第8話 「夏の約束。」
夏休みに入ってすぐ、室岡くんから突然メールがきた。
アドレスを交換した日の夜以来だった。
『今度の週末、予定あいてる?』
突然のメールにも驚いたけど、メールの本文にも十分驚いた。
予定を聞くなんて――
私は何かを期待した。その何かはわからなかった。
『私はあいてるけど、どうして?』
私は返信した。
『林たちと海でバーベキューしようって言ってるんだけど、佐倉と、
佐倉の仲良い女子も、都合よかったら一緒に行かない?』
そういうことか―――
私はふと思った。
『聞いてみるよ。男子は誰がいるの?』私が送る。
『俺と林と塚田と陣内。』と室岡くんが送ってきた。
そこに書かれていた苗字は皆、同じクラスの人達だった。
高校に入学して四ヶ月。さすがに顔と名前だって一致する。
『じゃあ、また連絡するから。』
そう私が送ると、室岡くんは”OK”の一言だけ返信してきた。
朋ちゃんと由美ちゃんとさやかに、室岡くんからのメールの内容を
話すと、何気にみんなノリ気だった。
朋ちゃんは、”そういうの憧れてたの!!”と言い、さやかは”
こんなチャンスは滅多にない”と言った。
由美ちゃんは穏やかに、”おもしろそう”と言った。
私はすぐに室岡くんに、報告のメールを送った。
『わかった。じゃああいつらに言っとく。』という返事がきた。
『うん。でも、私達まで参加して本当にいいの?』
『全然いいって。クラスの男女の仲を深めようって林が言ってたし。』
それは私達じゃなくてもいいのかな――
仲の良い女子ができるならだれでも良くて、たまたま私と室岡くんが
アドレスを交換し合った事がきっかけになっただけで、もしも交換
したのが私じゃなくても、きっと彼は同じことを言ったのだろう。
『また詳しい予定が決まったら教えて。』
と私は返信した。
”了解”という室岡くんからの返事に、なんだかモヤモヤした。
なんだろう、この気持ち――
私はベッドに仰向けに寝転がって、天井を見つめた。
次の日、私は午前中を学校の美術室で過ごした。
夏休みになってまで早起きするのもどうかと思ったけど、日が高く
なるにつれて暑さも増すだろうと予測し、朝の涼しいうちに事を
終わらそうと思った。
だけど予測はハズレた。
朝からジリジリと焼けるように暑く、美術室の窓を全開にしても
ちっとも風は入ってこなかった。
そんな異常な気候と戦いながら、私は筆を持つ手を動かした。
正午近くになると、さすがに耐えられなくなり、集中力もプツリと
切れた。
暑い―――
誰もいない美術室で、私はひとり呟く。
これ以上こんな所にはいられない。
そう思い、私は使った筆やら絵の具やらを片付け始めた。
手を洗おうと捻った蛇口から出る水が気持ちよかった。
描きかけの絵を端に寄せると、鞄を手に私は美術室を出た。
廊下の方がいくらかは涼しかった。
下足場で、靴を履き替えようとしていたとき、どこかから声がした。
「佐倉〜。」
振り向くと、室岡くんが歩いてきた。
「なんか見たことある後ろ姿だと思ったら、やっぱ佐倉だったな。」
彼が笑いながら私を横切る。
「今日は部活だったの?」
靴を履き替えている最中の室岡くんが言った。
「うん。でも部活っていうより、課題になってる絵を描きにきた
だけなんだけどね。」私は言った。
「絵、上手いの?」
室岡くんは聞いた。
「上手いかどうかはわかんないけど、絵を描くのは好き。」
ふぅん――と言うと、彼は下駄箱の扉をカタン、と閉めた。
「そういえば昨日の話だけど――」
思い出したかのように彼が言った。
「日曜の朝九時に駅に集合ってことになったんだけど、いい?」
「わかった、伝えておくよ。道具とか材料はどうするの?」
「道具は男子が分担して持っていくし、材料は、なんか海岸の
近くにスーパーがあるらしくて、そこで買うってさ。」
そっか――と私は言った。
「なんか男子に任せてばっかりで悪いね。」
そう言うと、室岡くんはハハッと笑った。
「そんな事ないって。それに女子には料理のときに任せるし。」
室岡くんが横目で見る。
「えっ・・・・私、ヘタだよ。」
そう言うと、室岡くんは大きく笑った。
「それ、いろんな意味で楽しみかも。」
私はフッと笑いを溢した。
室岡くんを見ていたら、私まで可笑しくなって、つられて笑って
しまった。
彼の笑い声が、耳を突き抜け、胸の奥にまで響いた。