第25話 「受話器越しの声に。」
ある日の夜、部屋で突然携帯が鳴った。
電話の着信音だった。
携帯を開いて表示画面を見ると、なんと室岡くんからだった。
電話がきたのは初めてだった。
私は緊張しながらも携帯を耳に当てる。
「もしもし?」
私が言う。
「あ、佐倉?俺、室岡。」
「うん。」
すぐそこに彼の声が聞こえて、とにかく心臓が高鳴る。
「ごめんな、こんな遅くに電話とかして。」
「余裕で起きてたから平気。」
彼は”そっか”と言った。
「あのさ、明日学校終わる時間確か変更になったじゃん。何時に
終わるか教えてくんない?なんか、それ書いてあったプリント
失くしちゃったみたいでさ。」
「うん、ちょっと待って。」
彼は”悪いね”と言った。
私はプリントを探し出して彼に伝えた。
「ありがと。」
室岡くんが言った。
「うん。」と私が言う。
それで初めての電話は終わると思ってた。
あのさ――と室岡くんが言った。
「俺、彼女と別れたんだ。」
一瞬、時間が止まったような気がした。
「そう・・・」
室岡くんが彼女と別れた――
私にとっては喜んでいいことなのかもしれないけど、"嬉しい"
という気持ちはその時はなくて、何か微妙だった。
「なんで別れたの・とか聞いてもいい?」
私は言った。
ちょっと無神経すぎたかな、と言い終えた後に思った。
「なんか最近すれ違ってばっかだったんだよね。お互いの都合が
全然合わなくて、ふたりで会うこともほとんどなくて。」
私は彼が話すのを黙って聞いていた。
「あいつのことだんだんわかんなくなってきて、こんなの
付き合ってるって言えないんじゃないかって思ってさ。だから
別れることにしたんだ。」
そうなんだ――と私は言った。
今、彼はどんな気持ちでいるのだろうか――
そんな事を思った。
「それに・・・」
ふと彼が言う。
「俺、好きなやつがいるんだ。」
私は耳を疑った。
「そっか。」と私は言った。
胸の奥にポッカリと穴が開いたような気持ちになった。
「頑張ってね。私、応援するよ。」
そんな事が言いたいんじゃない。
だけど本当のことはどうしても言えなくて、ついつい思っても
いないことを口にしてしまう。
「うん、ありがと。」
と室岡くんは言った。
そしてしばらくお互い黙った。
「それじゃあ、また明日学校で。」
先に沈黙を破った彼が言った。
「うん、また明日。」
私はそういい終えると、耳から携帯を離し電話を切った。
携帯は閉じているのに、もう耳元に声はしないのに、彼が言った
言葉が耳の中で響いている。
――俺、好きなやつがいるんだ――
初めて室岡くんと電話して、大した用じゃなかったけど単純に
嬉しかった。
そのまま空さえも飛べそうな気がした。
だけどその一言で、私の背に生えたはずの翼が一瞬にして消えた。
涙があふれる。
彼が私のことを好きならいいのに――
願いはそれだけなのに、ただそれだけの願いがどうして
叶わないんだろう。
好きなことが切ない。
もうどうしようもないくらい室岡くんのことが好き。
そして苦しい。
こんなにも苦しくて胸が痛いのに、彼じゃなきゃダメなんだ。
室岡くんじゃなきゃダメなんだ。
そしてまた、私の目から涙が頬を伝う。
彼のことで泣くのは、もうこれで何度目だろう――