色あせない花
「こまったねぇ。」
女の子が僕を見てそういう。
「困り待ちたねぇ、るりちゃん。」
ひげのおじさんが僕を見てそういう。
僕は、ひとつも困らせることなんて言ってないのに、失礼な奴らだ。
話は一時間ほど前にさかのぼる。
ずっと、待っていた。僕の兄弟、姉妹の中に、九十九の扉っていうのが現れて、魂を自由にしてくれたのだと聞いた。
その時からもう百年位がたっただろうか、他の兄弟の中にも現れたらしい、都市伝説だと思っていた、古いものに宿る魂を自由にしてくれるっていう扉。
ずっと蔵の中で眠っていた僕は、何年か前に、蔵の中から出されて、博物館っていうことろに飾られた。
僕を描いた人はどうやら、かなり著名な画家だったらしい。
毎日いろんな人が僕を眺めて感嘆の声を出す。
最初のうちは、僕はとてもすごいんじゃないかと、天狗になるくらいの人だかりができていた。
それもつかの間、数ヶ月後に新しい絵が僕の隣にやって来て、今度はそいつに大勢の人が感嘆の声をあげていたのを見て、僕は失望した。人は、新しいものに感嘆の声を上げる。僕はそのうちの一つだったのだ。僕じゃなくても、代わりはいるのだと。
僕は有名な絵だから、いろいろな国へ行って僕を見せて回った。同じところも何度か行った。
だけど、僕の頭からはずっと、代わりはいるのだっていう思いが離れなかった。
それからまた、僕は扉を待つようになった。
突然、それはやってきた。
だが、またしても僕は失望することになる。
ひげのおじさんと、女の子。こんな二人に僕が世話になければいけないというのか、自由とはなんと理不尽か。
「九十九の扉へようこそ、えーっと、ひまわり君?」
ひげのおじさん・・・というよりは、年齢的にはおっさんに近いだろうか、大柄な体格は、きっと僕を脅すためのものなんだ。
ようこそとか言ってるけど、後できっと怖い人になるんだ。
「ひまわり君、ルリだよ。初めまして。」
5才くらいだろうか、この女の子はきっと、あのひげのおっさんに脅されて、ここで働かされているんだ、そうに違いない。
「ルリちゃん、僕はひまわり。きっと、助け出してあげるからね。」
僕の言葉に、二人はきょとんとしているが、震えるような気持ちを奮い立たせて、僕は女の子とおっさんのあいだに入って、おっさんに向かってファイティングポーズをとった。
まぁ、実際に向かってこられたら勝ち目はないなと思いながら。
「おにいちゃん、なんの遊び?ルリもするー!かかってこーい!ハナダ!」
女の子は僕の横に並び、僕を真似て、ファイティングポーズをとった。
「え?!ひまわり君?ルリちゃん?!なにするんでちゅかーーーーー!!」
次の瞬間、ルリはタタっと走って、ハナダと呼んだおっさんの脛を軽くパンチした。
軽くパンチしたように見えたのは気のせいだったのだろうか、おっさんは数メートル後ろの壁まで吹っ飛んでしまった。
その様子を見て、僕は疑問を持った。
「あれ?ルリちゃんは、あのおじさんに捕まってたんじゃ・・・?」
ルリちゃんは楽しそうに「違うよ。」と笑った。
「もぅ、るりちゃんったら、ちょっとは手加減してくだちゃいっていってるじゃないでちゅかー・・・ぐふっ。」
おじさんはそのまま床に倒れ込んでしまった。
もしかしたら、僕は思い違いをしているのかもしれない。
そして、あのおじさんはちょっとおかしいのかもしれない。
ルリちゃんが手を上に伸ばすと、何もない空間から出てきたのは、小さな星のような形をしたお菓子の袋だった。それを頬張りながら、ルリちゃんが言う。
「ルリはつくもんの使いだよ。ハナダはルリの下僕だよ。」
「えぇっ?!」
想像とはま逆だった僕は、ハナダさんに悪いことをしたと思った。
まぁ、いいや。とりあえず、ハナダさんに謝って、早いとこ自由になろう。
