第9話 「それは一瞬の出来事。」
「この焼きそばスゲー美味くない?」
そう言ったのは塚田くんだった。
これでもかというくらい高く昇った太陽は、焼けるほどに
浜辺を照らし、絶好のバーベキュー日和となった。
「理子って料理上手だったんだね。」さやかが言う。
「袋に書いてあった作り方の通りにやっただけだよ。」
たまたま作った焼きそばが、妙にみんなの好評を得た。
「いや、今まで食った中で一番美味いって!!」
と大袈裟な言い方をしたのは陣内くんだった。
「仁科には絶対できないよな。」
そう林くんが言うと、本日何度目かのさやかとの言い合いがまた
始まった。
さやかと林くんは、小学校からの知り合いで、昔から小競り合い
が絶えないらしい。
ふたりの間に恋愛感情と呼ばれるようなものは無く、言わば
”腐れ縁”というやつだとさやかは言った。
みんな、また始まったよ――などと言いながらふたりの
やりとりを茶化していた。
そんな彼らを、ただの腐れ縁だけじゃないような気が私は
していたけど、案外みんな同じ事を思っているかもしれない。
私はチラリと室岡くんを見た。
缶ジュースを片手に笑ってる。
なんだか嬉しかった。
「あれ、ウーロン茶もう無いや。」
朋ちゃんが言った。
「あ、じゃあ私買ってくるよ。」
私が立ち上がって言った。
「ひとりで大丈夫?」由美ちゃんが言う。
「スーパーすぐそこだから平気だよ。ちょっと待っててね。」
そう言って私は歩き出した。
砂浜から道路へ出る階段を上り、車が行き来する車道に出ると、
私は向かいの歩道に渡るために左右を見渡した。
「佐倉ー。」
後ろから声がした。
振り向くと、室岡くんが階段を上ってきていた。
「荷物、重たいだろうから俺も一緒に行くよ。」
彼は少し息を切らしながら言った。
「でも、ウーロン茶のペットボトルだけだから、私ひとりでも
平気だよ。」
「いや、実は他にも買ってきて欲しいものあったみたいでさ、
それだけ伝えに来るのも何だし、ここまで来たからにはもう
荷物持ちくらいするし。」
室岡くんが笑った。
その大通りは、すぐ斜め前にスーパーの建物が見えるのに、
それよりもずっと車道沿いに行かないと信号も横断歩道も無い、
ちょっとやっかいな所があった。
車も頻繁に、左右どちらからもやってくる。
私と室岡くんは、車の切れ目をひたすら待った。
「おっ。」
ふと室岡くんが言った。
「今だ。行くよ!」
そう言うと、彼は私の右手首を掴んだ。
グイっと引っ張られ、彼と一緒に走り出した。
反対側の歩道に辿り着くと、いつの間にか彼の手は離れていた。
ハァ――、ハァ――・・・
ふたりで息を整える。
「ふぅ――、渡れてよかったな。」と室岡くんが言う。
「うん。」
室岡くんが歩き出した。
その後ろを、私が黙って付いていく。
室岡くんの後ろ姿は、白いタンクトップ越しに浮き上がる
骨のラインと、二の腕の筋肉がとても綺麗だった。
どうしてこんなにドキドキするんだろう―――
スーパーで買い出しを終え、大きい袋を室岡くんが、小さい袋を
私が持った。
最初、室岡くんが全部持つと言ったけど、それじゃあ本当にただの
荷物持ちで嫌だ、と私が言ったら、彼が小さい袋を寄越した。
そして、来たときと同じように室岡くんが前を、私が後ろを、
間には微妙な間隔を空けて歩いた。
途中で、お互いの好きな音楽や、よく行く店の話などをした。
時々後ろを振り返って笑う室岡くんに、口元が綻んだ。
「あ、そうだ。」とふと彼が言う。
「上手いじゃん。」
振り返り私の方を見て彼は言った。
「なにが?」
「料理。焼きそば、美味かったよ。」
そう言って彼は微笑んだ。
「だから作り方見てやっただけなんだってば。」
私が言う。
「それでも美味かったよ。」
そう言って、彼はまた前を向いた。
みんなが言った事と同じものなのに、室岡くんが言うと違う
ものに聞こえるような気がした。
来た時と違って、帰りはすんなりと道路を渡れた。
少し残念に思った。
「理子ー。」
朋ちゃんが手を振りながら離れたところで叫ぶ。
買ってきたものを手渡し、私も室岡くんも大勢の輪の中に入る。
私は左手で、右の手首をそっと触ってみた。
室岡くんが私の右手首を掴んだのは、ほんの一瞬だった。
それなのに、その時の彼の手の感触が、力強さが、鮮明に
思い出された。
ふと見ると、友達と楽しそうに笑い合う彼が映った。
胸の奥がドクン――と鳴った。