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2.疑惑の楔

 幼いころの記憶は、おぼろな断片でしかない。父の顔、母の顔も写真のアングルでしか思い出せない。自分の顔でさえ、祖母が指差して教えてくれなければわからなかった。

 それなのに、思い出せた。

 ミナコちゃん。

 姉の、一番のおともだち。

 ミナコちゃんは、いつも姉と一緒だった。姉がミナコちゃんとばかり遊ぶので、わたしはいつも仲間外れだった。

 いつも一緒の二人が、うらやしかった。ねたましかった。

 うとましかった。

 ミナコちゃんと遊んだ記憶はない。ミナコちゃんは姉としか遊ばなかった。姉の傍にはミナコちゃんが、ミナコちゃんの傍には姉がいた。いつもふたり一緒だった。

 わたしはいつも置き去りにされた。

 そのミナコちゃんが。

 どうしてだろう。わたしが小学校に上がる前から、わたしの記憶のなかにいない気がした。

 ミナコちゃんは、どこかへ引っ越していったのかしら。だからいなくなったのかしら。

 記憶にない。ただ、その時ミナコちゃんはいなかった。それだけは何故か確信があった。

 ミナコちゃん。

 写真の中で、少女は晴れやかに笑っている。

 記憶の中で、ミナコちゃんはいつも微笑んでいる。

 でも。

『今日ミナコを埋めた』

 このメモはどういうことだろう。

『埋めた』

 どういうことなんだろう。

 まるで。

 まるで。

 悪い夢、のような。

 悪い、夢。


 それは、唐突にわたしの脳裏に閃いた。

 わたしは知っていた。

 わたしは見ていた。

 目を閉じて、白い玉砂利の上に横たわる着物姿の少女。

 そして、懸命に土を掘る姉の背中。


 姉が、文月が。

 ミナコちゃんを埋めた。

 ミナコちゃんを、殺した。


 どのくらい、こうしていたのか。

 いつのまにか部屋は暗くなっていた。

 電灯をつけると、室内は明るくなったけれど、屋外の暗さが一気に進んだ気がした。

 今日はもうおしまいにしよう。

 わたしは部屋を片付けるのを諦め、床に広げた細々したものをかき集め押しやった。時間を確かめ、いけない、と思った。

 急がないと、面会時間が終わる。

 病院にたどり着いたら、もう午後六時半を回っていた。ナースステーションのなかで、年配の看護師がじろりと睨み、面会時間は七時までですよとぶっきらぼうに呟いた。

 どうしていつも、わかりきったことばかり繰り返すんだろう。肝心なことは何一つ言ってくれないくせに。

 わたしは無言で会釈し、その前を過ぎた。

 いまどき面会時間が午後七時までなんて早いと思う。八時までの病院はたくさんある。もしわたしが入院するなら、そんなところにしよう。

 そう、思って。

 思い出した。

 わたしにはもう、見舞いに来てくれるひともいないのだ。

 沈んだ気持ちで、祖母の病室に入った。

 病室のなかは、思わぬ明るさだった。食事が済んだばかりの患者達は、テレビを見たり本を開いたりおしゃべりをしたりと、思い思いに休んでいる。入院が長くなると、消灯までの時間をもてあまさぬように上手に時間配分をすることを自然に覚えるのだと、以前祖母が語ったことを思い出した。

 遅くなったことを小声で詫びながら、わたしは祖母の洗濯物と、持ってきた衣類とを交換する。祖母は最近粗相をすることが多くなった。頻繁に洗濯しないと間に合わない。

 姉が健在なときは、姉と交代できた。いまは自分ひとりでなにもかもしなければならない。それも辛い。

 でも、そう考えている自分が、なんか嫌だ。

 ためいきをつく気はなかったけれど、でもつい漏らしてしまったのだろう。

「どうしたの」

 祖母が訊いてきた。なんでもない、と言いかけて。

 ふ、と。

 ミナコちゃんのことが、あたまを過ぎった。

 祖母は、ミナコちゃんのことを知っているかしら。覚えているかしら。

 知って、いるのかしら。

 きょう、ね。ミナコちゃんの写真をみつけた。

 呟くようにそう言うと、祖母の表情が曇った。

 文月は、やさしい子だったからね。

 祖母はそう呟いた。

 それでわかった。

 祖母は、知っている。

 知っていて、黙っている。

 ミナコちゃんを殺した姉。知っていて黙ったままの祖母。

 そう思うと。

 怖くなった。

 だけど。

 だけどどうすればいいのか、どうしたいのか。

 わからなくて、考えられなくて。

 考えたくなくて。

 そこから目を逸らすために、無言で洗濯物を袋にぎゅうぎゅう詰め込んだ。幸い、もうすぐ面会時間が終わる。

 面会時間が終わるのを言い訳に、小声でさよならを言って逃げようとしたわたしに、祖母が声を掛けた。

香月(かづき)。お墓にいくなら、ミナコちゃんにもお線香をあげてちょうだい」



雲行きがおかしいです。

ホラーというより、火曜サスペンスか!な気配がします。

でも、主人公たるもの、「行くな」と言われたり「行かないほうが良い気が」したりすると、行かなければならないのです。

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