第39話 「これからはふたりで。」
「泣くなよ。」と室岡くんが言った。
「だって・・・・。」
そう言うと、彼は制服の袖で私の目元を拭った。
「汚れるよ・・・。」
そう言った私に室岡くんは、「もう着ないからいいよ。」
と言った。
ずっとぼやけていた景色が鮮明になって、目の前にいる室岡くん
のことも良く見えた。
彼は微笑んでいた。
なんだか恥ずかしい――
「夢、見てるみたい。」
ずっと夢のような心地だった。
いつか覚めて、いつもの日常に戻るんじゃないかって。
――ギュッ――
室岡くんが私の頬をつねった。
「痛い。」と私が言う。
ハハハっと室岡くんが笑った。
「夢じゃないだろ。」
微笑みながら彼が言う。
私が見ているのは現実の出来事で、夢なんかじゃない。
なんだか可笑しくなって、ふたりで同時に笑った。
こんな結末になるなんて――
室岡くんはまた私を真っ直ぐ見た。
「遠回りしてきた分、これからはふたりで並んで歩こう、理子。」
彼は言った。
私は”うん。”と言った。
室岡くんの顔が近づいてくる。
自然と私も目を閉じた。
ふたりの唇と唇がそっと重なった。
「そういえば、進路ってどうしたの?」
隣を歩く室岡くんに私が聞いた。
「理子と一緒のとこ。」
そんな彼の言葉に、思わず”えっ”と口に出す。
「なんでそこにしたの?」私は聞いた。
「俺も美術が楽しくて、もっと続けたくてさ。それでどうせ
なら一緒のとこ行きたいって思って。」
「よく私の行くとこわかったね。」
「井川に聞いた。」
そう彼は言うと、私の方を見て笑った。
私は愛しくて愛しくてたまらなくなって、繋いでいる彼の手を
ギュっと強く握った。
こんな風に室岡くんと手を繋いで、室岡くんの隣を歩けるなんて、
こんな時が訪れるなんてあの頃は思わなかった。
「ねぇ、写真撮らない?」
私がふと言った。
「今?」と彼が言う。
「うん。ちょうど一枚残ってたの。」
そう言って私は鞄の中からインスタントカメラを取り出した。
「じゃあ俺がシャッター押してやるよ。」
私は彼にカメラを渡した。
室岡くんが左手に持ったカメラを上に高く掲げる。
右手は私と繋いだまま。
ふたりの頬と頬が寄り添う。
「いくよ。はい、チーズ。」
パシャ――という音がして、シャッターがきられた。
「ちゃんと写ってるかな?」
私が言う。
「俺が撮ったんだから大丈夫だって。」
そう言って室岡くんは笑った。
そんな彼につられて私も笑った。
もしかしたら、フィルムの残りがあと一枚になったと気づいた
あの時過ぎった何かは、このためだったのかもしれない。
そんな風に私は思った。
心のアルバム鍵はどこかへ行ってしまった。
アルバムにしまう思い出が増えたから。
時には悲しいこともあるかもしない。恋はきっとそういうもの。
だけど、彼とならいろんな事を乗り越えていけるような気がした。
今までは、私の室岡くんへの想いをしまってきた。
これからは、私と室岡くんふたりの想いが収められることだろう。
私達は手を繋いで、肩を寄せ合って、帰り道を歩いた。
私は、彼の彼女になれた。