第38話 「ずっと好きだった。」
室岡くんとは”友達”で、それ以上にはなれないと思ってた。
どんなに想っても儚く散ってしまうとわかってたから、”好き”
なんて言えなかった。
好きな人が、自分を好きになる――
そんなのは夢物語だと思った。
「一年の時に話すようになって、ずっと気になってたんだ。
付き合ってた彼女と別れようと思ったのも、佐倉のことが好きだった
からなんだ。」
私は呆然としながら彼を見ていた。
足が石になったみたいに動かない。
頭の中は混乱していて、いろんなものがグルグル回ってるみたい
だった。
「嘘だ・・・。」
私は言った。
「嘘なんかじゃねぇよ。」
彼が言う。
「俺は、ずっと佐倉が好きだった。」
そんな言葉が聞けるとは、思ってもいなかった。
真っ直ぐな目で私のほうを見て、室岡くんは言った。
今にも泣きそうになるのを、私はグッと堪えた。
何か言わなくちゃいけないのに言葉が出ない。声にならない。
「ごめん、やっぱ迷惑だよな。いきなりこんな事。」
彼は私から少し目を反らした。
――そんな事ない。すごく嬉しい――
――だって私は、ずっとそんな日を夢見ていたんだから――
言いたいことがあるのに言葉にならない。
こんな時でも、私は勇気が出せないの?
「それだけ言いたかったんだ。ごめんな、引き止めて。」
そう言うと、室岡くんがスッと私を横切っていく。
私は何も言っていない。
このままで本当にいいの?――
私は自分に聞いた。
鍵をかけたはずの心のアルバムがそっと開く。
私は振り向いた。
「待って!!」
少し離れた所で彼は立ち止まった。
抑えていた気持ちが、涙と一緒にあふれる。
ゆっくりと室岡くんが振り返った。
涙で歪んで、彼の姿が上手く見えなくなっている。
「私も好き。」
初めて室岡くんに正面から好きって言った。
ずっと伝えられなかった気持ちが、ようやく言葉にできた。
三年分の想いを込めて――
彼の手が私の頬にそっと触れると、指で涙を掬った。
「私もずっと、室岡くんが好きだった。でも言えなかったの。
友達としてしか見られてないと思ってたから。」
涙で視界がぼやける。
突然、体がフワリと軽くなったような気がした。
気が付くと目の前に室岡くんの胸元があって、私は彼の腕の
中に閉じ込められた。
思わず、両手に抱えていた荷物が手から離れた。
耳のすぐ傍で、室岡くんの心臓の音が聞こえる。
それは驚くほど早く、とても愛おしかった。
「俺だって、友達としてしか見られてないと思ってたよ。」
上の方から室岡くんの声がする。
「いきなり話してくれなくなって、嫌われたかと思った。」
彼に抱きしめられたまま、私は言った。
「あれは、友達だって言われてすげーショックで、しかも
俺もつい友達だって言って後悔してたんだ。俺にとっては
そうじゃなくても、お前にとって俺は友達なんだろうなって。」
「ごめんね、私、あんな事言うつもりじゃなかったの。
なのに・・・」
また涙が出た。
「もういいよ。わかったから泣くなって。」
そう言うと、室岡くんが私の頭を優しく撫でた。
それだけでまた泣きそうになった。
「試合、見に来てくれてすげー嬉しかった。なのにいきなり
帰るんだもんな。」
室岡くんが言った。
「だって、彼女だったコと話してたから、ヨリ戻したんじゃ
ないかって思って・・・・。」
ハハハッと室岡くんが笑う。
「あいつの学校と試合してたんだよ、俺ら。それに、あいつの
新しい彼氏もサッカー部で、そいつを見に来たんだってさ。」
そうだったんだ――
あの時の不安が、悲しみが、一瞬にして溶けたような気がした。
「俺も、たぶん辛い想いさせたと思う。ごめん。」
私は大きく首を横に振った。
室岡くんの制服が汚れてしまう――そう思っても涙はとめどなく
あふれた。
私を抱きしめる彼の力が、ギュッと強くなった。
嬉しくて愛おしくて、自然と手が彼の背中へと伸びた。
「なんか俺ら、かなり遠回りしたのかもな。」
室岡くんが言う。
「うん・・・。」
私達はずっと遠回りばかりしていた。だけどきっと、意味の
ある遠回りだったのだろう。
だからこそ今こんなにも彼が近くに感じる。
そのための遠回りだったのかもしれない。
そっと、私を抱えていた腕が解けていく。