顔の泥をそっと拭った。
二十年も埋まっていたと思えないほど、ミナコちゃんはきれいな顔をしていた。
わたしは、ミナコちゃんを抱き起こそうとした。冷たい土の下から助け出そうとした。
と。
ごそり、と。
首が、もげた。
とん、と思わぬ軽い音を立てて、ちいさな頭が落ちて転がった。頭は髪を振り乱しながら転がり、放り出したスコップに当たって止まった。
ことん、と軽く硬い音を立てたそれは、木製の頭部だった。
抱き上げた胴は、水を吸って腐ったおがくず入りの布袋だった。
ミナコちゃんは、人形だった。
最後の一行でホラーとサスペンス傾向から脱出。
とはいえ、墓地で穴を掘っている人がいたら、昼間だって怖いですよね。