「えーっと、ハナダさん?すいませんでした。で、僕を自由にしてください。」
これで、僕は自由になれる。そう思ったけれど、現実はそうじゃなかった。
冒頭に戻る。
「何を困ることがあるんです?僕は自由になりたいだけなんです。いろんなところへ行って、いろんなものを見て、色んなことをしたい。ただそれだけなのに、何がいけないんですか?!」
ハナダさんは眉間にしわを寄せながら、また、僕に説明をした。
「だからね、ひまわり君。その自由ってやつは、転生でもないし、九十九神様のところへ行くわけでもないし、今のまま、絵の中に残るっていうことでもないから、どれにも当てはまらないんです。転生しても、今の君の意識は無くなるし、今度は命を持った生物になるかもしれないし、その生物が、いろんなところへ行けるとも限らないから、約束しかねるけど。それでもいいなら転生するか?」
「そんなの嫌だ!!何になるかわからなくて、しかも、今の僕じゃなくなるのが1番嫌です!!」
そんなやりとりを、もう一時間くらい続けていただろうか、お菓子の袋が残り少なくなってきたルリちゃんが、突然。
「飽きた。」
と呟くと、ハナダさんはさっと顔が青ざめて繕うようにして、慌ててルリちゃんに話しかけた。
「ルリちゃん、もうちょっとだけ待っててくだちゃいねー、もう決まりまちゅからねー。」
「もう遅い。」
さっきまで女の子だったルリちゃんが、一瞬にして20代位のスラリとした美女に変わった。
すると、ハナダさんは即座に跪き、ルリさんに頭をたれた。
「ひまわりよ、お前が一番見せたいものを見せてやる。その代わり、それを見たら転生しろ。他の選択肢はない。よいな?」
有無を言わせない言葉遣い。さっきまでの幼い女の子は面影もない。
僕の返事も聞かず、女性は空間に円を描いた。
すると、そこには一人の10代後半位の女性が映し出された。魂の色でわかる。あの人は、僕を描いた人だ。
「お前を描いた彼は、何度も転生し、今は人間になっている。前世の記憶など残らないのが転生だが、よほど好きなのだろうな、今は日本という所で絵の専門学校へ通っている。」
「お前を描いた事など忘れておるが、お前が日本に展覧された時には必ず足を運んでいるようだな。これで満足か?」
なんでわかったんだろう。僕は自由になったら、世界中を何十年、何百年かかっても、僕を描いた人を見つけようとおもっていたんだ。だから、自由になりたかった。
僕は無言でこくんと頷いて、うつむくと、美女はまた幼い少女に戻っていた。
ハナダさんはほっとしたように立ち上がり、眠そうに目をこする、少女を抱き上げた。
「今日はちゃんとできまちたねー、ルリちゃんえらいでちゅよー。」
その言葉が終わるか終わらないかくらいでルリちゃんは、すでに寝息を立てていた。
ハナダさんはルリちゃんを抱いたまま、こちらを向き、僕に鍵を渡した。
「契約の名により、ひまわりを転生とする。その鍵を使い、後ろのドアを開けるといい。そうすれば、君は転生される。ルリちゃんに手間かけさせて。ルリ様が暴れたら、永遠にこの扉の中に閉じ込められてたかもしれないんだからな。君はラッキーだ。」
そう言うと、早く行けと言わんばかりにハナダさんは僕に背を向けた。
僕はその背中に一礼をして、鍵をドアに差し込んだ。
「ルリ様、あまり無茶をなさらないでくださいね。もう少しで元に戻れたのに、またこのお姿になってしまいましたね・・・。」
ひまわりが出ていった部屋の中で、ハナダはすやすやと眠っている少女に少し悲しそうな微笑みを向けた。
九十九シリーズです。
今回は名画と言われるあの絵画です。
シリーズですが、1話完結の物語なので、他のお話も読んでもらえるとありがたいと思います。
読んでいただいてありがとうございました。
ショートストーリーばかりですが、また良ければお越しください。
ありがとうございました。