第7話 「黄昏と君と初メール。」
「佐倉のアドレス教えてくんない?」
室岡くんが言った。
「え?」
正直驚いた。
彼からそんなことを言われるとは、思ってもいなかった。
「夏休みだから、クラスの男子女子で遊んだりしたいって友達が
言っててさ、でも誰も連絡先知らないから。」
それって、別に私じゃなくてもいいんだよね――
なんて考えが一瞬頭を過ぎった。
「そうだね、そんな風にも遊びたいね。」私は言った。
”だろ?”と言うと、彼は自分の机に座った。
私は携帯を取り出した。
開いて、自分のメールアドレスと番号が登録してあるデータを
表示画面に映すと、携帯をそのまま彼に差し出した。
「じゃあこれ、私の番号とアドレス。」
「おっ、サンキュー。」
そう言って、室岡くんが手を伸ばす。
その時、少しだけ彼の指に触れた。
ドキッとした。
室岡くんは自分の携帯を開き、指を懸命に動かしてボタンを
押していた。
そんな彼の姿を、私はすぐ傍でただじっと見ていた。
西日が教室を照らし、室岡くんが少しオレンジ色に染まっている。
「これで合ってる?」
しばらくして室岡くんが言った。
自分の携帯を翳して私に見せる。
並べられたいくつものアルファベットに、私は目を通した。
「うん、たぶん合ってると思う。」
「じゃ、これ返す。」と言って、彼は私の携帯を渡した。
彼から返された携帯は少し温かくて、なんだか心地良かった。
「今からちょっと送ってみるから。」と室岡くんは言った。
しばらくして、私の携帯がブルブルと音を立てた。
メールボックスを開くと、見たことないアドレスと、本文には同じく
見たことない番号が書かれていた。
「届いた?」
「うん。」
「俺の、登録しといてね。」
室岡くんが言った。
メモリーの「む」の欄に、”室岡尚志”という名前が登録される。
きっと、彼の携帯の電話帳の「さ」の欄には、”佐倉理子”という名前
が刻まれている。
なんだかくすぐったいものを感じた。
「じゃ、俺帰るわ。」
室岡くんが立ち上がった。
「うん、じゃあね。」
彼はスタスタと出入り口に向かって歩いていく。
「気をつけて帰れよ、佐倉。」
そう言って室岡くんは教室を出て行った。
夜、お風呂からあがって、部屋で一息つきながらふと携帯を開いて
みると、”メールあり”の表示があった。
こんな時間に誰だろう――と思いながら、メールボックスを見る。
室岡くんからのメールだった。
『夏休み、部活あったりする?』
私はすぐに返信した。
『部としての活動はないけど、課題の絵描きに学校には行くよ。』
思っていたより、メールはすぐに返ってきた。
『俺もほとんど部活だよ。もしかしたら学校で会うかもね。』
私は一言、『そうかもね。』と送って携帯を閉じた。
それから返信は返ってこなかった。
室岡くんとの初めてのメールのやりとりは、案外短時間で終了した。
まだ生乾きの髪を、私は急いでドライヤーで乾かした。
もう日付も変わっている時刻。
そのままベッドに入り、電気を消した。
目を閉じると、自分の心臓の脈動の音が聞こえた。
それは驚くほど素早く、静かな部屋中に響き渡るくらいドキドキと
鳴っていた。