第26話 「私たちの行き着く場所。」
「疲れたねー。」
教室に戻るまでの廊下で、隣を歩いていた由美ちゃんが言った。
「ホント。しかもかなり暑かったしね。」
夏休み前の進路説明会は、ただ暑いだけだった。
どこかから講師の先生がやってきて、長々と演説を聞かされた。
それだけでもしんどいのに、それに追いうちをかけるかのような
暑さで、終わった頃には大半の生徒がうんざりとした表情だった。
「理子ちゃんは進路どうするの?」
由美ちゃんが聞いた。
”ん――”と私が言う。
「一応デザイン系の専門学校を考えてるけど、具体的に何が
したいかなんて何も浮かばないなぁ・・・。」
現実的に物事を考えなきゃいけない立場に自分がいることに、
まだ実感が持てずにいた。
「そうだよね。いきなり将来とか決められないよね。」
由美ちゃんが言った。
進路に関する話は、一年生のときから何度か聞かされた。
だけどいつも”まだ先があるから”と先延ばしにしてきた。
それを繰り返し、今自分は三年生になっている。
もう先延ばしはできない――
高校を卒業したら、自分は何処へ行くんだろう。
みんなバラバラの道へ進んで、こんな風に会って話すことも
少なくなってしまったりするのだろうか。
朋ちゃんや由美ちゃんやさやか、そしてもちろん室岡くんとも。
いつか来るそんな日が不安で、けれどそれは、全て受け入れ
なければいけないことだってわかってた。
でも、何かが悲しかった。
胸の奥がモヤモヤして、いろんな事を投げ出したくなった。
こういう気持ちを、億劫っていうのだろうか。
教室へ戻ると、私は自分の席から鞄を手に取り、由美ちゃんの
席に行った。
「由美ちゃん、一緒に帰ろう。」
「ごめん、私今日放課後の図書室の当番なの。」
申し訳なさそうに由美ちゃんが言った。
私は”そっか”と言った。
「ホントごめんね、理子ちゃん。」
由美ちゃんが顔の前で手を合わせて謝る。
「いいよいいよ。委員会の仕事頑張ってね。」
「うん、それじゃバイバイ。」
バイバイ――と私が言うと、由美ちゃんは行ってしまった。
まだ胸の奥がモヤモヤする。
今日は、なんだかひとりで帰りたくない――
私は携帯を取り出しメールを打った。
『一緒に帰らない?』
最初に朋ちゃんに送った。でも返事はNOだった。
次にさやかに送った。朋ちゃんと返事は同じだった。
一緒に帰れるなら誰でもいい――
そんな考え、相手には失礼だろうけど、その時の私は
ただただそう思っていた。
今はテスト前でもあるため、部活も休み。
まだ空が明るく、暑さも引かない中、ひとり渋々学校を後にした。
胸のモヤモヤは晴れることなく、私は重たい足取りで帰り道を
歩いていた。
どこか寂しくて、このまま真っ直ぐ家になんて帰りたくなかった。
だけど他に行くところなんてどこにもなくて、余計寂しくなった。
チリン、チリン――
聞き覚えのある音が後ろから聞こえてきて、私は振り向いた。
自転車に乗った室岡くんが近づいてくる。
「お前、そんなボーっとして歩いてっと転ぶぞ。」
私の横で、自転車に乗ったまま彼が言った。
「ボーっとなんてしてないよ。」
相変わらず室岡くんの顔をまともに見れなかった私は、視線を
下にずらしたまま言った。
「でもなんか暗いオーラが漂ってたよ。何かあった?」
室岡くんは優しい。でもその優しさが、今は無性に痛い。
「何もないよ。ちょっと進路のこととか話されて、ちょっと
うっとうしく思っただけ。」
私は言った。
「あぁ、それわかる。なんか気持ちが下向きになるよな。」
たわいもない話を彼として、そんな日がずっとずっと続けば
いいのに、と思う。
「佐倉、もしかして急いでる?」
ふと室岡くんが言った。
「うぅん、別に急いでないけど。」
「じゃあちょっと付き合わん?」
そう言うと、彼は自分の乗っている自転車の後ろを、片手で
ポン、ポンと叩いた。
乗れ――と言ってるんだろうか?
「どこ行くの?」
私は聞いた。
彼はフッと微笑んだ。
「良いトコ。ほら早く乗って。」
半ば促されながら、私は彼の自転車に便乗した。
前と同じように、彼に対して後ろ向きで座った。
「そんじゃあ出発進行ー。」
そう言って室岡くんは自転車を漕ぎはじめた。