第5話 「新しい友達。」
「理子ちゃんっていつも朝早いよね。」
利用者の少ない朝の図書室で、適当な本をパラパラとめくってる私に
隣に座る由美ちゃんが言った。
同じクラスで図書委員の松本由美ちゃんは、週に何度か朝の図書室の
管理当番の仕事がある。
当番といっても、やることは本を借りたり返したりする際の手続き
くらいで、しかも朝は利用する人が本当に少ないため、由美ちゃん
曰くとにかくヒマらしい。
「由美ちゃんだって朝早いじゃん。」
「でも前は私が一番だったのに、最近は理子ちゃんの方が早いよ。」
あれから私は、毎日八時前には学校に来ている。
火曜と木曜はサッカー部の朝練がある。
それを目的としているわけでも、火曜と木曜だけ早く来たいと
思っているわけでもない。
ただなんとなく早く来てしまう。それだけのことだった。
室岡くんと話せるとか、そんな考えはどこにもなくて、火曜と
木曜でも彼に会わない日はあるし、そんな時はさっさと教室に
行ってしまう。
それでも何とも思わなかった。
由美ちゃんと仲良くなったのは、ある朝、誰もいない教室で
ひとり英語の訳をしていた時だった。
突然教室の扉が開くガラッという音がした。
入り口に視線をやると、ひとりの女の子が入ってきた。
「おはよう。」彼女は言った。
「おはよう。」と私は返した。
同じクラスの松本さんだった。
「佐倉さん、朝イチに学校に来て勉強なんて偉いね。」
松本さんが言った。
「そんなことないよ。暇だったからやってるだけで、頭になんて
全然入ってないし。」
そう言うと、松本さんは「そういうのわかるかも。」と言った。
「松本さんこそ随分早いね。」私は聞いた。
「私は図書委員で当番があるから。」
松本さんは自分の席の机の横にあるフックに、手にしていた鞄
を掛けた。
「じゃあ私、図書室に行くから。」
そう言って、彼女は教室を出て行った。
それ以来、何度か朝の教室で言葉を交わしていくうちに、私達は
"由美ちゃん””理子ちゃん”と呼び合うようになった。
私が由美ちゃんについて、早朝の退屈な時間を図書室で過ごす
ようになったのは、由美ちゃんが何気なく言った一言からだった。
「よかったら理子ちゃんも図書室に来ない?」
その時私は、家から持ってきた雑誌を読んでいた。
「でも、邪魔じゃない?」
「全然。むしろいてくれた方が私は嬉しい。」
「なんで?」
「来てみればわかるよ。」
そう言うと、由美ちゃんはフフッと笑った。
「じゃあ行こうかな。」
そう私が言うと、由美ちゃんは”ヤッタァー”と言って両手を
真上に挙げた。
そしてふたりで教室を出た。
職員室で図書室の鍵と数冊のファイルを由美ちゃんが受け取って、
私達は図書室へと向かった。
由美ちゃんが器用に図書室の鍵を開ける。
扉が開いて中に入ると、いかにも図書室らしい空気と、本の匂い
が漂ってきた。
由美ちゃんは、カウンターと呼ばれるところに私を招き入れてくれた。
ふたりきりしかいない図書室で、私と由美ちゃんはお互いのことを
ひたすら話した。
中学はどんな感じだったとか、携帯の機種は何だとか、そんな
他愛もないことばかりだった。
由美ちゃんは眼鏡をかけていて、一見ガリ勉タイプ系の子だったけど、
話してみると楽しくて、すごく良い子だと思った。
由美ちゃんが”来てみればわかる”と言った意味はすぐにわかった。
私達が図書室にいた三・四十分の間に、中に入ってきたのは五・六人。
そのうち返却・貸し出しを利用したのはたったの二人だった。
由美ちゃんが言うには、ひどい時は誰も入ってこない日もあるらしい。
由美ちゃんの当番は毎日じゃない。
彼女の当番のない日、私はしばらくの間教室でひとりで過ごす。
そんな時間は悪くはなかった。
私は朝早くの学校が好きだと思った。